「おかえりなさい。ゆき先輩」
キャリーバッグを転がしながら、グラウンドから正門までの道を歩いていると、慶汰くんが私に手を振っていた。
そうだ、約束。結局自分のことでいっぱいいっぱいで、なんの準備もできていない。
「ただいま。あの、慶汰くん」
「ちょっと、公園でも行きませんか?あ、もし疲れてて嫌なら全然言ってください」
どうしよう。色んなことが押し寄せてきていて、話す勇気がない。もし聞いて、慶汰くんが離れていくことになったら。きっと、幸輝にも返事ができない時間が伸びていく。
大切な人を失う痛さを、二度連続で受けるのは耐えられない。
「行こう、公園」
とりあえず、一度期間を延ばしてもらえないか頼んでみよう。一ヶ月……いや、一週間でいいから。そうしたら、その間に慶汰くんも幸輝も、その延長線上で八重ちゃんも。大切な人を失う準備を整えることができる。友達ごっこだけで学校生活を送る気合いを入れることができる。
きっと大切な三人は離れていかないって信じているけど、内容が内容で、もしかしたら本当に離れて行ってしまうかもしれない。最悪のケースを考えると、肩が震えるほど、怖かった。
「どうでしたか?修学旅行」
公園のベンチに座って、ただ会話をするだけ。いつものお昼と変わらない、ほっとする時間。
「ちょっと、色々あって。遊園地で慶汰くんにお土産買ってくる予定だったのに、買い忘れちゃって……」
「そんなの全然気にしなくていいです。どうせ買ってきてもらってても、受け取れないですから」
慶汰くんはまた、意味深なことを言った。でも流石に、深掘りする気にはなれないし、しようとも思っていないけど。
「本当にごめん。私まだ、話せそうにない。約束したのに、私から話すって決めたのに」
とことん自分が嫌になる。自分に甘いって、きっとこういうことを言うんだろうな。
「全然大丈夫です。僕も、そのときに話しますね。今日はゆき先輩の隣にいます。話したいことがあれば聞くし、ないなら隣で、ただ座ってます」
ねぇ、その優しさは私に好意があるからじゃないよね。もし聞いても、そうじゃないって言ってくれるよね。もう、大事な友達に好きって言われたくない。幸輝も慶汰くんも、手離したくないほど大切な存在だから。
「ねぇ、恋ってどうしたら、その人を傷つけずに、手放せずに振れるんだろうね」
「それは、難しいですよ」
珍しいな。いつもは、そうですよね、とか言うのに。
「そうだよね。そっかぁ……」
じゃあやっぱり、もう今まで通りは難しいってことだよね。手放すしか方法がないって、そういうことだよね。
「誰かに告白されたんですか?」
「え?」
「あ、すいません。話したければって言っておきながら、もう聞いちゃってますね」
「いいの。一人じゃちゃんとした答え、だせないから。」
だからといって男の子に相談するのもあまりよろしくないんだろうけど。でも八重ちゃんに相談するのは流石に気が引けるし、他に話せる人はもう、慶汰くんしかいない。
「告白、されたよ。幼なじみに」
「そうなんですか……。ゆき先輩は、断るんですか?」
「うん。そのつもり。本当はすぐ言うつもりだったけど、一回普通の男として見てほしいって言われちゃって、そのまま」
私が普通の女の子なら。こんなに幸輝のことで頭がいっぱいになっていたら、時間を置くことで恋愛的に気になって、恋が実る可能性もなくはないだろうけど。
「今まで大切にされてきた分、私も大切にしたいけど、感情が違うから……」
幼なじみとしての『好き』と、恋愛感情の『好き』はきっと、天と地ほどの差があって、お互いの感情がどちらかに歩み寄らない限り、その差を埋めることはできない。本当は私が歩み寄るべきなんだろうけど、それもできない。
もどかしいけど、それを作り出しているのは主に私。
「じゃあいっその事、思ってること伝えてみるって言うのはどうですか?」
「むりだよ。そうなると、私の誰にも知られたくないことまで話すことになる」
わかってる。幸輝が勇気をだして思いをぶつけてくれたのだから、私も正直に話すのが正しいことくらい。
「僕にはまだ話せないかもしれないですけど、その人は幼なじみで、ゆき先輩のことを好きだって言ってくれてる人なんですよね」
「そうだよ」
「それなら、きっとどんな答えでも受け止めてくれますよ」
背中を押してくれている。わかってる。
ちゃんとわかってる。私にとっていい結末を望んでくれていることも。幸輝がこんなことで私から離れることがないことも。
でも、どうしても嫌われたくない。気持ち悪がられたら嫌だ。今までと同じがなくなるのが怖い。
「慶汰くんには、わかんないよ」
感情に任せて、ついそう言ってしまった。完全に間違えた。こんなことを言うつもりじゃなかったのに。
「慶汰くんっ」
気付いたときにはもう、慶汰くんの姿はなかった。公園の外に出て、左右を見てもどこにもいない。
「なんでスマホ持ってないの」
今すぐ謝りたくても、謝れない。追いかけたくても、慶汰くんの家がどこにあるのかもわからない。
完全に詰んでいる。今の私は救いようがないほど最低最悪なことをしている。
もう、頭がパンクしてしまいそうなほどいっぱいになっていた。
どうやって帰ったのかわからないなんてバカみたいって思っていたけど、気付いたら朝になっていて、慶汰くんと会うための時間に家を出ていた。
マンションのエントランスをもう身についてしまったあのころの三十分前に通り過ぎて、歩いた先の最寄り駅の改札前でICカードを握って慶汰くんを待つ。
朝一番で謝りたくて、ただそこに立ち尽くして慶汰くんの姿を探していた。
五分、十分と時間が過ぎていくにつれて通勤通学の人も増えてきて、時折私のことを邪魔そうに睨みつけてくるおじさんが出てきた。
「ゆき?何してんの?」
結局、三十分後に私に声をかけてくれたのは幸輝で、この電車に乗らないと学校に間に合わない時間になっていた。
「待ち合わせしてたけど、来ないみたい」
「その人から連絡は?」
「スマホ持ってないんだって。口約束だけ」
「でも、もう行かないと遅刻するよ。とりあえず学校行こう」
そう、私の手を引いて、改札を通る。
あと少し待っていたら、来てくれたかな。もう私と友達でいるのは嫌になったのかな。それとも、友達という名の恋人なのに、八つ当たりをした上に恋愛相談をしたことがいけなかった?
「幸輝と登校するのも久しぶりだね」
電車の待ち時間、隣に立つ幸輝に話しかけるのも緊張してしまう。今まで気にならなかったことが気になる。一挙手一投足を見られていると思うと、それはもう、発表会のような緊張をもたらす。
「最近早いよな。俺が学校行くと、もう席座って窓の外眺めてる」
「見てたの?」
「まぁ、好きだからさ」
アピールしているつもりなんだろうけど、幸輝から出るそのワードが今、私をどれだけ苦しめているのか、その張本人は知らない。
こんなこと思っちゃいけないし、昨日のことで後悔しているから口に出すことは確実にないけど、あの告白さえなければ普通に今も、慶汰くんと恋人のフリをしながら学校に行って、いつも通り窓の外をぼーっと眺めることができたのにと思ってしまう。
「告白の答え、どっちに転んでも今まで通りの関係は崩れない?」
「崩すほうが難しいよ。俺とゆきの関係は。もう、十七年一緒にいるから、告白の返事が良くても悪くても、ゆきのことが大切なのは変わらない」
ほっとした。私も、告白されてもされなくても、幸輝が大切なのは変わらない。実際、幸輝のことで悩んだり笑ったり、喜怒哀楽が出てくるってことは、私もちゃんと幸輝を大切に思っている証拠になる。きっと。
一応、主な柱は私も幸輝も同じだった。それが何よりの安心材料になった。振ることへの恐怖心は少し薄れた。
「今、返事するのは早い?」
「昨日の今日だよ。もうちょっと、待って」
「わかった」
ひらひらと髪をなびかせて電車が止まり、窓際に向かい合わせになって身を寄せる。始点なのにぎゅうぎゅう詰めで、ここ最近の人の少ない電車に慣れてしまっていたから、少し息苦しくて、なんだか懐かしい。
「なんか今日人多くない?」
「そうか?そこまで変わらないと思うけど。強いて言えば、金曜だからかな」
修学旅行翌日も学校に行くのは体力的にしんどいところもあるけど、ほどよく色々考えられるし、慶汰くんの教室まで行けば流石に謝れるだろうから、そこはありがたかった。
「二本早いのに乗れば、もっと空いてるよ」
「早すぎだよ。最近のゆき、なんか生活リズムいい感じだよね」
「んー、大切な友達ができたからかな」
「へー。よかったじゃん」
縦に揺れて、横に揺れて、たまに大きく立ち位置がズレて。私の壁になってくれていた幸輝の肘がカクっと曲がって、幸輝との距離がほとんどゼロ距離まで縮まった。
「ごめん。あと二駅、このまま動けなさそう」
「うん」
傍から見たら恋人に見えるものなのかな。そうだとしたら、電車内でハグをしている痛いカップルみたいになっていないかな。一度貼られたレッテルは簡単に剥がせないから、同じ学校人には誰にも見られていないといいけど。
「なんか、失敗したな」
電車をおりると、悔しそうに笑っていた。
「本当はゆきを守るのなんて簡単だよって見せつけるつもりだったのに。肘が反抗期になっちゃってさ」
「でも、幸輝のガードが硬かったから私は安心して壁に背中預けられてたよ」
「それならよかったけど」
不服そうだけど、あまり期待を持たせないようにしているんだよ。少しでも幸輝に傷がつかないように。だけどいつも通りに接するのは少し難しくて、今も自分の言動と表情が心配になる。
「ちゃんと、考えてるから。幸輝のこと」
「……おう」
隣を歩きながら、同じ歩幅で歩いてくれる優しさが嬉しくて、それと同じくらい苦しさを感じる。いつも通り教室まで見送ってから自分の教室へ向かう姿も、手を振ってくれるときの笑顔も。それを見ると、思う。
告白の返事を、なんて言って断るか。どうやって私も幸輝のことが大切だと伝えるか。
ちゃんと、考えないと。これからも、幼なじみとして隣にいるために。大切な人を失わないために。
古典の読みも、数学の公式も、日本史の人名も何一つ頭に入ってこなかったけど、その分幸輝のことも、慶汰くんのこともちゃんと考えているから。
それだけは、どんな結果になっても伝わるといいなと、つい空に願ってしまうほど、強く感じた。
キャリーバッグを転がしながら、グラウンドから正門までの道を歩いていると、慶汰くんが私に手を振っていた。
そうだ、約束。結局自分のことでいっぱいいっぱいで、なんの準備もできていない。
「ただいま。あの、慶汰くん」
「ちょっと、公園でも行きませんか?あ、もし疲れてて嫌なら全然言ってください」
どうしよう。色んなことが押し寄せてきていて、話す勇気がない。もし聞いて、慶汰くんが離れていくことになったら。きっと、幸輝にも返事ができない時間が伸びていく。
大切な人を失う痛さを、二度連続で受けるのは耐えられない。
「行こう、公園」
とりあえず、一度期間を延ばしてもらえないか頼んでみよう。一ヶ月……いや、一週間でいいから。そうしたら、その間に慶汰くんも幸輝も、その延長線上で八重ちゃんも。大切な人を失う準備を整えることができる。友達ごっこだけで学校生活を送る気合いを入れることができる。
きっと大切な三人は離れていかないって信じているけど、内容が内容で、もしかしたら本当に離れて行ってしまうかもしれない。最悪のケースを考えると、肩が震えるほど、怖かった。
「どうでしたか?修学旅行」
公園のベンチに座って、ただ会話をするだけ。いつものお昼と変わらない、ほっとする時間。
「ちょっと、色々あって。遊園地で慶汰くんにお土産買ってくる予定だったのに、買い忘れちゃって……」
「そんなの全然気にしなくていいです。どうせ買ってきてもらってても、受け取れないですから」
慶汰くんはまた、意味深なことを言った。でも流石に、深掘りする気にはなれないし、しようとも思っていないけど。
「本当にごめん。私まだ、話せそうにない。約束したのに、私から話すって決めたのに」
とことん自分が嫌になる。自分に甘いって、きっとこういうことを言うんだろうな。
「全然大丈夫です。僕も、そのときに話しますね。今日はゆき先輩の隣にいます。話したいことがあれば聞くし、ないなら隣で、ただ座ってます」
ねぇ、その優しさは私に好意があるからじゃないよね。もし聞いても、そうじゃないって言ってくれるよね。もう、大事な友達に好きって言われたくない。幸輝も慶汰くんも、手離したくないほど大切な存在だから。
「ねぇ、恋ってどうしたら、その人を傷つけずに、手放せずに振れるんだろうね」
「それは、難しいですよ」
珍しいな。いつもは、そうですよね、とか言うのに。
「そうだよね。そっかぁ……」
じゃあやっぱり、もう今まで通りは難しいってことだよね。手放すしか方法がないって、そういうことだよね。
「誰かに告白されたんですか?」
「え?」
「あ、すいません。話したければって言っておきながら、もう聞いちゃってますね」
「いいの。一人じゃちゃんとした答え、だせないから。」
だからといって男の子に相談するのもあまりよろしくないんだろうけど。でも八重ちゃんに相談するのは流石に気が引けるし、他に話せる人はもう、慶汰くんしかいない。
「告白、されたよ。幼なじみに」
「そうなんですか……。ゆき先輩は、断るんですか?」
「うん。そのつもり。本当はすぐ言うつもりだったけど、一回普通の男として見てほしいって言われちゃって、そのまま」
私が普通の女の子なら。こんなに幸輝のことで頭がいっぱいになっていたら、時間を置くことで恋愛的に気になって、恋が実る可能性もなくはないだろうけど。
「今まで大切にされてきた分、私も大切にしたいけど、感情が違うから……」
幼なじみとしての『好き』と、恋愛感情の『好き』はきっと、天と地ほどの差があって、お互いの感情がどちらかに歩み寄らない限り、その差を埋めることはできない。本当は私が歩み寄るべきなんだろうけど、それもできない。
もどかしいけど、それを作り出しているのは主に私。
「じゃあいっその事、思ってること伝えてみるって言うのはどうですか?」
「むりだよ。そうなると、私の誰にも知られたくないことまで話すことになる」
わかってる。幸輝が勇気をだして思いをぶつけてくれたのだから、私も正直に話すのが正しいことくらい。
「僕にはまだ話せないかもしれないですけど、その人は幼なじみで、ゆき先輩のことを好きだって言ってくれてる人なんですよね」
「そうだよ」
「それなら、きっとどんな答えでも受け止めてくれますよ」
背中を押してくれている。わかってる。
ちゃんとわかってる。私にとっていい結末を望んでくれていることも。幸輝がこんなことで私から離れることがないことも。
でも、どうしても嫌われたくない。気持ち悪がられたら嫌だ。今までと同じがなくなるのが怖い。
「慶汰くんには、わかんないよ」
感情に任せて、ついそう言ってしまった。完全に間違えた。こんなことを言うつもりじゃなかったのに。
「慶汰くんっ」
気付いたときにはもう、慶汰くんの姿はなかった。公園の外に出て、左右を見てもどこにもいない。
「なんでスマホ持ってないの」
今すぐ謝りたくても、謝れない。追いかけたくても、慶汰くんの家がどこにあるのかもわからない。
完全に詰んでいる。今の私は救いようがないほど最低最悪なことをしている。
もう、頭がパンクしてしまいそうなほどいっぱいになっていた。
どうやって帰ったのかわからないなんてバカみたいって思っていたけど、気付いたら朝になっていて、慶汰くんと会うための時間に家を出ていた。
マンションのエントランスをもう身についてしまったあのころの三十分前に通り過ぎて、歩いた先の最寄り駅の改札前でICカードを握って慶汰くんを待つ。
朝一番で謝りたくて、ただそこに立ち尽くして慶汰くんの姿を探していた。
五分、十分と時間が過ぎていくにつれて通勤通学の人も増えてきて、時折私のことを邪魔そうに睨みつけてくるおじさんが出てきた。
「ゆき?何してんの?」
結局、三十分後に私に声をかけてくれたのは幸輝で、この電車に乗らないと学校に間に合わない時間になっていた。
「待ち合わせしてたけど、来ないみたい」
「その人から連絡は?」
「スマホ持ってないんだって。口約束だけ」
「でも、もう行かないと遅刻するよ。とりあえず学校行こう」
そう、私の手を引いて、改札を通る。
あと少し待っていたら、来てくれたかな。もう私と友達でいるのは嫌になったのかな。それとも、友達という名の恋人なのに、八つ当たりをした上に恋愛相談をしたことがいけなかった?
「幸輝と登校するのも久しぶりだね」
電車の待ち時間、隣に立つ幸輝に話しかけるのも緊張してしまう。今まで気にならなかったことが気になる。一挙手一投足を見られていると思うと、それはもう、発表会のような緊張をもたらす。
「最近早いよな。俺が学校行くと、もう席座って窓の外眺めてる」
「見てたの?」
「まぁ、好きだからさ」
アピールしているつもりなんだろうけど、幸輝から出るそのワードが今、私をどれだけ苦しめているのか、その張本人は知らない。
こんなこと思っちゃいけないし、昨日のことで後悔しているから口に出すことは確実にないけど、あの告白さえなければ普通に今も、慶汰くんと恋人のフリをしながら学校に行って、いつも通り窓の外をぼーっと眺めることができたのにと思ってしまう。
「告白の答え、どっちに転んでも今まで通りの関係は崩れない?」
「崩すほうが難しいよ。俺とゆきの関係は。もう、十七年一緒にいるから、告白の返事が良くても悪くても、ゆきのことが大切なのは変わらない」
ほっとした。私も、告白されてもされなくても、幸輝が大切なのは変わらない。実際、幸輝のことで悩んだり笑ったり、喜怒哀楽が出てくるってことは、私もちゃんと幸輝を大切に思っている証拠になる。きっと。
一応、主な柱は私も幸輝も同じだった。それが何よりの安心材料になった。振ることへの恐怖心は少し薄れた。
「今、返事するのは早い?」
「昨日の今日だよ。もうちょっと、待って」
「わかった」
ひらひらと髪をなびかせて電車が止まり、窓際に向かい合わせになって身を寄せる。始点なのにぎゅうぎゅう詰めで、ここ最近の人の少ない電車に慣れてしまっていたから、少し息苦しくて、なんだか懐かしい。
「なんか今日人多くない?」
「そうか?そこまで変わらないと思うけど。強いて言えば、金曜だからかな」
修学旅行翌日も学校に行くのは体力的にしんどいところもあるけど、ほどよく色々考えられるし、慶汰くんの教室まで行けば流石に謝れるだろうから、そこはありがたかった。
「二本早いのに乗れば、もっと空いてるよ」
「早すぎだよ。最近のゆき、なんか生活リズムいい感じだよね」
「んー、大切な友達ができたからかな」
「へー。よかったじゃん」
縦に揺れて、横に揺れて、たまに大きく立ち位置がズレて。私の壁になってくれていた幸輝の肘がカクっと曲がって、幸輝との距離がほとんどゼロ距離まで縮まった。
「ごめん。あと二駅、このまま動けなさそう」
「うん」
傍から見たら恋人に見えるものなのかな。そうだとしたら、電車内でハグをしている痛いカップルみたいになっていないかな。一度貼られたレッテルは簡単に剥がせないから、同じ学校人には誰にも見られていないといいけど。
「なんか、失敗したな」
電車をおりると、悔しそうに笑っていた。
「本当はゆきを守るのなんて簡単だよって見せつけるつもりだったのに。肘が反抗期になっちゃってさ」
「でも、幸輝のガードが硬かったから私は安心して壁に背中預けられてたよ」
「それならよかったけど」
不服そうだけど、あまり期待を持たせないようにしているんだよ。少しでも幸輝に傷がつかないように。だけどいつも通りに接するのは少し難しくて、今も自分の言動と表情が心配になる。
「ちゃんと、考えてるから。幸輝のこと」
「……おう」
隣を歩きながら、同じ歩幅で歩いてくれる優しさが嬉しくて、それと同じくらい苦しさを感じる。いつも通り教室まで見送ってから自分の教室へ向かう姿も、手を振ってくれるときの笑顔も。それを見ると、思う。
告白の返事を、なんて言って断るか。どうやって私も幸輝のことが大切だと伝えるか。
ちゃんと、考えないと。これからも、幼なじみとして隣にいるために。大切な人を失わないために。
古典の読みも、数学の公式も、日本史の人名も何一つ頭に入ってこなかったけど、その分幸輝のことも、慶汰くんのこともちゃんと考えているから。
それだけは、どんな結果になっても伝わるといいなと、つい空に願ってしまうほど、強く感じた。