「なんか、大丈夫か?」
意外とすぐにやってきた修学旅行は、ほとんど流れに任せていたこともあり、もう最終日になっていた。
「なにが?全然余裕だけど」
最終日の遊園地で、私と幸輝はばったり会って一緒に回ることになった。
一日目は広島。二日目は岡山。ついて行くだけの、つまらないことこの上ない旅行で、やっと楽しめそうなのがこの遊園地。
「ジェットコースターなんて、余裕だし」
「強がんなって。昔から絶叫系苦手なくせに」
「いいの。叫んどきたい事情があるのよ」
なんだそれと、自分でも思ったけど、まあいいか。とりあえず、明日慶汰くんにあのことを話すのだから、この不安を叫んで発散させておきたい。不安と、不安と不安と、また不安。色んな不安が重なって、胃が痛い。
「その割には酷い顔してるぞ。水飲むか?」
「うん。ありがとう」
無理に引っ張ってでもやめさせようとしないのは、私が頑固だってことを熟知しての行動だろう。
「最近なんか、ゆきの感情もジェットコースターみたいだよな」
「上手くないからね、それ」
もらったペットボトルの水を喉に流し込み、いつもの何倍もの力を込めて、ぎゅうぎゅうに蓋を閉める。ちょっと上手いこと言っただろ?みたいな顔をしていて、なんか若干ムカついたから。
「そういえば八重ちゃん、例の彼氏さんとどう?」
「いい感じみたいだよ。充実してる顔してる」
「そっか」
いいな。私が彼氏さんの立場に立ちたかった。私が男として生まれてこれていたら、こんなに悩むことなんてきっとなかったし、この辛さを誰かに気軽に話すことができたのに。
「なに、まだ落ち込んでたの?」
「そういうわけじゃないけど」
ただ、話題がなくて聞いたことを後悔した。もっと別の、当たり障りないようなことを聞けばよかった。なんでわざわざ、自分から傷つきに行ったんだろう。
「最悪俺がもらってやるから。そしたら、姉ちゃんとも姉妹になれるだろ?」
「そういうのいいから」
冗談でも、そういうことを軽く言ってほしくなかった。私にはできないから。羨ましくて、自分が人とは違うって実感するから。
「ごめん。でも姉ちゃん、ゆきに会いたいって言ってたよ」
「ほんと?」
「うん。彼氏に紹介したいんだってさ」
上げて、下げて。私の感情よりも、幸輝の私に対する気分の振り回しの加減がジェットコースターだ。幸輝が線路で、私が機体。私はいつも、線路にはなれない。色んな人に振り回されてばかりだ。
「また八重ちゃんと予定合わせる」
「うん。そうして」
散々振り回されたあと、やっとたどり着いたジェットコースターの機内に乗り込み、安全バーを下ろした。
もう乗り疲れていた。まだ本当に乗ったわけじゃないのに。やっともたれかかる場所ができたと、出発するまでの間は完全に力を抜いていた。
「行ってらっしゃーい」
スタッフの人の愉快な声で、私たちは前へ前へと動き出す。薄暗く雰囲気のある室内から、青空が煌めく外へと連れていかれて、どんどん高く昇りつめる。
あぁ、このまま一度、空へ飛んで行けたらいいのに。世界の広さを見て、自分の悩みはちっぽけだと教えてほしい。今は苦しくても、他の場所ではそれが普通だと、目で見て安心したい。
でも、それは無理だと否定するように、私の身体は落下した。急降下。急上昇。ぐるぐるとこんがらがり、一番上まで上り詰めたのち、一番下まで一気に落とされる。
内臓の浮遊感を感じて、身体ごと軽くあちこちにぶつけながら、気持ち悪さを感じる残りの余白で、やはりジェットコースターは私みたいだと、幸輝は私よりもよく私のことを理解していると思った。
ガコン、といきなりあれだけ出ていた速度はゼロまで落ちて、一瞬身体が前のめりになる。
「大丈夫か?顔死んでるけど」
隣に乗っている幸輝が、ケロッとした顔で私の顔を覗き込んでくる。半笑いで聞くことじゃないよと、少しムカついた。
「大丈夫。一番納得いくジェットコースターだった」
ゆっくりと乗り口まで戻ったあと、いつまでも明るいスタッフさんに迎え入れられ、半分急かされるように席から下ろされる。
「謎すぎるんだけど。なにあの感想」
園内マップを広げて、次はどこに行こうかと話し合うのかと思いきや、開いたマップではなくからかうような目で私の方を見ていた。
「幸輝の言ってることを身をもって実感したってこと」
「……左様ですか」
「わかってないでしょ、絶対」
「うん。それより次どこ行く?」
「潔良いね」
「それが俺のいいところ」
現在地を指さしながら、自信ありげに笑った。眉の下げ方とか、口角の上げ方とか、目尻の曲線とか。その全てが、どことなく八重ちゃんに似ている。こんなことしちゃいけないってわかっているけど、考えずにはいられない。
今、一瞬だけだけど。八重ちゃんとデートしてるみたいで幸せだと。
「ほら、時間ないぞ」
「じゃあメリーゴーラウンド行こ」
なるべく内臓に優しい系に乗りたい。小さい子でも乗れるアトラクションなら、ちょっとジェットコースターにやられてる私でも楽しめる気がした。
「昔から変わんないな」
「いいでしょ。夢があるの」
平日の昼間で、あまり子連れの人もいないからか、待ち時間十数分で私たちは馬に案内された。
「私この、たてがみが立派な子にする」
「じゃあ俺は隣の優しそうな子にするわ」
馬に跨り、メルヘンチックな音楽とともに緩やかに動き始める。少しだけ前を行く幸輝は、どう見ても幼なじみの男の子で、八重ちゃんの弟。全くの別人なのに、たまに似ているところを見せてくるからドキッと心臓が過剰に脈立つ瞬間がある。昔からそう。
幸輝の隣に八重ちゃんがいてくれれば、八重ちゃんの方に意識がずっと向いていて、幸輝は幸輝として見ていられるからそんなことないのに、こうして二人になるとやはり似ているところを見つけてしまう。姉弟とは、なんてずるいんだろう。
「ゆき!こっち見て」
「なにー?」
こちらを振り向いた幸輝の手には、スマホ。音は聞こえなかったものの、きっと写真を撮られたのだと確信して恥ずかしくなる。
「幸輝、笑って」
やり返してやろうと、私もスマホを構えた。
カシャ、と小さな音が鳴り、カメラロールには馬に乗ってピースサインをする幸輝が記録された。
「やっぱり八重ちゃんに似てるよね」
メリーゴーラウンドから降りて、近くのベンチでさっき撮った写真を見る。これが本当に、八重ちゃんだったらよかったのに。
「あんま嬉しくないから。それ」
「だって似てるんだもん。面影とか、他にもいろいろ」
結構前の八重ちゃんとのツーショットを引っ張り出して、ほら、と見せても、幸輝は理解できないと顔をしかめた。
「全然似てないよ。全く別の顔してるじゃん」
「そうだけど、そうじゃないもん」
私だって、そんなに似てるって思いたくない。でも、一度似てると思ってしまったときから、八重ちゃんと会えない日々が続くたびに、幸輝を見ては八重ちゃんに似ているところを探して、寂しさを払拭している気がする。
そのたび、そんな自分がどうしても嫌になる。
「それよりさ、姉ちゃんにこの写真送ってもいい?」
目つぶってるじゃん。その写真。
「もっと可愛いのがいい」
「じゃあ撮るから寄って」
肩を抱き寄せられて、呑気に「いぇーい」なんていいながら内カメにして自撮りをし始める。
「ほら、ゆきも笑って」
「あ、うん」
大きな観覧車を背景に、ピースする。
「お、いいじゃん。ほら、可愛い可愛い」
なだめるようにそう言って、私にもその写真を送ってくれた。
勘違いされないかな。幸輝と付き合っているって、思われないといいな。あとは、少しでも可愛いって思われたい。幸輝の撮った写真は少しブレていて、お世辞にも綺麗とは言えないけど。
「ありがとう」
「いーよ。ほら、頑張ればあと二つくらい乗れるだろ?何乗りたい?」
「観覧車乗りたい」
どうせ来たなら、ゆっくりのんびり、綺麗な景色を眺めながら時間が流れるところにも行きたい。
「いいじゃん」
頷いて肯定してくれるのを見て、観覧車の方へと足を進める。十五分待ち、と看板を持った人が立っているところに並び、順調に前へ進む。
「二名様ですね」
人数確認をされたあと、赤いゴンドラに乗せられて扉を閉められる。ジェットコースターよりもずっと穏やかで、ほっと一息つけるのがありがたかった。
「こういうのもいいな」
「うん」
二人して外を眺めながら、無言の時間を過ごす。緩やかに上っていくゴンドラに揺られながら、一番てっぺんへ向かっていく景色を楽しんだ。
「なぁ、話してもいい?」
「うん」
私が頷いてから、三つくらいゴンドラが進むまで、なぜか手をぐっと握って黙っていた。
「好きだ」
ちょうどゴンドラが一番上へと上り詰めたとき、幸輝はそう、真剣な顔付きを向けた。
「ゆきが好き。物心ついたときからずっと」
「ちょっと待って。本気?」
わかってる。幸輝は面白半分でこんなこと言う人じゃない。手のひらにぐっと爪を食い込ませながら、真剣な顔をしているのに隠しきれていない頬の紅さとか、その全てが本気だと伝えてくる。
「本気だよ。ずっと、付き合いたいって思ってる。ゆきを守るのは俺がいいし、一番に思い出してもらいたい。さっき言った、もらってやるってのも、本気だよ」
どう答えればいいんだろう。
私は八重ちゃんが好きだから、幸輝とは付き合えない。そう、本当のことをいうべきなのか。でも、今じゃない。まだ心の準備ができていない。幸輝に話すなら、八重ちゃんに思いを伝える覚悟ができてからじゃないと。一生伝えるつもりはないから、一生話すつもりもなかった。
「でも」
「返事は今すぐじゃなくていい。きっと、ゆきも考えることがたくさんあるだろうから」
「いや、幸輝」
変に待たせて、変に期待させるのもよくない。どうせ確実に、「よろしくお願いします」と答えることなんてできないのだから。
「一回、幼なじみじゃなくて一人の男として見てほしい。それから、返事聞かせて」
「や、あの」
ここでそんなことできないと言っても、きっと本当の理由を伝えないと幸輝も引かないだろう。でも、できないものはできない。
答えに迷っていると、観覧車の扉が開いた。涼しい風が頬を撫でる。
「おかえりなさーい」
こちらの事情を知るはずもないスタッフさんが、明るい声で迎えて、私たちをそこからだして次の人を乗せていた。
「そういうことだから。そろそろ時間だし、バス戻ろ」
いつもは隣を歩いているのに、大きい歩幅でスタスタと先に歩いていく。必死に追いかけるのに、早歩きじゃギリギリ追いつかないくらい早く歩けるんだと、驚いた。きっと、今までずっと、私の歩幅に合わせてくれていた。
それもこれも全部、好きだからだとしたら、私はどれだけ幸輝の好意に甘えてきたんだろう。
「ありがとう」だけじゃ足りないのに、「ありがとう」と「ごめんなさい」しか返せない。そのくせに、理由も話したくないなんて、なんてわがままなんだろう。
私が、普通に恋する女の子なら、なにか違ったのかな。長谷川家の姉の八重ちゃんじゃなくて、その弟の幸輝のことが好きになれていたのかな。
「ごめんな、困らせること言って」
私に何か言う暇も与えてくれないまま、幸輝は自分のクラスのバスに乗りこんでしまった。言うことが決まっていないのに人のクラスのバスに乗り込む勇気もないから、自分のクラスのバスに乗りこんで、決まっている席に座る。
まだ、人はまばらだった。フードを被って寝ている男子と、疲れきって肩を寄せあって寝ている女子が数人。まだ明るいタイプの人たちは戻ってきていなかった。
シートベルトを締めて、カーテンを閉めた窓に頭を預ける。目をつぶったとき、いつも思い出すのは八重ちゃんのことだけど、今日は幸輝のことばかりが浮かんでくる。
一緒にコンビニで肉まんを半分こして食べたとき、必ず大きい方をくれたこと。
熱があるとき、私よりも先に気付いてくれたこと。
どんなときも私の味方でいてくれたこと。
委員会で帰りが遅くなるときも、絶対昇降口で待っていてくれたこと。
傘を忘れたとき、私に大きい方を渡してくれて自分は小さい折りたたみ傘をさしていたこと。
おつかいを頼まれてばったり幸輝に会ったとき、重いほうの荷物を持ってくれたこと。
思い出すとキリがない。知らない間に、幸輝はたくさんの愛を私にくれていた。
笑顔で頷けたらどれだけよかったんだろう。
私がたまに、幸輝で八重ちゃんを探していたことが、どれだけ罪深いことだったのか。本人は知らないことだろうけど、知ったらきっと、すごく傷つく。
私は、こんなに私よりも私を大事にしてくれた幸輝に、何を返せるんだろう。
意外とすぐにやってきた修学旅行は、ほとんど流れに任せていたこともあり、もう最終日になっていた。
「なにが?全然余裕だけど」
最終日の遊園地で、私と幸輝はばったり会って一緒に回ることになった。
一日目は広島。二日目は岡山。ついて行くだけの、つまらないことこの上ない旅行で、やっと楽しめそうなのがこの遊園地。
「ジェットコースターなんて、余裕だし」
「強がんなって。昔から絶叫系苦手なくせに」
「いいの。叫んどきたい事情があるのよ」
なんだそれと、自分でも思ったけど、まあいいか。とりあえず、明日慶汰くんにあのことを話すのだから、この不安を叫んで発散させておきたい。不安と、不安と不安と、また不安。色んな不安が重なって、胃が痛い。
「その割には酷い顔してるぞ。水飲むか?」
「うん。ありがとう」
無理に引っ張ってでもやめさせようとしないのは、私が頑固だってことを熟知しての行動だろう。
「最近なんか、ゆきの感情もジェットコースターみたいだよな」
「上手くないからね、それ」
もらったペットボトルの水を喉に流し込み、いつもの何倍もの力を込めて、ぎゅうぎゅうに蓋を閉める。ちょっと上手いこと言っただろ?みたいな顔をしていて、なんか若干ムカついたから。
「そういえば八重ちゃん、例の彼氏さんとどう?」
「いい感じみたいだよ。充実してる顔してる」
「そっか」
いいな。私が彼氏さんの立場に立ちたかった。私が男として生まれてこれていたら、こんなに悩むことなんてきっとなかったし、この辛さを誰かに気軽に話すことができたのに。
「なに、まだ落ち込んでたの?」
「そういうわけじゃないけど」
ただ、話題がなくて聞いたことを後悔した。もっと別の、当たり障りないようなことを聞けばよかった。なんでわざわざ、自分から傷つきに行ったんだろう。
「最悪俺がもらってやるから。そしたら、姉ちゃんとも姉妹になれるだろ?」
「そういうのいいから」
冗談でも、そういうことを軽く言ってほしくなかった。私にはできないから。羨ましくて、自分が人とは違うって実感するから。
「ごめん。でも姉ちゃん、ゆきに会いたいって言ってたよ」
「ほんと?」
「うん。彼氏に紹介したいんだってさ」
上げて、下げて。私の感情よりも、幸輝の私に対する気分の振り回しの加減がジェットコースターだ。幸輝が線路で、私が機体。私はいつも、線路にはなれない。色んな人に振り回されてばかりだ。
「また八重ちゃんと予定合わせる」
「うん。そうして」
散々振り回されたあと、やっとたどり着いたジェットコースターの機内に乗り込み、安全バーを下ろした。
もう乗り疲れていた。まだ本当に乗ったわけじゃないのに。やっともたれかかる場所ができたと、出発するまでの間は完全に力を抜いていた。
「行ってらっしゃーい」
スタッフの人の愉快な声で、私たちは前へ前へと動き出す。薄暗く雰囲気のある室内から、青空が煌めく外へと連れていかれて、どんどん高く昇りつめる。
あぁ、このまま一度、空へ飛んで行けたらいいのに。世界の広さを見て、自分の悩みはちっぽけだと教えてほしい。今は苦しくても、他の場所ではそれが普通だと、目で見て安心したい。
でも、それは無理だと否定するように、私の身体は落下した。急降下。急上昇。ぐるぐるとこんがらがり、一番上まで上り詰めたのち、一番下まで一気に落とされる。
内臓の浮遊感を感じて、身体ごと軽くあちこちにぶつけながら、気持ち悪さを感じる残りの余白で、やはりジェットコースターは私みたいだと、幸輝は私よりもよく私のことを理解していると思った。
ガコン、といきなりあれだけ出ていた速度はゼロまで落ちて、一瞬身体が前のめりになる。
「大丈夫か?顔死んでるけど」
隣に乗っている幸輝が、ケロッとした顔で私の顔を覗き込んでくる。半笑いで聞くことじゃないよと、少しムカついた。
「大丈夫。一番納得いくジェットコースターだった」
ゆっくりと乗り口まで戻ったあと、いつまでも明るいスタッフさんに迎え入れられ、半分急かされるように席から下ろされる。
「謎すぎるんだけど。なにあの感想」
園内マップを広げて、次はどこに行こうかと話し合うのかと思いきや、開いたマップではなくからかうような目で私の方を見ていた。
「幸輝の言ってることを身をもって実感したってこと」
「……左様ですか」
「わかってないでしょ、絶対」
「うん。それより次どこ行く?」
「潔良いね」
「それが俺のいいところ」
現在地を指さしながら、自信ありげに笑った。眉の下げ方とか、口角の上げ方とか、目尻の曲線とか。その全てが、どことなく八重ちゃんに似ている。こんなことしちゃいけないってわかっているけど、考えずにはいられない。
今、一瞬だけだけど。八重ちゃんとデートしてるみたいで幸せだと。
「ほら、時間ないぞ」
「じゃあメリーゴーラウンド行こ」
なるべく内臓に優しい系に乗りたい。小さい子でも乗れるアトラクションなら、ちょっとジェットコースターにやられてる私でも楽しめる気がした。
「昔から変わんないな」
「いいでしょ。夢があるの」
平日の昼間で、あまり子連れの人もいないからか、待ち時間十数分で私たちは馬に案内された。
「私この、たてがみが立派な子にする」
「じゃあ俺は隣の優しそうな子にするわ」
馬に跨り、メルヘンチックな音楽とともに緩やかに動き始める。少しだけ前を行く幸輝は、どう見ても幼なじみの男の子で、八重ちゃんの弟。全くの別人なのに、たまに似ているところを見せてくるからドキッと心臓が過剰に脈立つ瞬間がある。昔からそう。
幸輝の隣に八重ちゃんがいてくれれば、八重ちゃんの方に意識がずっと向いていて、幸輝は幸輝として見ていられるからそんなことないのに、こうして二人になるとやはり似ているところを見つけてしまう。姉弟とは、なんてずるいんだろう。
「ゆき!こっち見て」
「なにー?」
こちらを振り向いた幸輝の手には、スマホ。音は聞こえなかったものの、きっと写真を撮られたのだと確信して恥ずかしくなる。
「幸輝、笑って」
やり返してやろうと、私もスマホを構えた。
カシャ、と小さな音が鳴り、カメラロールには馬に乗ってピースサインをする幸輝が記録された。
「やっぱり八重ちゃんに似てるよね」
メリーゴーラウンドから降りて、近くのベンチでさっき撮った写真を見る。これが本当に、八重ちゃんだったらよかったのに。
「あんま嬉しくないから。それ」
「だって似てるんだもん。面影とか、他にもいろいろ」
結構前の八重ちゃんとのツーショットを引っ張り出して、ほら、と見せても、幸輝は理解できないと顔をしかめた。
「全然似てないよ。全く別の顔してるじゃん」
「そうだけど、そうじゃないもん」
私だって、そんなに似てるって思いたくない。でも、一度似てると思ってしまったときから、八重ちゃんと会えない日々が続くたびに、幸輝を見ては八重ちゃんに似ているところを探して、寂しさを払拭している気がする。
そのたび、そんな自分がどうしても嫌になる。
「それよりさ、姉ちゃんにこの写真送ってもいい?」
目つぶってるじゃん。その写真。
「もっと可愛いのがいい」
「じゃあ撮るから寄って」
肩を抱き寄せられて、呑気に「いぇーい」なんていいながら内カメにして自撮りをし始める。
「ほら、ゆきも笑って」
「あ、うん」
大きな観覧車を背景に、ピースする。
「お、いいじゃん。ほら、可愛い可愛い」
なだめるようにそう言って、私にもその写真を送ってくれた。
勘違いされないかな。幸輝と付き合っているって、思われないといいな。あとは、少しでも可愛いって思われたい。幸輝の撮った写真は少しブレていて、お世辞にも綺麗とは言えないけど。
「ありがとう」
「いーよ。ほら、頑張ればあと二つくらい乗れるだろ?何乗りたい?」
「観覧車乗りたい」
どうせ来たなら、ゆっくりのんびり、綺麗な景色を眺めながら時間が流れるところにも行きたい。
「いいじゃん」
頷いて肯定してくれるのを見て、観覧車の方へと足を進める。十五分待ち、と看板を持った人が立っているところに並び、順調に前へ進む。
「二名様ですね」
人数確認をされたあと、赤いゴンドラに乗せられて扉を閉められる。ジェットコースターよりもずっと穏やかで、ほっと一息つけるのがありがたかった。
「こういうのもいいな」
「うん」
二人して外を眺めながら、無言の時間を過ごす。緩やかに上っていくゴンドラに揺られながら、一番てっぺんへ向かっていく景色を楽しんだ。
「なぁ、話してもいい?」
「うん」
私が頷いてから、三つくらいゴンドラが進むまで、なぜか手をぐっと握って黙っていた。
「好きだ」
ちょうどゴンドラが一番上へと上り詰めたとき、幸輝はそう、真剣な顔付きを向けた。
「ゆきが好き。物心ついたときからずっと」
「ちょっと待って。本気?」
わかってる。幸輝は面白半分でこんなこと言う人じゃない。手のひらにぐっと爪を食い込ませながら、真剣な顔をしているのに隠しきれていない頬の紅さとか、その全てが本気だと伝えてくる。
「本気だよ。ずっと、付き合いたいって思ってる。ゆきを守るのは俺がいいし、一番に思い出してもらいたい。さっき言った、もらってやるってのも、本気だよ」
どう答えればいいんだろう。
私は八重ちゃんが好きだから、幸輝とは付き合えない。そう、本当のことをいうべきなのか。でも、今じゃない。まだ心の準備ができていない。幸輝に話すなら、八重ちゃんに思いを伝える覚悟ができてからじゃないと。一生伝えるつもりはないから、一生話すつもりもなかった。
「でも」
「返事は今すぐじゃなくていい。きっと、ゆきも考えることがたくさんあるだろうから」
「いや、幸輝」
変に待たせて、変に期待させるのもよくない。どうせ確実に、「よろしくお願いします」と答えることなんてできないのだから。
「一回、幼なじみじゃなくて一人の男として見てほしい。それから、返事聞かせて」
「や、あの」
ここでそんなことできないと言っても、きっと本当の理由を伝えないと幸輝も引かないだろう。でも、できないものはできない。
答えに迷っていると、観覧車の扉が開いた。涼しい風が頬を撫でる。
「おかえりなさーい」
こちらの事情を知るはずもないスタッフさんが、明るい声で迎えて、私たちをそこからだして次の人を乗せていた。
「そういうことだから。そろそろ時間だし、バス戻ろ」
いつもは隣を歩いているのに、大きい歩幅でスタスタと先に歩いていく。必死に追いかけるのに、早歩きじゃギリギリ追いつかないくらい早く歩けるんだと、驚いた。きっと、今までずっと、私の歩幅に合わせてくれていた。
それもこれも全部、好きだからだとしたら、私はどれだけ幸輝の好意に甘えてきたんだろう。
「ありがとう」だけじゃ足りないのに、「ありがとう」と「ごめんなさい」しか返せない。そのくせに、理由も話したくないなんて、なんてわがままなんだろう。
私が、普通に恋する女の子なら、なにか違ったのかな。長谷川家の姉の八重ちゃんじゃなくて、その弟の幸輝のことが好きになれていたのかな。
「ごめんな、困らせること言って」
私に何か言う暇も与えてくれないまま、幸輝は自分のクラスのバスに乗りこんでしまった。言うことが決まっていないのに人のクラスのバスに乗り込む勇気もないから、自分のクラスのバスに乗りこんで、決まっている席に座る。
まだ、人はまばらだった。フードを被って寝ている男子と、疲れきって肩を寄せあって寝ている女子が数人。まだ明るいタイプの人たちは戻ってきていなかった。
シートベルトを締めて、カーテンを閉めた窓に頭を預ける。目をつぶったとき、いつも思い出すのは八重ちゃんのことだけど、今日は幸輝のことばかりが浮かんでくる。
一緒にコンビニで肉まんを半分こして食べたとき、必ず大きい方をくれたこと。
熱があるとき、私よりも先に気付いてくれたこと。
どんなときも私の味方でいてくれたこと。
委員会で帰りが遅くなるときも、絶対昇降口で待っていてくれたこと。
傘を忘れたとき、私に大きい方を渡してくれて自分は小さい折りたたみ傘をさしていたこと。
おつかいを頼まれてばったり幸輝に会ったとき、重いほうの荷物を持ってくれたこと。
思い出すとキリがない。知らない間に、幸輝はたくさんの愛を私にくれていた。
笑顔で頷けたらどれだけよかったんだろう。
私がたまに、幸輝で八重ちゃんを探していたことが、どれだけ罪深いことだったのか。本人は知らないことだろうけど、知ったらきっと、すごく傷つく。
私は、こんなに私よりも私を大事にしてくれた幸輝に、何を返せるんだろう。