クリスマスマーケットから帰って、長谷川家のインターホンを鳴らす。いつもの軽快な音が、どくどくと緊張をする胸に響いた。
「今行くね」
事前に約束を取り付けていたから、八重ちゃんはさほど時間が経たない間に扉を開けて出てきた。
「ごめんね、こんなに遅い時間になっちゃって」
「大丈夫。無理を言ったのは私だから、むしろ時間作ってくれてありがとうだよ」
今までにない緊張と、やっと何かから解放されるような解放感への期待。
少し歩いて、人が集まるイルミネーションを、八重ちゃんと二人で歩いた。
「綺麗だね」
「うん。なんだか、心までキラキラしてくる」
今まであまり見上げてこなかった。好きな人と見るイルミネーションは、私の人生で一度も訪れないと思っていた。
「あそこ、入ろっか」
小さなカフェを指さして、にこりと微笑んだ。その笑顔に、私は頷いた。少しでもこの日の思い出を作りたいという、ちょっとでも長く八重ちゃんといたいという欲もあった。
きっとこれから、私が八重ちゃんに告白をしようとしているなんて、八重ちゃんは思ってもいないだろうな。
私が八重ちゃんの立場だったら、想像もしない。
今から妹同然の弟の幼なじみに、恋愛的な意味で好きだと告白されるなんて。
「ここね、ココアが美味しいんだよ」
メニューを開いて、ホットドリンクのページを指さして教えてくれる。
「じゃあ、ココアにする」
「ん、おっけー」
私の注文を聞いて、お店の人に声をかけ、「ココアをふたつ。あと、ショートケーキもふたつお願いします」と注文をしてくれた。
「ゆきちゃんと出かけるの、久しぶりだから、今日楽しみにしてたんだよ」
あたたかいおしぼりで手を拭きながら、笑ってくれる。
クリスマスなのに、仕事をしてきて、夜は彼氏さんとじゃなくて私と予定を組んでくれた。
少し優先されているだけで、こんなにも嬉しいなんて。きっと恋をしないと知ることはなかった気持ちだ。
「彼氏さんとじゃなくて、よかった?私との約束優先してくれて、嬉しいけど……」
ただ、八重ちゃんが無理をして予定を開けてくれているとしたら話は別だった。申し訳なくて、その気持ちを払拭したいがために、そう聞いてしまった。
「全然。彼氏ね、パティシエなの。クリスマスは死ぬ気で仕事。だからゆきちゃんが誘ってくれて本当に嬉しかったよ」
届いたココアと、握りこぶしより少し大きめのサイズ感の、正方形のショートケーキ。
「私からのクリスマスプレゼント。食べて?」
手渡してくれたフォークを受け取って、一口。
「すっごく美味しい」
「でしょ?このカフェはココアとショートケーキのコンビが最高なんだよ」
得意げに話す八重ちゃんを見て、胸がほくほくした。
ショートケーキの美味しさを噛み締めて、幸せそうに笑っていた。
店内は落ち着いた空間だからか、静かだから落ち着いたように感じるのかはわからないけど、あまり会話をするには向かないような静かで穏やかな空気が流れていた。
「美味しい」「美味しいね」
美味しいを連呼して、最近の話しを少しだけした。
幸輝とはどう?とか、八重ちゃんは今、何をしてるの?とか。八重ちゃんが社会人になってから話す機会が減ってしまったからそれを埋めるように話をした。
「また連れてきてあげる。今度はゆきちゃんの誕生日かな」
そのまたが、本当に来るのかな。来てくれるといいけど、どうかな。
不安に駆られて準備に手間取っている間に、さらっとお会計を済ませる姿は、もうすっかり少し遠いお姉さんだった。
「ちょっと、公園によってもいいですか?」
あの公園。幼いころ遊んだ公園。幸輝を振った公園。
そこで私も、今から告白して、振られる。
そんな縁起の悪い公園に仕立てあげるのも愛着があるが故に可哀想だと思ったけど、ここが一番相応しいようにも感じた。
「うん。いいよ」
横断歩道を渡り、静かな夜の公園でベンチに腰かける。
時間の流れがゆっくりで、冷たい風は私の緊張する心を冷静にしてくれた。
「あの、私、どうしても八重ちゃんに話したいことがあって。今から話してもいい?」
「うん。どうした?」
身体をこちらに向けて、目を見て、話を聞いてくれる。
どくどくと、心臓が早くなる。こんなに寒い中、しっとりと手が汗ばむ。
「私、小さいときからずっと、八重ちゃんが私の中の一番で、何かあったときも八重ちゃんの笑顔を思い出すと頑張れるし、会えるとこの上ないくらい嬉しくなるの。その気持ちが、私を今日まで走らせてきたと言っても過言ではないくらい」
男女の恋愛とか、そういうものを考えなくても、八重ちゃんが生きていてくれたらそれでいいと思っていた。今ももちろんそう思っている。
「私、ずっと八重ちゃんが好き。恋人になりたいっていう意味での好き。私の初恋は、八重ちゃんなの。だから、今日もこうやって一緒にいられて嬉しいし、次の約束を当たり前のようにしてくれて嬉しい」
うん、うんと頷いて、一定の変わらない距離感で私の告白を受け入れるように聞いてくれる。
「ちゃんと、今日は区切りをつけるために告白することを決めたの。だから、振ることを躊躇しないで、思いっきり断ってほしいの」
八重ちゃんは数回頷いて、「わかった」と口にした。
「ごめんなさい。私は好きな人がいて、今も、今後もその人一筋だと思うから、ゆきちゃんの気持ちには答えられない。でも、そんなに長く私のことを思っていてくれてありがとう。好きになってくれてありがとう。ゆきちゃんのまっすぐで綺麗な、私に宛ててくれたこの世にひとつしかない気持ちは、今年一番の宝物だよ」
八重ちゃんは、静かに涙を流して、私のことを抱きしめた。強く、優しく。
「私も、ちゃんとゆきちゃんのことが好きだよ。恋愛の意味とは別だけど、ゆきちゃんは特別だし、これまでもこれからも、その気持ちは変わらない。だから、これからもたまに出かけよう。一緒にご飯食べよう。色んな話をして、笑い合おう」
鼻をすする音と、涙ぐんだ声。言葉を聞いているだけで涙が零れてしまうのに、その声で更に私の涙腺は崩壊してしまった。
「八重ちゃん、好き。大好き。私、初めて好きになって初めて振られたのが、八重ちゃんで本当に良かった。私、この気持ち伝えてよかった。八重ちゃんに伝えられて、よかった」
本当にそう思った。振られたのに、伝えてよかったって思えるなんて、思ってもいなかった。
それもこれも、周りの人の力があったから。
幸輝がほかの話と変わらないように私の八重ちゃんへの気持ちを聞いてくれていたから。
慶汰くんが、『後悔してほしくないから』と、身をもって証明してくれたから。
全部全部、自分一人だけだったら、今のこの状況は絶対に生まれなかったし、一生告白なんてすることはなかっただろう。
「帰ろっか」
夜の公園で抱き合って泣いていると、時間の経過はあっという間だった。
「あ、雪……」
チラチラと舞う雪は、まるで慶汰くんが私に、よく頑張ったねと言ってくれているような気がした。
「ゆきちゃんは、手が冷たいね」
そう、私の手を包み込んだ八重ちゃんは、自分の手につけていた手袋を私の手につけてくれた。
「あげる。使い古しだけど、いい?」
「……ありがとう」
そうだ、私も八重ちゃんに渡したい物があったんだ。
カバンの中から、ラッピングされたクリスマスプレゼントを取り出す。今日のクリスマスマーケットで、告白がいい結果に収まったら渡そうと思って買っておいたんだ。
「これ、八重ちゃんに。メリークリスマス」
「え、いいの?嬉しい」
受け取って、取り出した私からのマフラーを、嬉しそうに首から巻いてくれた。
「ありがとう。似合う?」
「うん。すごく似合ってる」
なんどもありがとうと伝えてくれる八重ちゃんの笑顔が本当に綺麗で、可愛くて。暗いのにどこか輝いて見えるほど。
人生初めての告白は、私の世界を広げてくれた。