「おはよー」
「あ、おはよ」
しゃんとしない挨拶を交わして、花楓の席の前に立つ。
「冬休み、遊びに行こうよ。もしよければ、修学旅行の三人も誘って」
「うん。いいよ」
花楓の提案に乗ったはいいものの、覚える気がなくて未だにあの三人の名前を覚えていないなんて、さすがに花楓にも言い出せなかった。
「あ、沙耶香!二人も、ちょっとこっち来て!」
花楓に手招きされてきた、あのA、B、Cの三人は、言われるがままこちらに寄ってきた。三人がちょっとづつズレてきたら、誰が誰だかわかったかもしれないのに。
もう、どの子が沙耶香ちゃんなのか、本当にわからない。
「恵美、もうちょっとこっち来て」
そう、腕を引かれて寄ってきた、私がBと呼んでいた黒髪ボブの、低身長なのが、きっと恵美ちゃんで間違いない。
あとは沙耶香ちゃんと、もう一人。どっちが沙耶香ちゃんなんだろう。
「沙耶香、スカーフ曲がってる」
「うそ。ありがとう、来未」
確定した。Aと呼んでいたポニーテールがよく似合う元気系の子が沙耶香ちゃんで、Cと呼んでいた色素薄めのゆるふわ系の子が来未ちゃんだ。
「修学旅行ぶりだね。この五人でどこか行くの」
来未ちゃんがワクワクした様子で、身振り手振りをつけてその気分を表現してくれる。なんだかきっと、面白い子なんだろうなって見ているだけでわかった。
素直な彼女たちを見て、急に罪悪感に苛まれた。
「私、修学旅行のとき感じ悪かったよね。ごめんね」
ずっと無愛想で、楽しいと感じたのは最終日の遊園地。私も後悔した。あのときこちらから歩み寄っていれば、人生最後の修学旅行はもっと楽しくなっていただろう。
「いいの。はじめて話した日に、少ししつこすぎたかもって。そんなときに同じ班になったらそりゃあ、あんな反応にもなるよね」
しょうがないよって、頷きながら笑っている。
「だからこれから、知っていこうよ。どんなことが好きで、何が嫌いなのか」
「そうだね。私たちの友情関係は、今第一章が始まったばっかりなんだから」
沙耶香ちゃん、恵美ちゃん、来未ちゃん。
三人とも、ちゃんと話したらこんなにもいい人たちだった。むやみやたらに避けてきて、名前も覚える気がなく、ABCと勝手に呼んでいた自分が恥ずかしい。
「五人のグループチャット作ろうよ」
スマホを見せあって、QRコードを読み込んだ。
ポコポコ通知音が鳴る新しいグループに、冬休み目前にやっと友達ができた嬉しさと、きっとこの四人は大人になっても関係が途絶えないだろうという予想ができた。
「とりあえず、食の好み知らないとだよね」
休み時間に集まり、お昼を教室で机を囲んで食べた。慶汰くんといるときはすごく楽しかったけど、この四人も負けていなかった。
「ゆきはいつも、何通学?」
「電車。みんなは?」
花楓は自転車通学なのは知っている。
「私は徒歩」
そう、沙耶香ちゃん。
「右に同じく」
そう、恵美ちゃん。
「私も右に同じ」
そう、来未ちゃん。
仲良いんだな。息ぴったりだ。
「いいな、近いの?」
「歩いて三十分くらいだけどね。私たち、小学校からずっと一緒なの」
ねー、と顔を見合わせる。
「私達も、それと同じくらい仲良いからね」
花楓が私の腕をとり、対抗するように笑った。
あんなにギスギスしていたのが嘘みたい。
「ねぇ、とりあえず今日、計画立てるために放課後ファミレスでも行かない?」
そうだ、と沙耶香ちゃんがポニーテールを揺らしながら提案してくれた。
「いいね。ゆきは?行ける?」
「うん。もちろん」
なんだかすごくワクワクして、私も二つ返事で了承した。
「じゃあ決まり。ここの最寄り駅周辺のところでいい?」
スマホを開き、早速『ファミレス』と検索をかけている。友達が多そうなだけに、なんだか手馴れているように見えた。
「なんでもある系か、イタリアンか、どっちがいい?」
「とりあえずなんでもある方が楽しいんじゃない?」
目が点になるほどのスピードで色んなことが決まっていく。これが本物の仲良しなのかと、ぽかんと三人を見つめることしかできなかった。
「これで午後も頑張れるね」
「うん。スイッチ入った」
ぐーっと伸びをして、私も気合いを入れる。
五限目が終わったあと、すぐに幸輝に友達と帰ると伝えて、六限目の授業を受ける。いつもより、先生の話の内容がしっかり頭に入ってきている気がした。きっと、気がするだけだけど。
そのおかげもあってか、午後の授業はあっという間に時間が流れてすぐに約束の放課後がやってきた。
帰り支度を済ませて、五人で教室を出る。
「何食べようね。やっぱりハンバーグかな」
そう、沙耶香ちゃんがキラキラした目で言う。意外とガッツリ系なんだと、結構驚いた。その割には、スタイルがすごくいいから。
「私はパフェにしようかな。授業頑張って受けたから、頭がすごく糖分を欲してる」
そう話すのは、恵美ちゃん。どちらかというと、フライドポテトのイメージで、そっち系を選んでいる来未ちゃんが甘い系が好きなものだと思っていた。
「私は逆にしょっぱいものが欲しいな」
来未ちゃんはそう、お腹を鳴らしてファミレスまでの道をたまにスキップを混ぜながら歩いた。
「ゆきは?何食べたい?」
沙耶香が振り向いて、私に話を振った。
「私も甘い系かな。チーズケーキが食べたくて」
「え、いいね。私もハンバーグと他にチーズケーキ食べようかな」
お腹をさすりながら、沙耶香ちゃんは空腹を誤魔化そうとしているけど、逆効果で、ぐーっとお腹の虫が泣いていた。
「花楓は?何食べるの?」
隣を見ると、必死に何かを考える花楓がそこにいて、つい肩を叩いた。
「花楓。どうかした?」
「いや、何食べようって思って」
真剣な顔付きで、まさかそんなことを言うと思わなかったから、つい吹き出して笑ってしまった。
「そんなに真剣に考えなくても」
「そうなんだけどさ。すごくお腹すいちゃって」
そう話す花楓に、少しだけ前を歩く沙耶香ちゃんがくるりと振り向いて、「わかる。今ならなんでも食べられるよね」と沙耶香ちゃんも真剣な顔で頷いていた。
「沙耶香、花楓!ゆきー!」
先に横断歩道を渡った恵美ちゃんと来未ちゃんが、道路の向こう側で手を振っている。
「遅いよー!」
わちゃわちゃ帰るこの時間は初めてで、つい話に集中しすぎて歩くのが遅くなってしまう。大人数で帰ることがこんなにも楽しいことだなんて思ってもみなかったし、まさか仲良くすることもないこの三人と絡んで、仲良くなって、連絡先を交換して、初めてちゃんと話したその日にファミレスに行くことになるなんて、なんだか私じゃないみたいだ。
「ごめんごめん。おまたせ」
青信号に変わった横断歩道を渡り、先に行っていた二人と合流する。
「ほら、早く行くよ」
「そうだよ。パフェが私のことを待ってるんだから」
真剣な顔でそんなことを言うから、つい笑ってしまった。なんだか可愛いと思ってしまった。
なんでも食べたがる沙耶香ちゃん。
甘い系が好きな恵美ちゃん。
しょっぱいものが食べたい来未ちゃん。
本気で何を食べようか悩む花楓。
真ん中のふたりは早く食べたすぎて早歩きになってしまうほどだ。しっかり食べる人が可愛いって思うのは、こういうキラキラした可愛さがあるからだろう。
カランカラン、と扉を開けると来店を知らせる音が鳴る。
「いらっしゃいませー」
店員さんが私たちの傍に来て、「何名様ですか?」と人数の確認をする。
席に案内されるとき、低くてキレイに響く呼び出し音が聞こえて、なんだかファミレスに来たなと耳で感じた。
「お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください」
セルフサービスのお水の案内もされたけど、私たちはメニューに釘付けだった。
「それで、何にする?」
こちら側に座る私と花楓で一冊、向かい側に座る沙耶香ちゃんと恵美ちゃんと来未ちゃんで一冊。
真剣にメニューを見て、私はぶれることなくベイクドチーズケーキにした。
花楓は、まだ悩んでいる様子で、デザートのページを見て小さく唸っている声も聞こえてきた。
「決めた。ごめん、おまたせ」
花楓がそう顔を上げて、ベルを鳴らす。
各々が決めたものを、各々の口から注文していく中で、来未ちゃんの注文内容のらフライドポテトとミートソーススパゲッティというのを聞いて、一瞬耳を疑ったけど、そのあとの沙耶香ちゃんが注文した、和風おろしハンバーグと小ライス、ベイクドチーズケーキというこちらもガッツリな感じをみて、個性を感じた。恵美ちゃんはいちごのパフェを一つ頼んでいて、花楓はプリンアラモードを注文していた。
「みんな、あれだけでいいの?」
「二人とも結構ガッツリだね」
店員さんが去ったあと、私と沙耶香ちゃんは同時に抑えきれない驚きを口にした。
「だって頑張ったし、今日はゆきと友達になったパーティも兼ねてるからね」
得意げに笑って、お水を取りに立った。みんながみんな、食事をとることばかりでドリンクバーの注文をし忘れていたから、みんなで水の入ったグラスで乾杯した。
「それで、冬休みどこ行く?」
机に両肘をついて、顎預ける来未ちゃんは、そう、首を傾けている。
「うーん……。クリスマスだし、クリスマスマーケットとかいいんじゃないかな?」
頭の中にふと思い浮かんだそれを、多分もっとはしゃげるような楽しいところがいいのかなと思いつつ、提案してみる。
ドキドキする。幸輝とかとはわけが違うから。
「いいね!すごく楽しそうじゃん!」
沙耶香ちゃんが、それだ、と言わんばかりに私を指さした。
「うん。ゆき、ナイス!」
まるでバスケの試合でシュートを決めたみたいなハイタッチをして、クリスマスマーケットをそれぞれ調べていると、デザートから順番に、食べ物が運ばれてきた。
みんな口を揃えて、「おぉー」と手を叩き、ファミレスのご飯にもかかわらず写真に収め、思い出として記録した。
「ポテト、みんなで食べよう」
まんなかに設置されたポテトをみんなでつまみながら、クリスマスマーケットに行く予定を立てた。
みんなが口を揃えて、クリスマスマーケットに行くのならイブか当日がいいと口にした。
「みんなクリスマスは、彼氏と過ごさなくていいの?」
ふと気になって、つい聞いてしまった。でも、クリスマスは恋人とすごすイメージが強いから、やっぱり気になってしまう。
「私たち彼氏いないから。花楓もいないし、確かゆきもいなかったよね」
「みんなフリーだから、そこら辺は気にしなくていいよ」
そう、笑っていた。誰も出会いが欲しいとか、クリスマスまでに彼氏作るんだとか、そういうことを言わないなんて、驚いた。
なんだか親近感というか、恋人作りの価値観が広めなんだなと思うとほっとする。
今どきの高校生は、彼氏が欲しいという気持ちを持つ人が多いから、きっと恋バナも弾んで、クリスマスという一大イベントに向けて準備をするものだと思っていた。
「世の中恋愛だけが全てじゃないからさ。友達と過ごすのも立派な楽しいクリスマスだよ」
そう、ハンバーグを口にする沙耶香ちゃんは、にこりと微笑んだ。
「そうだよね。ごめん、みんながみんな、そういうものだって決めつけてた」
「いいのいいの。それに、そう思われてもおかしくないような、恋バナに花を咲かせようとしていたのも事実だし」
来未ちゃんは、そう言って笑った。
「楽しもうよ。私たち五人で行ったら、誰よりも楽しめるよ。きっと、最高のクリスマスになる」
「たしかに。そうだね。私もう、みんなのこと大好きだから。誰よりも楽しくて幸せなクリスマスになること間違いなしだよ」
私が嬉しくなってそう言うと、みんなが私の方を見て、口々に「私も一緒で、もうゆきのこと大好きだからね」と笑っていた。
本当にあたたかくて、この四人とならずっと一緒にいてもいいって思えるほどになっていた。
自分の心の変わり方が簡単すぎるとは思うけど、それほど単純にそう思える関係も十分大切にしたい関係に値すると思うし、それが一番大事な気持ちのような気もした。
もう私たちはきっと、何があっても大丈夫だ。
そう、食事をしてクリスマスの計画を立てながら、結構本気でそう思った。