次の日、いよいよ本社ビル【Orangeタワー】の建設に着手する。基本は城壁と同じで土魔法で柱と壁を生やしていき、そこに適宜床を張って、穴を開けて、窓やパイプや通路を作っていくというものだった。

「さーて、Orangeタワーはこちらに建てますよ!」

 タケルは見晴らしの良い丘陵の建設予定地に立ち、両手を掲げた。

「おぉ、良いですねぇ!」

 ゴーレムに真っさらに整地してもらった予定地が、クレアには夢の詰まった魔法の土地に見えた。

 すでにゴーレムが白い石のプレートを敷き始めている。それは一枚が畳サイズの大きなもので。厚みも城壁の時より何倍も厚かった。

 その百キロは超える重量級のプレートを、ゴーレムは設計図通りに丁寧に一枚ずつ綺麗に並べていく。それはやがて長さ百五十メートルのラインとなり、それが七メートルおきに十本描かれたアートを大地に描いた。

「縞模様……、ですか?」

 柱を作るのだと思っていたクレアは壁が並ぶだけの設計に首を捻る。

「まぁ確かにこのままだと倒れちゃうかもだから……」

 そう言うと、タケルは長細いプレートで縞模様の間を何箇所か繋いでいった。

「さぁて、どうなるかなぁ?」

 タケルはニヤッと笑うと青いウィンドウを開き、一気に全てのプレートに魔法陣を浮かび上がらせた。その鮮やかな黄色の輝きは眩しいまでに辺りを光で包んでいく――――。

 うわぁ!

 思わず顔を覆うクレア。

 ゴゴゴゴゴ!

 城壁の時とは比較にならないすさまじい轟音と地鳴り。分厚い壁の群れが一気に大空目がけ()り上がっていく。

「行っけー!」

 タケルはこぶしを突き上げ、叫んだ。

 まるで地震のように下腹部に響く地鳴りの中、クレアは手を組み、薄目を開けて心配そうにどんどん高く(そび)えていく光の壁の群れを見守った。

 壁は五十メートルを超え、百メートルを超え、太陽を覆い隠しながら百五十メートルくらいまで育つとその成長を止め、光を失い、純白の素地をあらわにする。先端はまるでナイフで斜めに切られたように北側が尖った形に綺麗に揃えられていた。

 青空に向かって屹立(きつりつ)する純白の壁の群れ。それはこの世界では見たことのない斬新なアートそのものだった。

「うわぁ……」

 クレアは言葉にならない声を漏らし、ただその美しい純白のアートに魅了された。

「よし! やった! いいぞぉ!!」

 模型の段階からこだわり抜いたデザインが、実際に現実のものとなってそびえ立っている。タケルは本社ビルを目の当たりにし、何度もガッツポーズを繰り返した。

 ここまでできるなら土魔法は今後、いろいろな応用が可能だろう。タケルの頭の中には兵舎や倉庫の構想が早くもどんどんと湧きだしてくる。

「ここが私たちの新しい拠点になるのね……。素敵ねぇ……」

 クレアは恍惚として、その美しい青い瞳に純白のタワーを映した。

「これはまだ半分だよ、この白い壁の間には青いガラスが入るんだよ。それはアバロンさんに発注するからお願いね」

「青い……ガラス?」

「そう、白と青の縞模様になるのさ。いいだろ?」

 タケルはドヤ顔でクレアを見る。何しろこのデザインに落ち着くまでにどれだけの構想が没になったか知れないのだ。

「うーん、いいかも! 素敵だわ……」

 クレアはタケルのその並々ならぬ執念に脱帽し、温かい笑顔でその情熱を賞賛した。

 Orangeの象徴ともいうべきビルの成功は、まさに人類の希望そのものであり、二人をこれから始まる快進撃の期待感で包み込んだ。


       ◇


 久しぶりに領館に戻ったタケルは、真っ青になった長官に緊急の報告を受けた。

「伯爵殿、大変です! 魔王軍が奇妙な建物を建てているんです。もうここも終わりかも知れません!!」

「え? 奇妙なって?」

「見たこともない白い縞々模様のすごく高い塔がいつの間にか建ってるんです! きっと奴らは何か恐ろしいことを企てているに違いありません!」

 タケルは思わず吹き出してしまう。

「はっはっは。僕、基地作るって言ってたよね?」

「き、基地は聞いておりますが……」

「その塔はうちの基地だよ」

 は……?

 長官は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。

「あの塔は僕が建てたから安心していいよ」

「伯爵が……建てられた……?」

「あそこから魔王軍を打ち滅ぼして行くんだよ」

「う、打ち滅ぼすって……ほ、本気でございますか?」

「あそこには数万人が住むから街も潤うよ」

「す、数万人!? この街の人口は二千人ですよ?」

「良かったじゃない、(にぎ)やかになって」

 タケルは長官の肩をポンポンと叩いて笑ったが、長官はぽかんと口を開けて固まってしまう。

「ほら、もっと、気楽にしてて大丈夫だって! 次の人類の時代はここダスクブリンクから始まるのさ」

「ここ……から?」

「そう、ここは大陸最大の都市になるのさ」

 タケルは両手を大きく広げ、希望に満ち溢れた笑顔で長官を見た。

「大陸……最大……」

「そう、これから忙しくなるぞ!」

 タケルはグッとサムアップして見せたが、長官は不安そうに眉をひそめ、首を傾げた。