しばらくすると美月から【今ついたよ】というメッセージが送られてきた。それと同時に家のインターホンの鳴る音が聞こえる。それから少しの時間をおいてドアを数回ノックした後、お母さんと一緒に美月が私の部屋に入ってくる。
私の様子を確認すると気を遣ってかすぐに部屋を出て行くお母さんにしっかりと会釈をする美月はいつも以上にしっかり者に見えて、やっぱり将来はうちの家族になるべきだと思う。
そのためには私がしっかりしなくてはならないのだけれど、今は心も体もそんな元気がない。
「詩織、具合はどう? 熱はある?」
「うん、少しだけ。でも朝に比べたらだいぶ下がったよ」
「喉とか痛くない? 何か食べられそう?」
「ちょっと痛いけど大丈夫」
「じゃあこれ一緒に食べよ」
そう言って美月は手に持っていたビニール袋から何かを取り出し、使い捨てのスプーンと一緒に私に差し出した。美月自身も同じものを持っている。
甘くてトロトロで喉が痛くてもするっと食べられるから負担にならなそうな黄色い半固形の美味しいスイーツは私の好物だった。
「プリン……ありがとう。それにこれコンビニ限定の私が一番好きなやつだ」
「やっぱり。それ選んだの伊織君だよ。放課後すぐに皆で学校の近くのコンビニに行って皆一つずつ買ったんだよ。伊織君も同じのを買ったし、他の皆もプリンとかゼリーとか食べやすいやつ買ったから楽しみにしててね。冷蔵庫に入れさせてもらったから」
「ほんとに? ありがとう。えっと、あと五個もあるってことだよね? 具合悪いのにワクワクしちゃう」
「六個だよ。桜君も一緒にコンビニに行ったの。桜君も伊織君もものすごく心配してた」
プリンを食べながらあくまでも和やかな雰囲気のまま美月は言った。
「最近、全然話できてないって桜君言ってたよ。避けられてる感じがするって。まあ桜君もどう声をかけたらいいか分からないって言ってたけど」
私と桜君の関係に触れるのは美月だけだ。どうにかしなくちゃと思いつつも考えるのを先送りにしてしまっている私を問題から目を背けないようにしてくれている。それが美月の優しさだ。
「美月は伊織といつも通りだよね。放課後伊織が部活に行く前とかよく話してるし、休み時間もたまに保健室に顔を出してるんでしょ?」
「うん。だって私は伊織君のこと嫌いになってないし、伊織君から嫌われてもないし。それは詩織も同じでしょ?」
「そうだけど……なんかうまくいかなくて。ちゃんと話せる自信がなくてつい避けちゃうんだよね」
「そっか。じゃあ今度はどうやったら自信がつくか考えようね」
美月はそれ以上聞かない。毎日こうやって少しずつ私に考える機会をくれて、ほんの少しずつ気持ちの整理をさせてくれる。
空になったプリンの容器とスプーンを持っていたビニール袋に入れると美月は私の部屋を見回し始めた。
「初めて来たけど、詩織らしい部屋だよね」
私の部屋は美月の部屋のように色合い豊かではないし、一見すると女子高生の部屋だとは思えないくらいにシンプルで地味だ。でも美月の言う通りそういう方が私らしい。
「詩織ってなんて言うか、飾り気がない方が好きだよね」
「うん。あんまりごてごてした色とか派手な飾りとかは好きじゃない」
昔からそういう嗜好だった。無頓着とも言えるけれど。
「伊織君もそうなのかな」
「どうだろう。確かにあんまり派手な色の物とか持ってる印象はないし、部屋も私とあんまり変わらずシンプルだし……あ、伊織の部屋入ってみる? 隣だし、鍵ないし」
「え……いや、無理無理。まだそんな関係じゃないし。でも、いつかは……ふふ」
無理と言いながらも美月は私の部屋の壁を見つめている。壁の向こうにある伊織の部屋でのお部屋デートの光景を想像してほくそ笑む姿を見ると、本当に美月はいつも通りなのだと実感させられる。
「私、元通りになれるように頑張るからね」
「うん。ゆっくり休んで元気になってね。私はいつも詩織の味方だから」
ゆっくりで良い。美月の思いが心に染みわたる。答えのない問いの答えを探すための勇気をくれる。
「そろそろ帰るね。お大事に」
「うん、来てくれてありがとう。下、私も一緒に降りる」
「あーいいよ見送りなんて。病人なんだから安静にしてて」
「……うん。そうだね。明日は学校行けるようにおとなしくしてるね」
隙がないくらいに優しい美月のことを部屋から見送り、私と美月、蘭々と心愛と大石さんと小畑さんで作ったメッセージアプリのグループにプリンなどをくれたことや心配してくれたことへのお礼のメッセージを送った。
今うちを出たばかりの美月も含めて蘭々以外からはすぐに励ましのメッセージが届く。
別に私は既読をつけたらすぐに返信してくれないと怒るようなタイプではないが、私のメッセージにはいつも爆速で返信をくれていた蘭々が遅いのには違和感を覚えた。
既読は全員分ついているから気づいていないわけではないし何かあったのだろうかと心配になっていると小畑さんから追加でメッセージが送られてきた。
【蘭々は特別感あるメッセージを送ろうと今必死で文章考えてるから待ってあげて】
同時にスマホとにらめっこしている蘭々の写真も送られてくる。心愛と大石さんは電車通学なので今は一緒にいないようだ。
【余計なこと言わないで せっかくまとまりかけてたのに忘れちゃったじゃん】
【思ってることをそのまま書けば良いんだよ】
【それだと変態っぽくなっちゃうからだめだよ】
心愛と大石さんも続く。心愛は文章だといつものほんわかした感じはない。
蘭々は四人の中で一番リーダーっぽいのにいつもいじられ役だ。見た目は飾り気のない完璧な清楚美人なのに中身は結構隙があって親しみやすい。自分の気持ちに素直で積極性や行動力があって、私にないものをたくさん持っている。
私に対して変態っぽいことを思っているのは置いておくとして、蘭々が私の立場だったらこんな風にはならなかったのだろうなとは思う。きっとうまく自分の気持ちを伝えて、気まずくなったりせずに済むだろう。
蘭々からのメッセージはグループではなく私にだけ届いた。グループの方にはご丁寧にその旨を送っている。
【私は詩織のいっぱい考えてるところが好き 私は直感で動いてばっかりだから冷静な詩織をいつもすごいなって思ってる 私にできることはなんでも手伝うからがんばろう!】
蘭々にもう一度お礼のメッセージを送り、そのままの流れで真人君とのトーク画面を開いた。
蘭々の応援を受け、あの日以来初めてこの画面を開くことができたが、過去のメッセージ履歴を懐かしむだけで何もせずに画面を閉じてしまった。
私は会話や行動の前に考えることが多いが今もなお真人君のことになると色々な感情が渦巻いて考えがまとまらなくなる。
こんな情けない自分から逃げるように再びベッドに横になり、布団をかぶって寝てしまうことにした。
夕食前に目が覚めた頃にはすっかり熱も下がり体の具合も良くなっていたが念のため夕食は自分の部屋で食べることにした。伊織にうつしたら悪いしまだ顔を合わせづらい。
私が夕食を食べ終わるとお母さんは食器を取りに来ると同時にプリンを持ってきてくれた。伊織が買って美月が持ってきてくれた私が一番好きなやつだ。
一日に二個も食べられるなんてプリンの味を知ってから初めてのことで、いくら話しづらいと言っても伊織に感謝しないわけにはいかない。
【プリンありがとう 真人君にもお礼を言っておいて】
伊織が自分の部屋に入る足音を確認してからこんなメッセージを送った。礼くらい自分で言え、と返されると思ったけれど伊織からの返信は「分かった」という一言だけだった。
その返信を見てから後悔した。伊織は私に罪悪感を持っているからこんなお願いも聞いてしまうのだと。今まで黙っていたことはもちろん伊織や真人君が悪い。
でもこんなに長引かせているのは、自分の気持ちをはっきりさせることができずにうだうだと悩み続けている私のせいでもある。責任を全て伊織に押し付けているようで心苦しい。
そうと分かっていながら何も行動に移せない自分が情けない。
私の様子を確認すると気を遣ってかすぐに部屋を出て行くお母さんにしっかりと会釈をする美月はいつも以上にしっかり者に見えて、やっぱり将来はうちの家族になるべきだと思う。
そのためには私がしっかりしなくてはならないのだけれど、今は心も体もそんな元気がない。
「詩織、具合はどう? 熱はある?」
「うん、少しだけ。でも朝に比べたらだいぶ下がったよ」
「喉とか痛くない? 何か食べられそう?」
「ちょっと痛いけど大丈夫」
「じゃあこれ一緒に食べよ」
そう言って美月は手に持っていたビニール袋から何かを取り出し、使い捨てのスプーンと一緒に私に差し出した。美月自身も同じものを持っている。
甘くてトロトロで喉が痛くてもするっと食べられるから負担にならなそうな黄色い半固形の美味しいスイーツは私の好物だった。
「プリン……ありがとう。それにこれコンビニ限定の私が一番好きなやつだ」
「やっぱり。それ選んだの伊織君だよ。放課後すぐに皆で学校の近くのコンビニに行って皆一つずつ買ったんだよ。伊織君も同じのを買ったし、他の皆もプリンとかゼリーとか食べやすいやつ買ったから楽しみにしててね。冷蔵庫に入れさせてもらったから」
「ほんとに? ありがとう。えっと、あと五個もあるってことだよね? 具合悪いのにワクワクしちゃう」
「六個だよ。桜君も一緒にコンビニに行ったの。桜君も伊織君もものすごく心配してた」
プリンを食べながらあくまでも和やかな雰囲気のまま美月は言った。
「最近、全然話できてないって桜君言ってたよ。避けられてる感じがするって。まあ桜君もどう声をかけたらいいか分からないって言ってたけど」
私と桜君の関係に触れるのは美月だけだ。どうにかしなくちゃと思いつつも考えるのを先送りにしてしまっている私を問題から目を背けないようにしてくれている。それが美月の優しさだ。
「美月は伊織といつも通りだよね。放課後伊織が部活に行く前とかよく話してるし、休み時間もたまに保健室に顔を出してるんでしょ?」
「うん。だって私は伊織君のこと嫌いになってないし、伊織君から嫌われてもないし。それは詩織も同じでしょ?」
「そうだけど……なんかうまくいかなくて。ちゃんと話せる自信がなくてつい避けちゃうんだよね」
「そっか。じゃあ今度はどうやったら自信がつくか考えようね」
美月はそれ以上聞かない。毎日こうやって少しずつ私に考える機会をくれて、ほんの少しずつ気持ちの整理をさせてくれる。
空になったプリンの容器とスプーンを持っていたビニール袋に入れると美月は私の部屋を見回し始めた。
「初めて来たけど、詩織らしい部屋だよね」
私の部屋は美月の部屋のように色合い豊かではないし、一見すると女子高生の部屋だとは思えないくらいにシンプルで地味だ。でも美月の言う通りそういう方が私らしい。
「詩織ってなんて言うか、飾り気がない方が好きだよね」
「うん。あんまりごてごてした色とか派手な飾りとかは好きじゃない」
昔からそういう嗜好だった。無頓着とも言えるけれど。
「伊織君もそうなのかな」
「どうだろう。確かにあんまり派手な色の物とか持ってる印象はないし、部屋も私とあんまり変わらずシンプルだし……あ、伊織の部屋入ってみる? 隣だし、鍵ないし」
「え……いや、無理無理。まだそんな関係じゃないし。でも、いつかは……ふふ」
無理と言いながらも美月は私の部屋の壁を見つめている。壁の向こうにある伊織の部屋でのお部屋デートの光景を想像してほくそ笑む姿を見ると、本当に美月はいつも通りなのだと実感させられる。
「私、元通りになれるように頑張るからね」
「うん。ゆっくり休んで元気になってね。私はいつも詩織の味方だから」
ゆっくりで良い。美月の思いが心に染みわたる。答えのない問いの答えを探すための勇気をくれる。
「そろそろ帰るね。お大事に」
「うん、来てくれてありがとう。下、私も一緒に降りる」
「あーいいよ見送りなんて。病人なんだから安静にしてて」
「……うん。そうだね。明日は学校行けるようにおとなしくしてるね」
隙がないくらいに優しい美月のことを部屋から見送り、私と美月、蘭々と心愛と大石さんと小畑さんで作ったメッセージアプリのグループにプリンなどをくれたことや心配してくれたことへのお礼のメッセージを送った。
今うちを出たばかりの美月も含めて蘭々以外からはすぐに励ましのメッセージが届く。
別に私は既読をつけたらすぐに返信してくれないと怒るようなタイプではないが、私のメッセージにはいつも爆速で返信をくれていた蘭々が遅いのには違和感を覚えた。
既読は全員分ついているから気づいていないわけではないし何かあったのだろうかと心配になっていると小畑さんから追加でメッセージが送られてきた。
【蘭々は特別感あるメッセージを送ろうと今必死で文章考えてるから待ってあげて】
同時にスマホとにらめっこしている蘭々の写真も送られてくる。心愛と大石さんは電車通学なので今は一緒にいないようだ。
【余計なこと言わないで せっかくまとまりかけてたのに忘れちゃったじゃん】
【思ってることをそのまま書けば良いんだよ】
【それだと変態っぽくなっちゃうからだめだよ】
心愛と大石さんも続く。心愛は文章だといつものほんわかした感じはない。
蘭々は四人の中で一番リーダーっぽいのにいつもいじられ役だ。見た目は飾り気のない完璧な清楚美人なのに中身は結構隙があって親しみやすい。自分の気持ちに素直で積極性や行動力があって、私にないものをたくさん持っている。
私に対して変態っぽいことを思っているのは置いておくとして、蘭々が私の立場だったらこんな風にはならなかったのだろうなとは思う。きっとうまく自分の気持ちを伝えて、気まずくなったりせずに済むだろう。
蘭々からのメッセージはグループではなく私にだけ届いた。グループの方にはご丁寧にその旨を送っている。
【私は詩織のいっぱい考えてるところが好き 私は直感で動いてばっかりだから冷静な詩織をいつもすごいなって思ってる 私にできることはなんでも手伝うからがんばろう!】
蘭々にもう一度お礼のメッセージを送り、そのままの流れで真人君とのトーク画面を開いた。
蘭々の応援を受け、あの日以来初めてこの画面を開くことができたが、過去のメッセージ履歴を懐かしむだけで何もせずに画面を閉じてしまった。
私は会話や行動の前に考えることが多いが今もなお真人君のことになると色々な感情が渦巻いて考えがまとまらなくなる。
こんな情けない自分から逃げるように再びベッドに横になり、布団をかぶって寝てしまうことにした。
夕食前に目が覚めた頃にはすっかり熱も下がり体の具合も良くなっていたが念のため夕食は自分の部屋で食べることにした。伊織にうつしたら悪いしまだ顔を合わせづらい。
私が夕食を食べ終わるとお母さんは食器を取りに来ると同時にプリンを持ってきてくれた。伊織が買って美月が持ってきてくれた私が一番好きなやつだ。
一日に二個も食べられるなんてプリンの味を知ってから初めてのことで、いくら話しづらいと言っても伊織に感謝しないわけにはいかない。
【プリンありがとう 真人君にもお礼を言っておいて】
伊織が自分の部屋に入る足音を確認してからこんなメッセージを送った。礼くらい自分で言え、と返されると思ったけれど伊織からの返信は「分かった」という一言だけだった。
その返信を見てから後悔した。伊織は私に罪悪感を持っているからこんなお願いも聞いてしまうのだと。今まで黙っていたことはもちろん伊織や真人君が悪い。
でもこんなに長引かせているのは、自分の気持ちをはっきりさせることができずにうだうだと悩み続けている私のせいでもある。責任を全て伊織に押し付けているようで心苦しい。
そうと分かっていながら何も行動に移せない自分が情けない。