日夏さんに声をかけ、昇降口に向かう前に調理室に寄って美月と合流した。その手の中には蝶々結びのパステルイエローのリボンで可愛くラッピングされた透明な袋に入ったクッキーがある。
それを私に見られて照れ臭そうに微笑む美月はとても可愛くて、心底伊織が羨ましい。
美月と日夏さんは初対面のため、美月の人見知りが発動しかけていたが日夏さんの持ち前の話しやすさや日夏さんが伊織から美月のことも多少は聞いていたこともあって、二人は昇降口を出るまでにすっかり打ち解けていた。伊織のことでずいぶんと話が盛り上がったようだ。
私たちは日夏さんの指示で昇降口と校門の間の中途半端な位置で待つこととなった。私たちが配置につくとすぐに大型のバスが校門から学校の敷地内に入ってくる。
前の方の席に座って窓からこちらに手を振っている女子は一学年二人までという女子マネージャーだろう。同時に後ろの席の男子たちがこちらに気づいて慌ただしく動き出したのが見えた。
「あいつら、アタシがいないからって油断してたなー」
そう呟く日夏さんはやはり楽しそうだ。
バスは私たちの目の前に横付けされた。冷静に周りを見てみるとこの場所はバスケ部の体育館まで一直線で最短の位置。日夏さんはバスで帰ってくる経験を何度もしているからここにバスが停まることを知っていたのだ。些細なことではあるけれど日夏さんへの憧れは強くなる。
バスの扉が開き、お揃いのジャージを着た四十人弱のバスケ部員が降りてくる。荷物を運び出し、バスの運転手さんへお礼の挨拶をして、バスが学校を出て行くと監督を取り囲みミーティングが始まった。
男子バスケ部の監督は学校の教員ではないため話をしたことはない。身長は伊織と同じくらいだが強面で体格もがっちりしているため迫力があって、年齢は五十代とのことだが実際に自分がプレーをして技術や戦術の指導をすることもあるらしい。
一見怖そうに見えるが部員の恋愛に寛容どころか推奨したり、伊織や真人君が大会に遅れて合流することを許したりと、非常に失礼ながら見かけによらない人だという印象を持っている。
そう思う理由はそれだけではなくて、監督は動画配信サイトでもうすぐ登録者十万人に迫っているチャンネルを抱える動画投稿者という顔も持っているからだ。動画の内容はやはりバスケのことで、初心者向けにルールなどの解説をする動画や中高生向けに練習法やテクニックの紹介をしている。
桜高校の卒業生という若くてカッコいい大学生くらいの人たちが代わり替わり動画に出演して実演しているため、バスケに興味がある人だけでなく女性ファンも多いらしい。
また、桜高校のバスケ部専用の体育館内にある監督室で撮影をした際に、壁際の棚に大量のファンシーなぬいぐるみが並べてあることが判明し、ギャップ萌えで人気が上昇した。
かくいう私もしっかりチャンネル登録をして動画を楽しみにしていたりする。バスケのことを知れば知るほど試合の見方が変わって真人君がどれだけすごいことをしているのか分かるようになる。
それに卒業生が動画に出るということはいつか真人君や伊織も出るかもしれないと思うとさらに楽しみで仕方がない。
そんな監督の話が終わると監督は体育館の方へ歩き出し、部員たちはいつの間にか私たちのそばから離れていた日夏さんの周りに集まった。
バスの運転手さんへの挨拶をするときよりも、監督の話を聞いているときよりも背筋がピンと伸びて綺麗な姿勢に見えるのは気のせいだろう。
背の高いバスケ部員に囲まれているので日夏さんの姿は見えづらくなってしまったけれど、バスケ部員は皆笑顔で笑い声も聞こえる。一際背の高い真人君と女子マネージャーを除くと最も背の低い伊織はすぐに見つけることができて、二人とも他の人と違わず笑顔だ。
バスケ部員たちの隙間から日夏さんを見ていると、日夏さんは真人君のそばに近寄り、真人君をしゃがませると持っていた鞄からスプレーのようなものを取り出して真人君の髪の毛に吹きかけた。それと同時にバスケ部員から再び大きな笑い声が上がる。真人君は恥ずかしそうにスプレーをかけられた部分の髪を手で整えている。
「……寝癖直しかな?」
「伊織から連絡来たとき真人君が寝てる写真が送られてきたからそうだと思う」
その後も日夏さんは、落ちかけているズボンを直させたり、半開きになっているジャージのファスナーを上げさせたり、ほどけたシューズの紐を結ばせたり、一人ずつバスケ部員の身だしなみを整えて回っていた。
「すごいね、注意されてる人もなんだか嬉しそう。あ、伊織君は……何も注意されずにスルーされた。さすが……」
日夏さんは一、二年生の部員のことを弟みたいなものだと言っていた。ということは自分は姉のつもりなのだろうけれど、たくさんの部員に厳しくも優しく世話を焼く姿を見ているとそれよりももっと似合う肩書きがあると思った。
「……お母さんみたい」
「……確かに」
私が呟いて、美月が同調したときだった。
「おいおいおい、それは光には絶対言うなよ。しばかれるぞ」
私たちの真後ろから焦ったような、怯えたような声が聞こえた。
驚いて振り返るとそこにはバスケ部のお揃いのジャージを着た真人君に匹敵するくらい背が高くて、人目を引くような顔の男子生徒が立っていた。いや、顔は真人君の方が数段カッコいい。
私はこの人を知っている。冬休みにバスケ部の試合をネットで観戦していたときに真人君と並んで活躍していた人で、試合に敗れたときにチームで一番大泣きしていた人だったから強く印象に残っている。
男子バスケ部の前キャプテンで日夏さんの彼氏の天海さんだ。
私は知っているけれど美月は知らないはずだし、万が一人違いだった場合困るので「天海さんですよね? 三年生の」と確認すると天海さんは「え? ああ、そうだけど」と答えながら私の顔をまじまじと見つめた。
「君は確か、伊織の妹の……」
「詩織です」
「ああ、そうそう詩織ね。そうか、それなら俺のこと知っていてもおかしくないか。それにしても……」
天海さんはさらにじっと私を見つめる。色々な角度から私を見つめてそれはもう凝視としか言いようがない。
「あの、何か私についてたりしますか?」
「うーん。いや、なんか前に見たときと印象が違うような気がしてな。二学期のいつだったかに廊下で伊織と話をしているところを見たことがあるんだけど、あのときはもっとこう……失礼な言い方だけど暗い印象だったからさ。こんなに明るい感じだったっけ?」
「前髪分けて目を出してるからだと思います……」
「いや、それもあるけどそれだけじゃない。全体的な雰囲気が変わった感じがする。うん、絶対にそうだ」
「雰囲気……美月、私なんか変わったかな?」
「えっと……言われてみれば確かに明るくなった気はする、かな。でも、うーん、はっきりとこう変わったってはなかなか分かんない」
天海さんの方に視線を戻すと、天海さんは口を半開きにして失礼ながら間抜けそうな顔をしていた。
「まあ、俺もなんとなくそう思っただけだし。でも、明るい方が真人も嬉しいと思うぞ」
適当なことを言っている気がするけれど、あの日夏さんが好きになった人で日夏さんのことを自力で救った人だ。きっと何か真意があるに違いない。
でもそれを聞く前に日夏さんの元に集まっていたバスケ部員の輪が解散して皆体育館の方に移動を始めてしまったため、何も聞くことができなかった。
「ちょっと大悟、アタシの可愛い後輩ちゃんたちにちょっかいかけてないでしょうね。大丈夫? 詩織ちゃん、美月ちゃん。怖いお兄さんに変な事されてない?」
私たちのもとに戻ってきた日夏さんが私と美月を抱き寄せて天海さんから引き離し、心配そうに声をかけてくれた。
「な、何もしてねーよ。ちょっと明るくなったなって言っただけで、真人のこともあるから俺なりに考えてだな……」
「大悟」
その一声で天海さんは口をつぐんだ。日夏さんは右の人差し指を立てて自分の唇に当て、天海さんに話をしないように指示をしているようだ。
「あの、真人君のことって……」
「うん? 真人が詩織ちゃんこと好きすぎてやばいよねって話。バスケ部一同、詩織ちゃんのこと応援してるからね」
日夏さんは私をもう一度私を抱き寄せて頭を優しく撫でる。
天海さんも真面目な表情に戻る。
「俺って結構バスケ上手くて色んな大学から誘われて選び放題だったんだけど、そんな俺から見ても真人はすごい選手なんだ。真人はきっと俺では届かないところまで行ける。ずっと真人のこと応援してやってくれよ」
「も、もちろんそのつもりです」
「それじゃ、アタシたちは帰るね。真人と伊織も荷物片づけたらすぐに来るからちょっとだけ待ってあげて」
日夏さんは私と美月に軽く手を振って天海さんと一緒に校門に向かって歩き出した。
歩きながら二人は手を繋ぐ。アイコンタクトもなしに、照れる様子もなしに、まるで当たり前のこと、帰るときのルーティーンであるかのように自然と手を重ねて歩いている。その姿は私と美月には衝撃的なもので、二人の関係に憧れてしまう。
「いいなぁ、ああいうの」
「うん、すごい自然な感じ」
「詩織は桜君と手、繋いだことあるんだよね?」
「う、うん、まあ。でも手袋してたしすごく緊張した。あんなに自然になんて絶対無理」
「私も、やばい。手を繋ぐ想像しただけで恥ずかしくてどうにかなりそう」
「美月はまずそのクッキー渡さないと。手を握るよりは簡単でしょ?」
「そ、そうだね。まずは一歩ずつ、だね」
日夏さんと天海さんの会話を聞いたのはほんの一瞬だ。でもその一瞬と先ほどの自然に手を繋いだ光景を見ただけで二人がどれほど仲睦まじい関係なのかが分かってしまい、私も美月もドキドキして熱くなって変なテンションになってしまいそうになる。
「詩織、深呼吸しよう」
「う、うん」
深呼吸をして心を落ち着かせながら私たちも自然と手を繋いだ。
美月と手を繋ぐと落ち着く。きっと美月も同じことを考えているだろう。美月とならすでにこんなに自然に手を繋ぐことができるのに。
いつかは真人君ともこんな風に手を繋げる日がくるのだろうか。そんなことを考えながら真人君と伊織が戻ってくるのを待った。
それを私に見られて照れ臭そうに微笑む美月はとても可愛くて、心底伊織が羨ましい。
美月と日夏さんは初対面のため、美月の人見知りが発動しかけていたが日夏さんの持ち前の話しやすさや日夏さんが伊織から美月のことも多少は聞いていたこともあって、二人は昇降口を出るまでにすっかり打ち解けていた。伊織のことでずいぶんと話が盛り上がったようだ。
私たちは日夏さんの指示で昇降口と校門の間の中途半端な位置で待つこととなった。私たちが配置につくとすぐに大型のバスが校門から学校の敷地内に入ってくる。
前の方の席に座って窓からこちらに手を振っている女子は一学年二人までという女子マネージャーだろう。同時に後ろの席の男子たちがこちらに気づいて慌ただしく動き出したのが見えた。
「あいつら、アタシがいないからって油断してたなー」
そう呟く日夏さんはやはり楽しそうだ。
バスは私たちの目の前に横付けされた。冷静に周りを見てみるとこの場所はバスケ部の体育館まで一直線で最短の位置。日夏さんはバスで帰ってくる経験を何度もしているからここにバスが停まることを知っていたのだ。些細なことではあるけれど日夏さんへの憧れは強くなる。
バスの扉が開き、お揃いのジャージを着た四十人弱のバスケ部員が降りてくる。荷物を運び出し、バスの運転手さんへお礼の挨拶をして、バスが学校を出て行くと監督を取り囲みミーティングが始まった。
男子バスケ部の監督は学校の教員ではないため話をしたことはない。身長は伊織と同じくらいだが強面で体格もがっちりしているため迫力があって、年齢は五十代とのことだが実際に自分がプレーをして技術や戦術の指導をすることもあるらしい。
一見怖そうに見えるが部員の恋愛に寛容どころか推奨したり、伊織や真人君が大会に遅れて合流することを許したりと、非常に失礼ながら見かけによらない人だという印象を持っている。
そう思う理由はそれだけではなくて、監督は動画配信サイトでもうすぐ登録者十万人に迫っているチャンネルを抱える動画投稿者という顔も持っているからだ。動画の内容はやはりバスケのことで、初心者向けにルールなどの解説をする動画や中高生向けに練習法やテクニックの紹介をしている。
桜高校の卒業生という若くてカッコいい大学生くらいの人たちが代わり替わり動画に出演して実演しているため、バスケに興味がある人だけでなく女性ファンも多いらしい。
また、桜高校のバスケ部専用の体育館内にある監督室で撮影をした際に、壁際の棚に大量のファンシーなぬいぐるみが並べてあることが判明し、ギャップ萌えで人気が上昇した。
かくいう私もしっかりチャンネル登録をして動画を楽しみにしていたりする。バスケのことを知れば知るほど試合の見方が変わって真人君がどれだけすごいことをしているのか分かるようになる。
それに卒業生が動画に出るということはいつか真人君や伊織も出るかもしれないと思うとさらに楽しみで仕方がない。
そんな監督の話が終わると監督は体育館の方へ歩き出し、部員たちはいつの間にか私たちのそばから離れていた日夏さんの周りに集まった。
バスの運転手さんへの挨拶をするときよりも、監督の話を聞いているときよりも背筋がピンと伸びて綺麗な姿勢に見えるのは気のせいだろう。
背の高いバスケ部員に囲まれているので日夏さんの姿は見えづらくなってしまったけれど、バスケ部員は皆笑顔で笑い声も聞こえる。一際背の高い真人君と女子マネージャーを除くと最も背の低い伊織はすぐに見つけることができて、二人とも他の人と違わず笑顔だ。
バスケ部員たちの隙間から日夏さんを見ていると、日夏さんは真人君のそばに近寄り、真人君をしゃがませると持っていた鞄からスプレーのようなものを取り出して真人君の髪の毛に吹きかけた。それと同時にバスケ部員から再び大きな笑い声が上がる。真人君は恥ずかしそうにスプレーをかけられた部分の髪を手で整えている。
「……寝癖直しかな?」
「伊織から連絡来たとき真人君が寝てる写真が送られてきたからそうだと思う」
その後も日夏さんは、落ちかけているズボンを直させたり、半開きになっているジャージのファスナーを上げさせたり、ほどけたシューズの紐を結ばせたり、一人ずつバスケ部員の身だしなみを整えて回っていた。
「すごいね、注意されてる人もなんだか嬉しそう。あ、伊織君は……何も注意されずにスルーされた。さすが……」
日夏さんは一、二年生の部員のことを弟みたいなものだと言っていた。ということは自分は姉のつもりなのだろうけれど、たくさんの部員に厳しくも優しく世話を焼く姿を見ているとそれよりももっと似合う肩書きがあると思った。
「……お母さんみたい」
「……確かに」
私が呟いて、美月が同調したときだった。
「おいおいおい、それは光には絶対言うなよ。しばかれるぞ」
私たちの真後ろから焦ったような、怯えたような声が聞こえた。
驚いて振り返るとそこにはバスケ部のお揃いのジャージを着た真人君に匹敵するくらい背が高くて、人目を引くような顔の男子生徒が立っていた。いや、顔は真人君の方が数段カッコいい。
私はこの人を知っている。冬休みにバスケ部の試合をネットで観戦していたときに真人君と並んで活躍していた人で、試合に敗れたときにチームで一番大泣きしていた人だったから強く印象に残っている。
男子バスケ部の前キャプテンで日夏さんの彼氏の天海さんだ。
私は知っているけれど美月は知らないはずだし、万が一人違いだった場合困るので「天海さんですよね? 三年生の」と確認すると天海さんは「え? ああ、そうだけど」と答えながら私の顔をまじまじと見つめた。
「君は確か、伊織の妹の……」
「詩織です」
「ああ、そうそう詩織ね。そうか、それなら俺のこと知っていてもおかしくないか。それにしても……」
天海さんはさらにじっと私を見つめる。色々な角度から私を見つめてそれはもう凝視としか言いようがない。
「あの、何か私についてたりしますか?」
「うーん。いや、なんか前に見たときと印象が違うような気がしてな。二学期のいつだったかに廊下で伊織と話をしているところを見たことがあるんだけど、あのときはもっとこう……失礼な言い方だけど暗い印象だったからさ。こんなに明るい感じだったっけ?」
「前髪分けて目を出してるからだと思います……」
「いや、それもあるけどそれだけじゃない。全体的な雰囲気が変わった感じがする。うん、絶対にそうだ」
「雰囲気……美月、私なんか変わったかな?」
「えっと……言われてみれば確かに明るくなった気はする、かな。でも、うーん、はっきりとこう変わったってはなかなか分かんない」
天海さんの方に視線を戻すと、天海さんは口を半開きにして失礼ながら間抜けそうな顔をしていた。
「まあ、俺もなんとなくそう思っただけだし。でも、明るい方が真人も嬉しいと思うぞ」
適当なことを言っている気がするけれど、あの日夏さんが好きになった人で日夏さんのことを自力で救った人だ。きっと何か真意があるに違いない。
でもそれを聞く前に日夏さんの元に集まっていたバスケ部員の輪が解散して皆体育館の方に移動を始めてしまったため、何も聞くことができなかった。
「ちょっと大悟、アタシの可愛い後輩ちゃんたちにちょっかいかけてないでしょうね。大丈夫? 詩織ちゃん、美月ちゃん。怖いお兄さんに変な事されてない?」
私たちのもとに戻ってきた日夏さんが私と美月を抱き寄せて天海さんから引き離し、心配そうに声をかけてくれた。
「な、何もしてねーよ。ちょっと明るくなったなって言っただけで、真人のこともあるから俺なりに考えてだな……」
「大悟」
その一声で天海さんは口をつぐんだ。日夏さんは右の人差し指を立てて自分の唇に当て、天海さんに話をしないように指示をしているようだ。
「あの、真人君のことって……」
「うん? 真人が詩織ちゃんこと好きすぎてやばいよねって話。バスケ部一同、詩織ちゃんのこと応援してるからね」
日夏さんは私をもう一度私を抱き寄せて頭を優しく撫でる。
天海さんも真面目な表情に戻る。
「俺って結構バスケ上手くて色んな大学から誘われて選び放題だったんだけど、そんな俺から見ても真人はすごい選手なんだ。真人はきっと俺では届かないところまで行ける。ずっと真人のこと応援してやってくれよ」
「も、もちろんそのつもりです」
「それじゃ、アタシたちは帰るね。真人と伊織も荷物片づけたらすぐに来るからちょっとだけ待ってあげて」
日夏さんは私と美月に軽く手を振って天海さんと一緒に校門に向かって歩き出した。
歩きながら二人は手を繋ぐ。アイコンタクトもなしに、照れる様子もなしに、まるで当たり前のこと、帰るときのルーティーンであるかのように自然と手を重ねて歩いている。その姿は私と美月には衝撃的なもので、二人の関係に憧れてしまう。
「いいなぁ、ああいうの」
「うん、すごい自然な感じ」
「詩織は桜君と手、繋いだことあるんだよね?」
「う、うん、まあ。でも手袋してたしすごく緊張した。あんなに自然になんて絶対無理」
「私も、やばい。手を繋ぐ想像しただけで恥ずかしくてどうにかなりそう」
「美月はまずそのクッキー渡さないと。手を握るよりは簡単でしょ?」
「そ、そうだね。まずは一歩ずつ、だね」
日夏さんと天海さんの会話を聞いたのはほんの一瞬だ。でもその一瞬と先ほどの自然に手を繋いだ光景を見ただけで二人がどれほど仲睦まじい関係なのかが分かってしまい、私も美月もドキドキして熱くなって変なテンションになってしまいそうになる。
「詩織、深呼吸しよう」
「う、うん」
深呼吸をして心を落ち着かせながら私たちも自然と手を繋いだ。
美月と手を繋ぐと落ち着く。きっと美月も同じことを考えているだろう。美月とならすでにこんなに自然に手を繋ぐことができるのに。
いつかは真人君ともこんな風に手を繋げる日がくるのだろうか。そんなことを考えながら真人君と伊織が戻ってくるのを待った。