翌日の学校は普段と全く様子が違っていた。三年生が今日から自由登校になるそうだけれど、話題はそれではなくて金曜日の件だ。

皆そわそわしていて、私や美月へ向けたものではないひそひそ話がそこかしこで聞こえる。退学とか取り調べとかそんな単語が飛び交っていた。

 まだエプロンがないのでお母さんのものを借りてきたという美月は登校直後に教室ではなく保健室に向かった。四人の犯行が明らかになって解決に前進したとはいえ美月の傷が癒えたわけではない。

 伊織と買い物に行く約束をして嬉しそうにしていてもそれはそれ、これはこれなのだ。

もっとも美月はしばらくの間は色々と話を聞かれるだろうから教室に行かなくてもあまり関係はない。私も保健室にいようとしたけれど、保健室で美月の話を聞くからと白雪先生に追い出されてしまった。

「詩織は教室に入れる?」

「まあそうですね」

「じゃあ教室に行きなさい。ここは平気な人が居座る場所じゃないから。つらくなったらいつでも来て良いよ」

 そう言われて保健室を出る私と入れ替わるように二組の担任の堀先生が保健室に入って行った。

 朝のホームルームに後藤さんの姿はなかった。すでに金曜日の出来事は学校中に広まっていて、教室の誰もが疑問に思うことはない。

後藤さんと仲が良く、トイレで一緒に私の悪口を言っていた前川さんも元気がない様子だ。皆どこか落ち着きがなく、今回の件に全く関係がなさそうな男子たちは何故かワクワクしているようにも見える。

「先生たち、取り調べで忙しいから授業が自習になるかもな」

 どこからか聞こえた願望のような言葉は現実となって、一時間目の授業は自習となり私は先生に呼ばれて話を聞かれることになった。先生の後について行きながら二組の教室を覗き見ると空席が目立っていて、女子がほとんどいない。

 保健室の隣にあるカウンセラー室にて事の顛末を話した。私の聞き取りを担当している先生は白雪先生や堀先生よりも少しだけ年上の優しそうな女性の先生で、苗字は飯島、主に三年生を担当していたと言っていた。三年生が自由登校になって授業もなくなり余裕ができたのでこの役割を任されることになったらしい。

飯島先生はメモを取りながら私の話をよく聞いてくれて時折相槌を打ったり、私に共感してくれたりして終始穏やかに聞き取りは行われた。

 こういうときは全てを包み隠さず話した方が良いと思い、私は二学期の終業式で真人君に初詣に誘われたところから話をしていたため、私が嫌がらせを受けるパートに入る前、蘭々への誤解が解けたくらいまで話したところで一時間目の授業が終わってしまった。

 聞き取りも休み時間となったので隣の保健室を覗いてみたが、美月は聞き取りが続いているようで会うことはできなかった。美月の証言は最重要ということで担任の堀先生、生徒指導の部長と呼ばれる先生、そして教頭先生の三人が話を聞いているということだけは白雪先生が教えてくれた。

 仕方なしに保健室を出ると蘭々たちいつもの四人と二組の秋山君が目の前にいた。美月や私の様子が気になって見に来たらしい。

蘭々たちはともかく秋山君がいるのは意外で、つい見つめてしまった。

「何? 俺の顔になんかついてる?」

「あ、いや、ごめん」

「なんだよ、変なの」

 ぶっきらぼうに秋山君が言う。

 美月ほどではないが私も人見知りする方で、秋山君とは全くと言っていいほど関わりがなかったのでうまく話せない。

 真人君の要請に応えて美月を守ろうとしてくれたり、こうやって心配して様子を見に来てくれたり悪い人ではないと思うけれど、可愛らしい見た目の割に結構強気な性格と口調なので、あまり得意なタイプではない。

「こら、カカオ。もうちょっと優しく言いな。男らしいのと態度が悪いのは違うんだから」

「……ごめん」

 蘭々に叱られて素直に謝る秋山君を見ると私まで申し訳なくなる。元はと言えば私が秋山君の顔をまじまじと見てしまったのが悪い。

「あの、こちらこそごめんなさい。秋山君がいると思わなくて気になっちゃって」

「……俺、なんにもできなかったからさ、ずっともやもやしていて、どんな状況なのか気になったから様子を見に来たんだ」

「えっと、様子は私もよく分かんない。美月いっぱい話を聞かれているみたいだし。あの、二組の様子はどう?」

「普通に自習してる。女子がごっそりいないし残ってる女子はなんか暗い顔してるけど。男子もわざわざ今回のことを話題にしようとはしてないな……萩原さんは、もう教室には来ないの?」

「美月は……女子全員がいなくならないと無理だと思うって前に言ってた。だからもう美月があの教室に入ることはないと思う」  

「そっか……」

 それだけ言い残して教室に戻って行く秋山君の背中はひどく落ち込んでいるように見えた。

「ああ見えてカカオって責任感強いからね。何もできなかった自分に怒ってるんじゃないかな」

 もう少し自分が早く行動していればここまで大きな事態にはならなかった。そんなことを思っているのだろうか。

 もうすぐ次の授業が始まる時間となり蘭々たちは教室へ、私はカウンセラー室へ戻った。部屋へ入ろうとした寸前に蘭々たちの方を振り返ると、秋野さんが先行して秋山君に追いついて話をしているのが見えた。

 二時間目が始まると聞き取りも再開され、私は美月が伊織に自転車の乗り方を教わる約束をしたところから話を始めた。この件について伊織の存在は不可欠なので美月と伊織の関係性も重要になるはずだ。

 そして次の日から私と真人君のことが噂になり、私への嫌がらせが始まったこと、真人君や伊織、美月、蘭々、大石さん、秋野さん、小畑さんが味方になってくれたことを話した。

「佐々木蘭々……服装、頭髪、化粧の指導の常連だったけど、最近ちゃんとするようになったっていう子ね。生徒指導の先生たちがよく話してた。話の腰を折っちゃって申し訳ないんだけど、春咲さんは佐々木さんが服装とかのルールを守るようになった理由って知ってる?」

「え? いえ、分かりません」

 確かに蘭々は三学期の始めくらいまで髪にインナーカラーを入れたり、化粧をしたり、スカートを心配になるくらい短くしていた。

でも今となっては校則を守った服装をするようになって大石さんたちにいじられていたのは見たことがある。私への嫌がらせが始まった時期と同じ時期からの話なので私はそれどころではなくて理由を聞けていなかった。

「まあ、校則守ってくれるのは喜ばしいことだけどね。あれだけ個性の主張が強かった子がいきなりどうしたんだって生徒指導の先生たちも心配してたんだよ。今まで校則を守れって厳しく指導していたくせに、急に校則を完璧に守られると逆に慌てちゃうなんて、つくづく教師って変な生き物だと思うよ……ああ、ごめんね。春咲さん細かいところまでいっぱい話してくれるから私も色々話したくなっちゃって。続けてください」

 飯島先生はニコニコと朗らかな表情で話を聞いてくれるのでとても話しやすい。バスケ部のマネージャーだった日夏さんから話を聞いたことを話すと担任をしていると教えてくれた。

日夏さんの思い出話に移行しかけたが何とか踏みとどまって、美月が嫌がらせを受けるようになったという話に入った。

 飯島先生の表情から笑みが消える。私にいくつかの質問をしながらメモを取るその姿には鬼気迫るものがあって、真剣に事実を明らかにしようとしているのだと感じられた。

 私もそれに応えるように、私が見たこと、聞いたこと、感じたこと、知っていることを詳らかに述べた。

 二時間目終了後の休み時間の休憩は断ってそのまま話を続けて三時間目の授業が半分くらい過ぎた時間に調理室での出来事まで話し終えた。

 カウンセラー室を出て保健室を覗くと美月の聞き取りはまだ続いていた。白雪先生から昼休みにまた顔を出しなさいと言われ一組の教室に戻ると、朝よりも人が減っていた。

授業中だったので理由を聞くことができなかったがいなくなっているのが女子だけであることを考えると、きっと呼び出されて話を聞かれているのだと思う。藤田先生が言っていた通り、芋づる式に加害者が明らかになっているのだろう。