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 三試合目は、俺の得点後、まもなく終わった。チーム未奈の戦績は、二勝一敗。まずまずの結果である。
 俺たちは他のチームの試合を見ながら、グラウンドの端で各自でストレッチを行っていた。結果に満足しているのか、表情が明るい者が多かった。
 腕を十字に組む俺は、隣で股割り前屈をしている未奈ちゃんを、こっそりと注視する。
 脚をほぼ百八十度に開いてぺったりと身体を地面に付けた未奈ちゃんは、シリアスな視線をコート内に遣っていた。
 ふーっと大きく深呼吸して決意を固めた俺は、未奈ちゃんの隣へと移った。
「未奈ちゃん。ちょっと話があるんだけど、良いかな?」
「ん? 何よ、話って。ってか、あんた、さっき私をなんて呼んだ?」
 訝しげな様子の未奈ちゃんと見つめ合い、俺は深々とお辞儀を決める。
「俺はあなたの! あなたの、サッカーをやってる時の姿にベッタベタにベタ惚れしました! 俺の彼女に、恋人に! いや、結婚を前提として付き合ってください!」
 一秒、二秒と無言の時が流れて、俺は顔だけを上げた。未奈ちゃんは、は? って感じの面持ちだった。心なしかほっぺも赤くて、プリティさ五割増し。
 やっぱり、言葉が足りなかったか。溢れる想いはたった二文じゃ伝わるはずがないのに、俺ってほんと馬鹿だよね。
「切っ掛けは、中三のあの日だった。晴天の呉市総合スポーツ・センター。関西学院高等部との試合で、左ウイングで出ていたあなたは……」
「ちょっ、ストップ、ストップ。待ちなさいっての。なーにをディテールを語り始めちゃってんのよ」
 俺の情感を込めた語りを、未奈ちゃんが焦り口調で止めた。
 ストレッチを中断した未奈ちゃんは、すっと立ち上がって俺と向き合う。
「し、し、知り合った二時間後に告白とかさ。ま、まあ、初めてじゃあないんだけどさ。あんたたち男って、ほんとにどうしようもない奴ばっかよね。バカ? バカなの? 私があんたの彼女に? まーったくぜーっんぜん、論外だから」
「そりゃあつまり、論ずるまでもなく俺と付き合ってくれるっていう……」
 照れ照れの早口畳み掛けに俺が負けじと言い返すと、未奈ちゃんは、拳三個分ほどの距離に接近してきた。俺を見上げる視線には、冷たさが混じり始めていた。
「あのね、あんたにはね。色恋沙汰にうつつを抜かしてる暇は、どっこにもないのよ。実力的にね。んなテキトーな調子でいたら、いつまで経ってもBにすら上がれないっつーの」
 責めるような憐れむような台詞に俺が思案に耽っていると、未奈ちゃんは、細い目になった。
「……自意識過剰って思われるの覚悟で一応訊いとくけど。まさか。あんた私とどうにかなるってアホな目的で、竜神のサッカー部に入ったんじゃないわよね?」
「す、鋭いね未奈ちゃん。まあ。当たらずとも遠からずというか。大正解だよ。探偵の才能もある──」
 胸倉を掴まれた。キスができるまでに近づいた未奈ちゃんの美貌は、強い怒りで歪んでいる。
 ってか、近くで見ると未菜ちゃん、ガチで美人。睫毛、長っ。髪、きめ細やか過ぎでしょ。そんでもってなんか、甘ーい匂いまでするし。
 ってんなことを考えてる場合か、俺。この苦境を脱する術を何が何でも探すんだ!
「サッカーを汚すな、色呆け野郎」
 ドスの聞いた声を出した未奈ちゃんは、殺さんばかりに俺を睨んできた。完全に萎縮した俺は、どこにも視線を外せない。
 数秒の後に、未奈ちゃんは俺を放した。転けかけた俺だったが、なんとか体勢を立て直した。
 最後に俺に一瞥をくれた未奈ちゃんは座って、股割り前屈を再開した。コートに向ける真剣な眼差しは口論の前と同じだけど、そわそわと微妙に落ち着かない感じである。
 未奈ちゃんから注意を逸らした俺は、周囲のざわつきに気づいた。一連の遣り取りを思い起こして、冷や汗をかく。
 ……うーん、ちょっとやらかしたかな?