「凜をバスケ部のキャプテンにする!」

 セミの鳴き声が聞こえる体育館に顧問の声が響いた。中体連敗退後静まり返った部活に放たれた1言は凜の人生を大きく変えた。

 凛は中学から始め、他のメンバーより知識も実力も劣っていることから私はキャプテンになれないと顧問に伝えた。

 先生は「凜ならまとめられるし一番適任だと思う」と口にする。メンバーの華や結も「凛なら大丈夫!」と口を揃えた。「不安」が一瞬にしてプレッシャーへと変化した。

 凜は姉、母親、父親の4人で生活をしている。父は仕事で夜遅くにしか帰ってこないためほぼ3人でいる時間が長いのだ。なのに会話の中に「凜」と呼ぶ声はどこにもない。母親は姉ばかりで凜個人として見てくれないのだ。言われるのは「〜〜なのに」「〜〜なんだから」という言葉ばかり。そしてある日
「そんな事もできないの?」と言われた。それから失望されることへの恐怖を抱き、同時に起きてしまったトラブルによってトラウマになってしまったのだ。

 学校では行事の中の合唱コンクールに取り掛かっていた。ピアノを習っていた凜は伴奏を務めることになるが検定などと重なってしまいリハで伴奏が止まるハプニングを起こしてしまった。罪悪感と自己嫌悪でいっぱいになり、クラスメイト何人かからは失望されてしまい光を失っていったのだ。

 だからメンバーからも顧問からも信頼の言葉をかけてもらった以上応えるしかないと思い引き受けることにした。


 だがメンバーの「大丈夫」は期待ではなかった。経歴の短い私が知識が少ないことを知っているメンバーはメニューの変更や先生へ提案をさせたりと自分等のやりたい事を押し付け「キャプテン」という肩書を利用していたのだ。

 ある日部活の更衣室に向かっているとき、聞きたくない言葉を耳にした。
「キャプテンのくせに何もできないのがいけないよね。責任は全部凜だし」
その声を聞いた瞬間私は過去の出来事がフラッシュバックし、泣き出してしまった。恐怖で過呼吸を起こし、パニックになっている中優しい声が私を包んだ。

「何があっても俺はお前の味方だから」

涙で顔も見えないけど彼はずっと声をかけ続け、背中を擦ってくれた。お礼を伝えようと思った頃にはもう彼はいなかった。だが付箋紙が1枚置かれていた

 俺はお前がいつも頑張ってたこと知ってるから。俺はいつも見てるから。頑張ってるのは十分に伝わったから休みなよ
 また、明日

 付箋紙を見たとき、久しぶりに「明日」に期待をしてしまった。明日また話せる、君の顔を見れると思っていると気持ちがいつの間にか楽になっていた。
 

 朝教室で1人座っていると「昨日は大丈夫だった?」と声をかけられた。後ろを振り返るとクラスの人気者でモテる翔がいた。「昨日助けてくれたの翔だったの!?」と聞くと「助けたなんて大げさだよ」と返ってきた。何故人気者が私なんかにと思っていると
「別に理由なんてなくない?友達が助けを求めてきたから助けた、それだけじゃん?また何かあれば相談しろよ!」
と呟く。その日を境に沢山翔と話して多くの時間を共に過ごすようになった。

 だがある日翔は冷たくなった。中々口も聞いてくれず目を見てくれない。
1人で屋上に行くといつも見ていた背中があった。
「どうして、どうして避けるの?避けるならどうして救いの手を差し伸べたの?だったらずっと苦しいほうがマシだよ」
と涙を流しながら伝えた。

「ごめん、ごめんな?お前を苦しめたくなかったのに結局泣かせてるなんて意味ないよな…」

この1言を聞いたとき、すぐにひっかかった。「苦しめたくなかった」?避けてた理由は私のためなの?

「ある日いきなり華と結に声かけられたんだ。『凜に傷ついてほしくなかったらこれ以上関わるな』って言われて。」

気づいたときには顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

「華や結に何かされるより翔と関われないことのほうがよっぽど辛いよ…唯一手を差し伸べてくれた人なんだから」

翔はため息をつきながらこういった
「俺な?中学の時お前と同じ目にあったんだ。キャプテンとして利用されて。でもお前はあれ以上利用され続けると壊れそうで怖かった。だから声かけたのにこれじゃ、だめだよな…」

「だめなんかじゃないよっ!いつも下を向くしかなくて。前を向けたのは、自信をくれたのは翔だったよ?」

「いつも私の「声」を聞いてくれてありがとう。暗闇の中に光を与えてくれてありがとう」
「ずっと伝えたかった。もしこのままでもこれだけは伝えたかった」

「俺も伝えたいことがあった。俺と沢山の時間一緒に過ごしてくれてありがとう。俺に全部伝えてくれてありがとう」

「急にこんなこと言って困らせることになるかもしれないけど言わせてほしい。俺はこれからもお前の光でいたい。付き合ってほしい」
「私の光はずっと翔だよ?これからもそばに居てください」

「良かった…伝えられた…」

そういった次の瞬間翔は視界から消えた。苦しそうに息をしていることに気づいた凜はすぐに救急車を呼んだ。

病院に搬送されしばらく経った頃、翔のお母さんが来た。次の瞬間「そろそろなのかも…」とつぶやいた。
「そろそろって何がですか!?」と勢いあまって聞いた私に翔のお母さんは教えてくれた。彼は《がん》であることを。

正直受け入れられなかった。いや、受け入れたくなかった。苦しんでいるときに助けてくれた人が今もがいているのに私は何もできないし気づくこともできなかった。
何より1番、怖かった。がんは記憶を失ってしまうことがある。そして翔を失ってしまうかもしれないという可能性がわずかでもある。

「鈴木翔様の関係者様ですか?只今目を覚ましました」

その言葉を聞いたときには勝手に体が動いていた。部屋に着いたとき、翔には沢山の管がついていた。そして弱々しい笑顔で
「ごめんなぁ…心配させたくなかったんだけど迷惑かけちゃって」
「迷惑なんて思わないよ?なんせ私の光なんだもん」
「告白したけど断っていいから」
「…なんで?」
「俺な?がんなの。だからお前のことを忘れるかもしれないの。お前にとっては俺でも今後の俺にとってのお前は今の俺にとってのお前とは違うの」
「…だからなに?私が翔を好きってことには変わりないよ」
「俺はお前に迷惑かけたくないの」
「だったら私が翔の光になる。暗闇をさまよっても私が導くから!だから…そんな事言わないで?」
「…わかった。これからも宜しく!」
「宜しく!翔っ!」

その日から入院生活が始まった。どんどん物を忘れていく翔を見ていつかは私も記憶からなくなるんだと実感した。そしてある日

「どちらさまですか?」

とうとう言われてしまった。「君の友達の凜です!」と返したもののいざ言われたときは悲しかった。涙を流すと困惑されるのはわかってたから隠しきったけど思い出す日は来るのかと考えてしまう。


それからはとても長かった。何もかも忘れてしまう彼を前に教えたり支えたり。そしてある日デートに誘われた。クリスマスツリーを見に行きたいと。
ようやく着いたツリーの下で彼は口を開いてこう言った。
「今まで迷惑かけて、忘れてごめん。凜、今日ここに連れてきてくれてありがとう」
「…え?」
「今朝記憶が戻って、治療も順調にいってるって言われたからどうしても来たくて」
「…よかったっ!怖かった。このまま思い出さなかったらって考えちゃって」
「この時間に伝えたかったんだ。俺の光でいてくれてありがとう。改めて言わせてほしい。俺の傍に居てくれませんか」

「もちろん、よろこんで!!」

2人が困ったときは互いに光になり合って支え合い、病気も乗り越えた私達はもう何者にでもなれる。弱った面も強さも見せ合えるから、もう下を向くことなんてない。前を、「明日」に向けて一歩ずつ、少しずつ進んでいく。