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ホテルに到着すると、同室のクラスメイトたちはまだ帰ってきていなかった。4台のベッドが並んだ広い部屋にひとりでいると、また余計なことを考え始めてしまいそうだったので、渡部くんにメッセージを送ることにした。
《今、帰ってきたよ。八坂神社すごかった!》
《早いね。俺らはまだ帰り途中。金閣寺観たよ、めっちゃキラキラだった》
タクシーの中で手持ち無沙汰なのか、返事はすぐだった。そんなに早く返してくれると思っていなかったので、通知音に驚いてしまった。
送られてきた何枚かの写真の中に、班員らしいクラスメイトと並んで自撮りしたような写真があった。青空と金閣寺をバックにピースする4人の笑顔は、背景に負けないくらい輝いて見える。そういえばわたしたちも八坂神社で撮ったなと思い出してスマホで確認すると、やっぱり自分の顔が歪んで見えた。3人の自然体な笑顔とは違う、ありあわせの材料を寄せ集めて間に合わせで作った仮面のようにしか見えない。
《渡部くん、会いたい》
気がつけばそう打ち込んで、送信ボタンを押していた。我に返った時にはもう遅く、既読のマークがついてしまった後だ。
《いいよ。夕食まではフリータイムだし、ホテルについて片付けが終わったら連絡するね》
《わがまま言ってごめんね。用事があるなら、優先していいから》
《わがままなんかじゃないよ。俺も誘うつもりだったし》
照れ隠しのようなスタンプと一緒に送られてくる渡部くんの言葉に、胸の奥が疼く。同じ気持ちでいてくれたんだ、という安堵を覚えて、じわりと視界が滲んだ。
本当はリップサービスかもしれないけれど。彼が伝えてくれる言葉は、裏を読まなくても心が受け入れようとしてくれる。
ありがとうと返事を送って、行儀が悪いと思いつつ制服のままベッドに寝転がった。ホテルに戻った後は部屋着に着替えても構わない決まりなのだが、その気力がない。胸の奥が詰まるような感覚になって、視界がまた滲んだ。
なんで涙が溢れるのかわからない。今日の1日で多くのことがありすぎて整理がついていないだけなのかもしれない。心の中がずっとジェットコースターのように激しく揺れ動いていて、体はまだ元気なのに動けなくなってしまった。
京都の街を散策して楽しかった。
みんなと同じように笑えていない気がして苦しかった。
美味しいものを食べて、たくさん人のあたたかさに触れた。
過去の、二度と思い出したくもなかった記憶が蘇った。
渡部くんが優しくて嬉しかった。
良かったことをひとつも心の底から信じることができていない。
同室の3人も班の3人も、そのほかのクラスメイトも、あの頃わたしを嘲笑った人たちとは違って優しくていい人ばかりだ。自然体で、飾り気のない言葉と態度で接してくれる。きっとみんな、相手に嘘があるなんてわざわざ疑って生きてなどいないはずだ。
わたしはそうはなれない。疑うことがデフォルトで、どれだけ優しくされたって裏があるのだと真っ先に考えている。去年1年かけてやっと少し仲良くなれた美優たちにさえ、わたしはまだ疑念を持ちながら一緒にいるし、信じられるとわかっているはずの渡部くんに対してすらうまく本音を言えない。
可愛げがないわたしに、どうしてこんなにみんな良くしてくれるのだろう。
――いろんな人との広い縁を大事にしたらいいと思うわ。いつかきっとどこかで、その縁がちゃんとまた巡ってくるものよ。
カフェの女性の言葉が蘇る。一生ものの縁、というほど濃厚でなくたって、いつかどこかでふとした瞬間に、出会っていてよかった、と思うことがあるのだろう。
本当だろうか。この先の人生を生きていくわたしは、今日やこれからの日々を清々しい思い出だと笑って大切に思えるだろうか。きっと答えは否だ。
今のままじゃ、せっかくの縁が消え去ってしまうだろう。そして、きっとこれからも新しく人と出会うたびに同じことを繰り返す。
出会って、笑顔の仮面を被って、疲れて、苦しくなって、しれっとフェードアウトして、終わり。
人間関係リセット症候群という言葉を耳にしたことがある。このままでは、わたしもそうなってしまうかもしれない。そんなのは寂しいと思いながらも、きっとそのほうが楽なのだろうなと心が揺らぐ。
「……そうやって生きていくしかない、のかな」
ひとりごつ。疑うことを知らなかった幼い頃、わたしはいったいどうやってみんなと関わり合って生きていたのだろう。
思い出せないままベッドで動けずにいると、同室の3人がほぼ同時に帰ってきた。土産話で盛り上がっていると、スマホの通知音が鳴った。渡部くんからだった。
《今、帰ってきて一段落したところ。柳井さんが大丈夫なら、ホテルの正面玄関を出て左に行ったところに花壇があるから、そこで落ち合おう。先に行ってるね》
手際よく用件が並べられたメッセージにわかったと返事をして立ち上がると、3人は不思議そうな顔をした。
「どこかいくの?」
「うん、ちょっとね。6時には間に合うように戻るから、ご飯は一緒に行こう」
「おっけー。気をつけてね」
ルームメイトに手を振って、わたしは部屋のドアを閉めた。
***
「急にどうしたんだろうね。香帆ちゃん、昨日は抜け出す予定もないって言ってたけど」
「美優ちゃんたちと会うんじゃないの? 理沙とか華恵とかも仲良いでしょ。クラスが違うから、待ち合わせしてるんじゃない?」
「けど、それならそう言うと思うんだよね。なんとなくごまかしてた感じだったけど、……もしかして」
「彼氏、とか?」
「え、誰なんだろう」
「でもなんだかすごく……かわいかったよね、今の表情」
「うん。めっちゃ好きなんだね、きっと」
「いいなあ、愛されてるんだねえ」
***