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「へえ、じゃあ付き合うことにしたんだ」
月に一度のクレープ会。理沙と華恵も交えた場で、わたしは渡部くんと付き合いはじめたことを報告した。
「香帆に先を越されるなんて」
「好きな先輩には彼女がいたって話じゃん、理沙は。その後どうなのよ」
「諦めたくないけど、横恋慕するのもなあ……ということで新しい恋を探し中」
「はいはい」
今月の新作はミルクジェラートのトッピングがついたクレープだ。スプーンで溶けかけのジェラートを掬って、華恵が口を開く。
「中学の時からけっこうモテてた記憶だけど、彼女がいたって話はずっと聞いたことがなかったんだよねえ。香帆が初彼女ってことになるのかも」
「相当熱烈にアピールされてたもんねえ。花火の時だってモロバレだったもん。スマホをなくしたふりして試しにふたりきりにしてあげたのに進展しないのかしらと思ってたら、急にそんなことになってるんだから」
「え、あれ嘘だったの?」
美優の告白にクレープを落としそうになった。華恵と理沙は、面白そうな話だとにやにやしながら身を乗り出してきた。カスタードクリームとジェラートを一緒に掬って舌に載せながら、美優は話を続ける。
「言ったでしょ、渡部くんが香帆のこと好きなのは丸わかりだったって。その気持ちを知ったうえで香帆がわたしたちを呼んでグループで花火を見ることにしたのは気づいていたから、ちょっとくらいふたりきりにしてあげたほうがいいかと思ってさ。気をつかったのよ、こっちも」
「本当になくしたんだと思って心配したのに……」
「それはごめんって。香帆次第なのに肝心の本人がずっと足踏みしてたから、何かきっかけになればいいと思って。どっちの結果になるとしてもね」
美優に騙されたという衝撃はあったけれど、あの時2回目の告白があったからこそ、渡部くんの言葉を信じてみようと思えたのは事実だ。得意気な策士に何も言い返せずに、わたしもジェラートの表面をスプーンで撫でた。
「深く考えなくたっていいんだよ。一緒にいる時間を増やしていく中でちょっとずつ、気持ちに向き合ったらいいんだからさ」
「そう言う美優ねえさん、彼氏は」
「いませんー。そのくだり、この前香帆ともやったんだけど」
しょうもないおふざけで笑う3人の隣で、笑顔を作りながらわたしはまたもやもやを抱えていた。
深く考えずに人と付き合っていくなんてわたしにはできない。こうして放課後にクレープを食べながら友達と話すことすら、いろんなことを考えて計算しながらじゃないと安心できないのに。
わたしが3人を信じることができずにいるという事実がばれないように。嘘か本当かわからないから、嘘であることをベースに生きていると知られないように。こんなことばっかり考えているわたしが惨めな虚構であると気づかれないように。
わたしが向き合うべき気持ちは、きっとわたしの心の中にあるのだろうけれど。どうやってその中身を因数分解したらいいのかわからない。
授業中のほうがよっぽど気が楽だ。生徒として授業を聞いてノートをとっていたらいいだけだから。柳井香帆という虚構に課せられるイメージがしんどい。でもそれも全部、自分のせいでしかないのだけど。
「渡部くんなら、きっと香帆のことを大事にしてくれるよ。いい人だもん」
早々にクレープを食べ終わった華恵が、ごみを丸めながら言った。わたしたちが見ている彼の“いい人”の部分が本質なのか、それともわたしのように虚構なのかわからないのに、人って脳天気だなあと思いながら笑って頷いた。幸せで仕方ないというふりをして。