「本格お化け屋敷です。ぜひ体験していってくださーい」

文化祭当日。わたしはお化け屋敷の受付に立って、お客さんを誘導していた。美里ちゃんをはじめ、クラスメイトからは本当に大丈夫かと何度も念を押されたが、体調はちゃんと回復している。部活の展示で抜けないといけない子も多いなかで、ひとり欠けたら残りの人がきつくなるのはわかっている。受付だけならそこまで重労働じゃない。

完成したお化け屋敷はかなり本格的なものに仕上がった。間に合わせで買った電飾が案外いい仕事をしていて、他のおどろおどろしい装飾とお化け役も合わさるとかなり不気味だ。落武者の頭のような装飾を作った男子は、得意げな顔でそれを掲げて女子たちにドン引きされていた。

お化け屋敷の中へ誘導すると、中からは老若男女の悲鳴が上がっていた。カップルらしい他校の男女など、男子のほうが腰を抜かして彼女に支えられていたほどだ。

「盛況だね」
「お、諒太」

Tシャツにスラックス姿の渡部くんが、何かの看板を背負ったままひょっこりと顔を出した。手首や耳元にはアクセサリーがついていて、髪型もセットされているので、随分とチャラそうな見た目になっている。

「お前も入ってくか。楽しめると思うぜ」
「怖いのは嫌だよ。泣いちゃうもん、俺」
「なるほど、じゃあ泣き顔を見てみたいから入ってくれ」
「やだっつってんだろ」

しょうもないやりとりがおかしくて、つい吹き出してしまう。笑われただろ、と渡部くんは不満そうにその男子の肩をつついた。

「そっちは何やってんの」
「うちはチーズハットグ屋だな。見てこれ、手作りの看板」
「だっさ!」

男子が大笑いするのも無理はない。目がちかちかするようなネオンカラーをありったけ使ったような色合いで、クラスと出し物を書いただけの段ボール看板だ。ダサいデザインをあえて狙った結果、違う方向にダサさが突出してしまったようだ。これを背負って校内を回らされている渡部くんに、少しだけ同情する。

「絵のうまいやつはいたのに、ふざけてこんなんにされてさあ。もうひとつの看板はちゃんと作ってくれたのに、俺にはこれ。ひどいよね」
「あはは、災難だね」

本気で不満げな渡部くんに申し訳なさを感じつつも、笑うのは止められなかった。そんなわたしを見て、渡部くんは安堵したようにふっと息を吐いた。

「あとで食べにきてね」

ダサい看板を背負って、渡部くんは軽やかな足取りで去って行った。その背中を見送ってから、一緒に話していた男子がわたしに問いかけてきた。

「柳井さんって、諒太と仲良い?」
「え? うーん、最近少し仲良くなった感じかな」
「そうなんだ。珍しく思いきり笑ってる顔を見たから、もともと仲が良かったのかなと思ったんだけど」

言われてどきりとした。確かにクラスでは、あまり大きく笑ったことはない。おもしろいことがあっても、こんなふうに声を上げることはなかった。
渡部くんには、いつもわたしのペースを乱される。

しばらくして交代の時間になった。次の当番の子に名札を渡して、わたしは教室を出た。美優と合流して回る約束になっている。

「お待たせ」
「お疲れー。行こうか」

3組の前で落ち合って歩き出す。理沙が所属している合唱部のステージがもうすぐ始まるところだ。

「体調はどう? もう平気?」
「うん、もうばっちり。心配かけてごめんね」
「本当だよ。しんどかったら言ってって言ったのに」
「自分でもあんなに疲れてたなんて気づいてなかったんだよ。わたしがいちばんびっくりしたもん」

まったくもう、と美優が呆れたようにため息をついたと同時に、体育館に到着した。観客席はあらかた埋まっていて、わたしたちは後ろの席に座って開演を待った。
合唱部部長の挨拶で始まり、5曲を披露してステージが終了する。理沙は片付けなどがあるようで合流できず、お疲れと声だけかけて別れた。美優とふたりで次に行くところを決めようとパンフレットを開き、各クラスの出し物をかくにんする。

「あ、4組は行った? チーズハットグだよ」
「そうだ、さっき渡部くんに来てねって言われてたんだ」

美優がにやりと笑ったのが、横目でもわかった。

「あんたたち、いつの間にかかなり仲良くなってるけど、何かあった?」
「な、何かって」
「付き合ってるとかじゃないの?」
「つ……付き合っては、ないよ」

半ば強制で2年4組の教室に向かうことになった。賑やかに飾り付けられた廊下を歩きながらも、美優の追求は止まらない。

「花火だって、渡部くんに誘われたんでしょ。あれは絶対あんたとふたりで行きたくて声をかけてきたんだと思ったんだけど」
「……ふたりで花火は、さすがにまだ早いかなって」
「なんだ、香帆も渡部くんの真意には気づいてるわけね」
「それは、まあ」

二度も告白されていると言ったら美優は黙っちゃいないだろう。曖昧に語尾を濁して逃げる。

「付き合ったらいいじゃない。香帆だって、渡部くんのことが気になってるんでしょ」
「な……なんで」
「見てたらわかるよ。きっと惹かれてるんだろうなって。自然と、目が渡部くんのことを追いかけてるの」

2年4組に到着した。渡部くんはあのダサい看板を外して、チャラ男スタイルでチーズハットグを作っているところだった。わたしが入ったことに気がついた彼と視線がぶつかる。美優の話が脳裏をよぎって、思わず視線をそらしてしまった。

「ふたりとも、来てくれたんだ」
「お腹すいたからね。一個ずつお願いできる?」

わたしのことなどそっちのけで、美優は渡部くんにチーズハットグを注文した。あいよ、と祭りの屋台のおっちゃんのような威勢のいい返事をして、調理器で準備を始める。半袖のシャツから伸びた腕を見て、彼から触れられたいくつかの記憶が蘇ってしまい、またまともに見られなくなった。

「お待たせ。1本300円です」

受け取る時にまた指先が触れた。お金はトレーに出して、教室内に設けられた飲食スペースに腰掛ける。できたてのチーズハットグをさましながら、美優はわたしの脇腹をつついた。

「だいぶ挙動不審ね」
「美優が変なこと言うからでしょ。まったくもう」
「実際のところはどうなのよ。いいな、とは思ってるんでしょ」
「……いい人だな、とは思うよ。優しくて、わたしにはもったいないくらい」

本当に、もったいない。わたしなんか好きにならなくていいのに。
どうしてこんなわたしのことを好きになるんだろう。

いや、「こんなわたし」だからだろうか。誰からも好かれるわたしを演じているからこそ、彼は好意を寄せてくれているのかもしれない。

「別に付き合ったらずっと一緒にいなくちゃいけないわけじゃないんだし、とりあえずは彼氏彼女になってみたら? 近づいた距離でしかわからないこともあると思うよ」
「美優だって彼氏いないくせに……」
「うん、今まで一度もいたことない。でも、両方が大好き! って状態から始まる恋愛ってそんなの多くなくない? 告白されて、悪くないなってとりあえずOKして……っていう感じで付き合いはじめたカップルもけっこういるものだよ」
「そういうものなのかな」
「香帆が何をそんなに考えてるのか、わからないけどさ。今話したように考えるのも間違いではないと思うよ、ってこと」

美優は少しさめたチーズハットグにかぶりついた。まだ中のチーズは熱いようで、かじったところからチーズが伸びる。チーズハットグの醍醐味ともいえるそれを写真に取るように視線とジェスチャーで示されて慌てて撮影し、わたしも同じようにかぶりついたけれど、チーズはうまく伸びなかった。

食べ終えた串と包み紙をごみ箱に捨てる。にわかに賑わってきて忙しく動いている渡部くんを横目でちらりと見てから、わたしたちは4組の教室を出た。華恵が店番している手芸部の作品を見に行こうと特別棟へ向かう。どことなく落ち着かない鼓動については知らないふりをすることにした。