お盆が明けても暑さはまったく変わらない。それどころかなかなか雨が降らないせいで、毎日干からびそうだ。
文化祭のお化け屋敷をつくるために途中まで進んでいた計画書を確認すると、内装のデザインやギミックの設計、お化け役の衣装などがどれも中途半端になっていることがわかった。この数日でそれをなんとか形にしたけれど、今度はそれを作るためのスケジュールを組まなければならない。借りられる道具の確認や必要な材料が何かも洗い出せていないので、このままでは間に合わなくなってしまいそうだ。

今日は衣装班と内装班の代表者が来られるという話なので、準備の計画と進行状況を確認するために学校にいかなければならなかった。

「お待たせ。ごめん、生徒会室に寄ってて」
「香帆ちゃん、来てくれてありがとう」

衣装班のリーダーが申し訳なさそうに両手を合わせる。隣にいた内装班の男子も、悪いなと言って眉を八の字にした。

「仕方ないよ。委員の美里ちゃん、お家のほう大変なんでしょ」
「うん。お父さんの海外出張中にお母さんが交通事故なんてね。弟くんも小さいから面倒見なくちゃって……お母さん、大事には至らなかったみたいで良かったけど」
「本人は何も悪くないのにめちゃくちゃ誤り倒してたもんな」
「わたしじゃうまく代わりをやれないかもしれないけど、一緒に頑張ろうね」

頷いた二人のもとにスケジュール表を差し出す。単純計算で割り当てた準備の日程をはめこんだだけの簡素なものだ。

「暗幕の使用申請は出てたのを確認できたから、そこは大丈夫だと思う。ただ、照明は抽選に通らなかったみたいで、一つしか使えないみたい」
「マジか。そうすると懐中電灯とかを持ち寄って、うまく固定して使うしかないな」
「うん。あとは衣装関係だけど、生地屋さんへの一括購入申請は今日までに提出しないといけないらしいの。クラス別で買いに行ってもいいけど割高になるから、布から買うならまとめて買って予算をちょっとでも抑えられたらいいなって。他にも買いたいものがあったら、今週中に予算計画表を作って出さないといけないみたい。クラスごとの上限は決まってるから、超えないようにしないと……」
「え、そうなの? だったら今から衣装の内容詰めなくちゃ」

班のリーダーと言っても、結局は委員におんぶにだっこなのだ。みんなが手続きの日程や手順を知っているわけじゃないし、そもそもそんなものがあることすら意識していない。
だから、まずは現実的な事務処理を基準にやるべきことを洗い出すほうが早い。

「ありあわせや市販品で安く使えるものがあればそれで、どうしても作らないといけないものだけ決まればすぐ申請できるよ。お化け役の配置予定ってある?」
「まだ確定じゃないけど……白のロングワンピースか白装束は欲しい。あとは骸骨柄を書いて使える黒の全身タイツだけど、これは」
「それならディスカウントストアとか通販のほうがありそうじゃない? 布買って縫うより、手っ取り早いと思う。装飾品とかも買うならまとめて買えば楽でしょ」
「届く日がいつになるかにもよるよね」

スマホで通販サイトを調べたり、ディスカウントストアの在庫を確認したりしていると、あっというまに時間が過ぎていく。ようやく購入品の目処がたった頃にはもう4時になっていた。3時間近くかかったことになる。

「わ、もうこんな時間。さすがに部活のほうにも顔出さないと。作品、まだ途中だから」
「美術部だっけ。忙しいのにありがとう」
「俺も戻って基礎練だけでもやっていかないと。悪い、柳井さん」

大丈夫だよと笑ってみせると、ふたりは忙しなく教室を飛び出していった。教室にひとり取り残される。開いた窓から吹き込んだぬるい風がブラウスから出た腕を撫でる。気持ち悪いな、と不愉快で仕方ない。

生徒会室に立ち寄ったときに受け取っていた申請用紙を埋めて提出しにいくと、生徒会長は憐れむような視線をわたしに向けた。球技大会後に代替わりした新しい生徒会長は、確か4組の子だ。

「2組、いろいろ大変そうだけど。大丈夫?」
「うん、なんとか。来年は出し物できないし、いい思い出にしたいから」
「提出物とか、言ってくれれば多少は融通利かせるよ。遠慮しないで相談してほしい」
「わかった。ありがとう」

部活の日程が混乱したことで計画を変更しなければならないのはきっと他のクラスも同じはずだ。それなのにどうしてうちのクラスばかり、こんなにぐちゃぐちゃなのだろう。

玄関で靴を履き替える。脱いだ上履きを手に取って、無意識に靴箱に投げ入れていた。がこん、と荒い音がする。

「……ふざけんな」

考えないようにしようとしてもだめだ。どうしても、自分に負わされた荷物の重さを感じてしまう。
クラスメイトはきっと意識していない。言動の端々から勝手に深読みしているだけと言われたらそれまでだ。
それでも、考えずにいられない。任せておけば平気だと、柳井さんがなんとかしてくれると、そう思われているのだろうなということを。
その考えは信頼なんかじゃない。無責任に楽しいところだけやりたいという甘えだ。

歩き出したローファーが乱暴に足音を鳴らす。熱に浮かされた外の空気に、吐きそうになった。