花火の後から家まで帰るのは難儀なので、わたしは美優の家に泊まることにしていた。食べ物のごみやレジャーシートを片付けてみんなと解散し、少し歩くと、ここだよと言って美優が玄関のドアを開けた。

「ただいまー。香帆、どうぞ入って」
「お邪魔します。遅い時間にすみません。これ、つまらないものですが」

両親から持たされていた手土産を渡すと、美優のお母さんはまあまあと恭しく受け取った。

「わざわざお気遣いありがとうね。電車も混むし、今から遠くまで帰るのは大変なんだから、どうぞ気兼ねせずにゆっくりしていって」
「ありがとうございます」

美優のお母さんはにこにこと笑いながら、布団や風呂の支度を調えてくれた。シャワーを浴びて借りたパジャマに着替え、美優の部屋に向かう。入れ替わりで彼女も風呂に向かった。

ひとりになると、いろんな思考が頭の中を埋め尽くす。
ふたりきりになった時の、二度目の告白とか。一緒に眺めた花火とか、盗み見した彼の横顔とか。
スマホが短く震えた。内山くんがさっそく写真を送ってきたようで、みんなが見られるアルバムに何十枚と追加されていた。微妙な違いの花火の写真が何枚も連続していて、江川くんが全部送るのかよとコメントしている。その中に、不意打ちで撮られた渡部くんとのツーショットもあった。

少しだけ迷って、保存する。きっと見返すことなんてないだろうけど。

理沙が動画を送信して、須藤くんも写真を載せて、どんどん今日の思い出が追加されていく。写真も動画もほとんど撮っていかなったわたしは、それをただ眺めるだけだ。

惰性に任せて写真をだらだらとスワイプしていると、新規投稿の通知が鳴った。渡部くんが写真を載せたらしい。アルバムを開き直すと、花火の写真よりもみんなが喋ったりふざけたりしているところの写真が多くなっていた。

《いつの間に!?》
《みんなが花火とか飯に夢中になってる間にね。けっこう、撮るのうまいでしょ》

得意気なコメント。実際、躍動感のある瞬間がうまく切り取られていて、その場の雰囲気が肌で感じられるように思えるほどだ。焼きそばを頬張る江川くんや、ベビーカステラを並べて遊んでいる華恵と美優、花火を見ながら興奮した様子で手拍子をする須藤くんなどなど――自然体のその表情から、さっきまでの夏のイベントの温度が伝わってくる。

「お待たせ」
「おかえり、美優。みんなが写真送ってくれてるよ」
「ほんと? わたしも送っておかなくちゃ。香帆は?」
「わたしは……ほとんど撮ってなかったから」

そっか、と言って、美優はそれ以上何も言わなかった。もともとの性格なのか何か察してくれているのか、深追いしようとしない彼女のスタンスにはいつも助けられている。

「夏期講習が終わって、みんなで花火見て……ようやく夏休みが来たって感じ」
「美優は何か予定あるの?」
「うーん、そうだなあ。来年は受験でそれどころじゃないだろうから、今年のうちに海とかプールとか行きたいよね。ほんとは彼氏と行きたかったけど今年もできる予定はないし……いい人いないかなあ」
「海……プールかあ。夏ならではだもんね。わたしも行きたいな。あ、でも文化祭の準備があるから忙しくなりそう、スケジュール管理とかしないとだし」

文化祭は9月の2週目にある。出し物は夏休み前に決まっていて、わたしのクラスはお化け屋敷をやることになっている。美優のクラスはカフェだと言っていた。夏休みの後半の5日間は文化祭準備期間として校舎が開放され、資材や道具を自由に使えるように生徒会執行部が管理してくれるのだが、5日なんてあっという間だ。夏休みが明けてからだけでは時間がまともに取れないので、この期間にある程度進めなくてはいけない。行事はやるけど準備期間は最低限しか取らないという、進学に熱量を振りすぎたこの学校の悪いところがよく表れている。
けれど、我がクラスには重大な問題が発生していた。

「え? クラスの実行委員がやってくれるんじゃないの? うちは実行委員主体で衣装班と装飾班に分かれて準備を進めるとは聞いてるけど、学級委員は特に出張る必要ないみたいだったよ。わたしは衣装班の仕事をしたらいいだけだもん」
「それが、実行委員の子が家の都合で夏休みに身動き取れなくなっちゃったらしいんだよね。他の子たちも役割分担したはいいんだけど、それも部活の合宿日程が変わったとかで全員集まれる機会があんまりとれなくなったらしくて。来れる人だけで進めても当初のスケジュール通りには進まないから、実行委員をわたしが掛け持ちしてスケジュール練り直すことにしたんだ。部活にも入ってないし、間に合わなくなりそうなら最悪わたしがなんとかすればいいから」
「それはそうかもしれないけど……うちのクラスも、確かに準備班を抜けた子はいるよ。でも代役決めてちゃんと進めてる。他にも手の空いてる人はいるでしょ。メンバーを組み直すとかできないの?」

美優の言うことはもっともだ。普段から定期的な集まりで時間をとられるぶん、行事の実行委員は学級委員以外の人がやるという暗黙のルールがある。それに、そもそも部活や個人の事情を踏まえたうえで準備班の割り当てを決めたので、今更参加できないというのもおかしな話なのだ。旅行会社の不手際でいくつかの運動部の合宿の日程が変わってしまったり、ダンス部と吹奏楽部が地元のイベントに急遽参加することになって練習を優先しなければならなくなったりしたのは完全に想定外だった。

そして、参加できないと言い出す人がいれば、連鎖的に周りも意欲を削がれる。美優の言う通りに、夏休みに動く準備班に臨時で参加してくれる人を募ろうとはした。ただ、ボランティア活動だの家族旅行だのと、なんやかんや理由を連ねて毎日の参加はできないと目を逸らすクラスメイトばかりだった。その理由が嘘か本当かなんて、どうでもいい。彼らが積極的でないという事実だけが大事だ。

どうせそういう生き物だと思った。人間なんて、結局自分がいちばんかわいい。
わかっているから、何も言わなかった。実行委員の子から来た謝罪のメッセージに、大丈夫だよとすぐに返事をした。

「一応、考えたんだけどね。みんなできる限り協力するって言ってくれたんだけど、まとまった人数が集まれる日がかなり少なくて。そうなるととりあえず来れるときに来て定期的に顔を出して……って形になるでしょ。成り立たせるには全体を把握してスケジュール管理できる人がいないとだからさ」
「……無理したらだめだよ。香帆はいつも文句ひとつ言わないでいろんなことを受け入れるから心配だよ。学級委員だって、推薦されたからやってるわけでしょ」
「それはそうだけど。でも、別に苦じゃないよ。もちろん無理はしないけど」

わたしの言葉を訝しむように、美優は眉をひそめる。そんな顔をされたって仕方がない。誰かがやらないといけないし、やるなら結局わたしだ。文句を言ったって他にやる気がある人がいなかったのだから、動けてやる気のある人間が引き受けるのは当然のことなのだ。

「先生に言って、もっとみんなに来てもらったほうがいいんじゃないの」
「……うちの担任が、そんなことしてくれると思う? 荻野先生、行事関係は全部学級委員と実行委員に丸投げだもん」
「た、確かに」

担任の荻野先生は無気力で有名だ。いつも気だるげにしていて、ホームルームもほとんど座っているだけ。最低限の進行だけやって、あとはわたしたちに全部任せてしまう。生徒主体で云々と言っていたけれど、単に面倒なだけなのだろう。

「クラスが違うから直接の助けにはなれないけど……愚痴とか相談ならいくらでも聞くからね。溜め込んじゃだめだからね」
「うん。ありがとね」

そんなことを言ったって、美優だって別に暇なわけじゃない。わたしの相手ばかりするわけにもいかないだろうし、内心面倒がられるのがオチだ。だったらわざわざ時間を使って誰かに話したいとは思わない。
心の中に留めた思いに蓋をする。美優はリビングから持ってきたというリンゴジュースを出してきて、飲みながら語ろうよとまるで酒豪のような笑顔を弾けさせた。