婚約相手は最強悪魔~花魔法使いの令嬢は花粉症の悪魔と恋をする。

 ヴェルゼは地に手と頭をつけ、私に許しを乞うた。

「ヴェルゼ様がそんな格好を……」

 驚きを隠せない様子のエアリー。

 ヴェルゼは自ら強い魔力を捨てた。私のために?
 信じられなかった。

 何故なら〝悪魔ヴェルゼ〟は誰にも媚びることがなく、神に次ぐ強い悪魔。怒らせたら三界を破滅もさせることが出来るとの噂が、人界の間では常識だったからだ。

 想像していたような悪魔とは違った。
 そしてどうせ私には、選択肢はない。

「一緒に暮らす件、承知いたしました」
「いいのか?」
「はい、時間が戻る前のことは何も分かりませんが……私たちは一緒になる運命ですし」

 そうして今日から、未来の旦那となる悪魔ヴェルゼとの共同生活が人界で始まった。

まずはヴェルゼの存在を私たち以外にバレないようにしなければならなかった。本来嫁ぐ際には、私はすぐに悪魔の住処へ行かなければならない。つまり魔界へ。何故なら人界の者達にとって、悪魔の存在は恐ろしいものであったから。ここで少しの期間でも暮らすとなると、知られるだけで大問題になる。

 それならと、ヴェルゼは普段はこのような姿でいれば警戒など抱かれないだろうと変身した。変身した姿は明らかに見覚えのある姿だった。昔はもっと小さな姿だった記憶だが、幼き頃、会ったことのある。

「モフモフ? もしかして私が助けたのって、この姿の時のあなたでしょうか?」

 モフモフの姿になったヴェルゼは頷いた。ヴェルゼと私は、幼き頃に出会っていた――。


***

 ヴェルゼとエアリーがここで暮らし始めて、ひと月が経った時だった。

「ルピナス様、大変です。奥様が……」

 朝目覚めてベッドから立ち上がったばかりの時、メイドが私の部屋に来て叫んだ。ただ事じゃない。床でモフモフに変身して眠っていたヴェルゼとエアリーも起き上がる。

「どうしたの?」
「奥様が倒れて……今医者がこちらに向かってきているところです」
「お母様が?」
「はい、今お部屋で横になっております」

 昨日まで普通に話をして元気だったのに。私は寝間着のままお母様の部屋へ飛びこんだ。
「お母様、どうしたの?」
「ルピナス、慌てなくても大丈夫よ」

 お母様はベッドの上にいた。そして口角を上げ微笑んだ。力のない微笑みを。

 医者の診断によれば、恐らく疲れが原因らしいとのこと。だけどなんだかいつもと違い、違和感が拭えなかった。

 しばらくするとお母様の顔色は落ち着いてきた。部屋に戻り、着替えてリビングの入口前に行くと、こそこそとテーブルの前でお姉様達が話をしていた。私の存在には気がついていない。

「中途半端な量だから失敗したのよ」
「じゃあお姉様がやってよ」
「嫌よ、私は人殺しにはなりたくないもの」
「私だって嫌よ」

 どういうこと?

 動揺しながらふたりの様子を見ていると、モフモフな状態のヴェルゼに足をコツンとされた。私は心を落ち着かせ、何事もなかったかのように、中に入っていった。
 我はルピナスのあとをついていった。家族と食事をしている間、ルピナスはずっと震えていた。

 ルピナスを震えさせる人間の女達は我の目の前にいる。女達は毒の香りを微かに纏っている。そしてルピナスの母親の体内にも、同じ毒の気配を感じた。毒を仕込んだのは、このルピナスの姉と言われているふたりだろう。我の魔力は完全ではないが、ある程度戻っていて、人間など力を入れずとも粉々に出来るのだが、ルピナスのことを考え、我慢した。余計なことをしてルピナスに嫌われたくないからな。

 ルピナスは朝食を終えると、部屋に戻った。我もついていく。部屋に戻ると我は本来の姿に戻り、部屋に鍵をかけた。鍵をかけると部屋で待機していたモフモフ姿のエアリーも本来の姿に戻る。

「母親、体内に毒があったな……」
「毒ですか?」

 我が毒について言うと、ルピナスの顔は真っ青になってゆく。

「毒を盛ったのはそなたの姉達だろう」
「えっ、私のお姉様達がお母様に毒を?」
「あぁ、そうだ」
「うそ……」

 ルピナスは真っ青な顔のまま、口元を手で抑える。

「それでは、ルピナス様のお母様の身辺に起こった出来事を見てみましょうか」
「出来事とは……?」
「お母様がどのようにして、あぁなったのか、真実を確認してみるのです。なので、怪しいルピナス様のお姉様おふたりの様子を……」

 エアリーは過去を覗ける。覗けるだけで、もちろん過去に触れることは出来ないが。エアリーとはもう何百年も一緒にいるが、そんな能力があるなんて、つい最近まで全く知らなかった。エアリーにも過去にも、全く興味がなかったからだ。

それを知ったのは、ルピナスが魔界で亡くなってから。何故自ら命を絶ったのだろうと、ルピナスの亡骸の横で嘆いていたら、エアリーがその能力を使った。ルピナスの過去。つまり、ルピナスの目で見えていた過去の記憶が頭の中に流れる。

 エアリーが覗ける風景を他の者の脳内にも送ることも出来る。我の脳内にも流れてきた。その時に脳内で流れた映像はまず、ルピナスが花魔法で作ったと思われる小さな花の小屋を、我が一瞬で焼き尽くした場面。それから我は鼻先でせせら笑う。ルピナス視点ということは、それを見られてたということか。気が付かなかった。

 焼き尽くす行為は最低だったなと思い、深く反省する。

 それから次々と映像は流れ、我の元へ嫁いでからのルピナスは魔界でひとり苦しみ、泣いていた。そして魔界にいる命を奪う底辺の悪魔に依頼し、永遠に生きるためにかけられた術を解除された。ルピナスは深い森へ自ら迷い込み、そこに湖があり水の底へ……。

 映像はそこで終わった。我は魔法を使い、行方不明になったルピナスを見つけて、水に潜った。そして水の底でルピナスを抱きしめ、一緒に水から上がった。それからはずっとルピナスの亡骸と共に過ごしてた。

 ルピナスを蔑ろにしたことに後悔した。
 魔界で共に暮らしたのは、十年程だろうか。我にとっては短いけれど、ルピナスにとっては長い十年だ。十年もの間ルピナスには冷たく接してしまっていたが、ルピナスはそれにめげずに我に対し優しく接してくれていた。

 いなくなって初めて、我はルピナスに溺愛していたのだと知ったのだ。


 思考は現在に戻る。エアリーはルピナスの姉達の元へ向かった。覗きたい対象が目の前にあるという条件で過去を覗けるらしい。少し経つと、頭の中に映像が送られてきた。
 頭の中にお姉様達の過去映像が流れ込んでくる。
 見覚えのある場所が……家のキッチンだ。そして、映し出されたのは昨日の夕食に食べたスープ。

「お母様のスープに毒を入れた?」
「いいえ、まだ……」

 スープの前では二番目のお姉様が何やら怪しい動きをしている。どうやら私は、一番目のお姉様の記憶の中に。

「早く、早くしないとメイドがスープ取りにくるわ」
「わ、分かったわよ」
「あの人達がいなくならないと、お父様の遺産が回ってこないからね。まずはお母様を消し、そしてルピナスが魔界に消えてからお父様もね……」
 そう言いながら二番目の姉が手に持っていた小さな瓶の蓋を開け、スープの中にそれを入れた。

 それで映像は終わった。

 お母様の命が狙われている。もしもこのままお母様が生きていられても、私はもうすぐここからいなくなる……。というか、今気がついた。お姉様達はもうお嫁に行く年齢過ぎているのに、何故行かないの? お父様の財産目当て? 我が家の財産は全て合わせると膨大な金額だから、それはありえるかもしれない。

 とにかく、お母様が危ない。
 私はすぐにお母様の部屋に駆け込んだ。

 お母様は座りながら本を読んでいた。

「お母様、お話があるのですが……」
「まぁ、どうしたの? こちらに座って」
「お母様、お母様の命が狙われているの」
「……知っていたわ」
「えっ? 知っていた?」
「えぇ、今回の毒も娘達が入れたということもね」
「……お母様は、怖くないのですか?」
「正直、怖いわ。でも、この家を出ても行くあてがないもの。それに、この家にいる限り生活自体、何も困ることないし」

 確かにそうだ。この家にいるから生活には困らない。でもこの家を出たら……。