修復者、時追者、鍵持者――この3人が揃う時、狭間の世界が開くとされている。
中和有珠、千家春彦、そしてもう1人……。偶然ではなく導かれ、引かれ合う様にして出会った。
ここは2010年、猿渡夢夢の屋敷。
「ずるずるずる……」
「ずるずるずる……」
「ずるずるずる……」
3人はだだっ広い台所で、カップ麺をすする。
「のぉ、春彦。わしはこれでも超有名な修復者なのじゃよ……ずるずるずる」
「へぇ、そうなんだ。ずるずるずる……」
「そうですわよ!それはそれはねぇさまの神々しさと言ったらもうっ!きゅんですわ!きゅん!……ずるずるずる」
豆電球の明かりでカップ麺をすすりながら嘆く有珠。きっと、お弁当を買ってもらえるものだと思っていた。
「仕方ないだろう。生活費切り詰めないと、親にはなるべく迷惑かけれないし。それに元々家を吹き飛ばしたのは誰だよ、まったく」
「あぁ!!千家!貴様!まだそれを言うか!!表へ出ろ!この黒子様が成敗してくれるぅ!」
「2人共静かにせい!わしは……焼き肉が食べたいのじゃ!!」
お茶の入れ方もわからない3人は、冷蔵庫にあったペットボトルのお茶を飲む。プリンだけで20個は冷やしてある。プリン買うのやめたら焼き肉弁当食えるのでは?と思ったりもしたが、プリン好きな黒子とまた喧嘩になるので控えた。
「時に有珠。中央病院のメリーって看護師が持っているキーホルダーが、たまたま柏木先生の机にもあったんだが何か共通点があるのかな」
「知らん……ずるずるずる――」
「確か、看護師のメリーは元々あの学校で務めていた。とお猿さんの報告書にあったかと。ですわね?ねぇさま!」
「そうじゃ!黒子の言う通りじゃ」
「有珠はさっき、知らん、て言っただろ……。でもそれならメリーと柏木先生の繋がりは無いと見ていいな」
「なんじゃ千家。貴様は探偵にでもなる事にしたのか?」
「違うよ、これだけ色々あると気になる事が多すぎて……1個ずつ解決しときたいだけだ。でも探偵かぁ……まだ就職先も考えて無いんだよなぁ」
有珠はごちそうさまをすると、真面目な顔でこっちを向く。
「千家よ。明日、東方理子を見に行くのじゃが心しておけよ」
「な、何だよ。改まって……」
「推測通り、東方理子が長期に渡り入院しているとなると、長年緑子の毒を服用し見る影も無い、と言う事じゃ。貴様は白子の変装した東方理子しか見ておらぬじゃろ。心して明日は行くが良い」
「だ、大丈夫だよ。病院で管理されてるんだろ?そんな事では驚かない――」
………
……
…
――翌日。
猿渡夢夢の報告通り、理子の入院する東棟の病室に向かう。
学校へは通院の為と連絡をし、朝から病院に来ていた。怪我をしたのが夏休みでなければ出席日数もギリギリだったかもしれない。
黒子がナースステーションで、東方理子の親戚を名乗り面会に向かう。
病室に入り、理子の姿を見て愕然とした。
「うっ……ちょっと、ごめん。トイレに行ってくる……」
「はぁ。だから言うたではないか。心しておけと……黒子。毒消しと鼻くそじゃ」
「はい!ねぇさま!!」
理子は全身に生命維持装置のようなコードが付けられ、点滴、心電図、酸素マスクを付けていた。
それより驚いたのはその姿だ。まるでお婆ちゃん……肉は痩せきってシワだらけ、骨が浮き出た腕は今にも折れてしまいそうだった。
何歳からこの状態なのだろう。生きているのが不思議だった。
トイレから帰ると、黒子による処置は終わっていた。部屋の外では夢夢が見張りをしている。
「千家、気分はどうじゃ?」
「あぁ……ちょっとびっくりしたんだ。健康的な理子の姿しか知らなかったから……こんな事になっていたなんて」
「まぁ、予想通りじゃ。緑子の毒で徐々に弱り、死ぬる一歩手前で生かされておる」
「なぜこんな事をするんだ……」
「東方理子の生命力、精神力……毒をもって弱らせ、すべてのエネルギーを緑子が吸っておったのじゃろう。毒が切れれば死ぬ。白子は昨日、東方理子に見切りをつけたのじゃ」
「そうですわね。あと1日でも処置が遅れればこの者は死んでいたでしょうね。この毒は覚醒剤と同じで切れたら激しい痛みと幻覚作用がありますわ」
「だから白子は昨日、お婆ちゃんは癌で長くない、と言ったのか……」
「おそらく。この毒はこの時代には存在しない細菌。ここの医学では到底治せないでしょう」
「治るのか?」
「もちろんですわ。先程、点滴に解毒剤と回復剤を入れましたので……おそらく3日程度あれば気が付くかと」
「そうか、ありがとう。黒子」
「千家にお礼を言われる筋合いはありませんわ。私はねぇさまの――」
「わかったわかった。そう言うと思ったよ」
「それでじゃ。東方理子はこれで助かるとして、後は緑子の遺体じゃな。この病院の遺体安置室にも行かねばなるまい」
「そうですわね。緑子が修復者である以上、遺体の回収は致しませんと……」
「遺体の回収!?ぼ、僕はちょっとパスかもしれない……はは……は……」
「うむ。黒子、千家とは後で落ち合うとして遺体安置室に入る方法を調べるかの」
「はい!ねぇさま!」
理子の病室で有珠と黒子と別れ、僕は真弓のお見舞いに向かう。ロビーで一息つこうとジュースを買い、ソファに腰掛ける。
「おや?よくお会いしますなぁ、千家さん」
「え?あぁ……片桐刑事さん。おはようございます。今日はどうされたのですか?」
「また奇妙な事件が起きましてね。遺体安置室の……と、あなたに話す事では無いですね。西奈真弓さんは順調に回復されているそうですよ。良かったですね」
「はは、僕は何もしてないので真弓の回復力ですかね!」
「僕は……ですか?そうですねぇ、人知を超える何かが作用しているのかもしれませんねぇ。おっと、院長を待たせているのでこれで失礼しますよ――」
「はい、また――」
片桐刑事はそう言うと行ってしまった。何かに勘づいてる?様な事を口走ったが、誘導尋問かもしれないのでそれ以上は詮索するのをやめた。
真弓の病室を訪ねると、真弓は昨日と変わらず笑顔で迎えてくれた。もう真弓をこの事件に巻き込ませたくない、と強く思う。その為には早くこの事件を解決しなければならない。しばらく真弓と話をした後、病室を後にしロビーへと向かう。
一刻も早く白子を捕まえたい。しかし捕まえてどうするんだろう?前に有珠が言っていた麻雀協会みたいな名前の所に送り返すんだろうか。そもそも有珠達はいつまでこっちの世界にいられるのだろう――。
ロビーに戻ると、有珠と黒子と夢夢が待っていた。深刻そうな顔をして話をしている。
「どうしたんだ、3人共」
「あぁ、千家か……。黒子、猿渡よ。一旦戻るぞ……」
「はい……ねぇさま……」
「はい……」
――猿渡の屋敷。
一旦猿渡の屋敷に戻る。途中で夢夢は買い出しをして帰ると言うので別行動となった。
「実はな……」
「どうしたんだ?病院で何かあったのか?」
「うむ。東方理子の件はこれで落ち着いたのじゃが、柳川緑子がな……」
「遺体安置室にあるって言ってたやつだな」
「……無くなっていたのよ。頭部だけが……」
「!!?」
「昨日、白子はリュックを背負っておったのぉ……たぶんあれじゃ」
「白子は何をする気なんだ……?そもそも頭部だけ……切ったのか……うぅっ!」
「千家、吐くならトイレで吐きなさい。ねぇさまの前で失礼です」
「す、すまん……ちょっとトイレに……」
トイレから戻ると、夢夢が帰ってきてお茶を煎れてくれる。
「夢夢、ありがとう」
「いえ、大丈夫ですか」
「あぁ、落ち着いた……有珠すまない。続きを頼む」
「……ここからが本題じゃ。千家よ、以前屋上でわしが言った事を覚えておるか?」
「屋上……あぁ、歴史上の自然災害は人知ではどうする事も出来ない。同じ歴史は繰り返される、だったか」
「そうじゃ。わしら修復者は歴史の壁の修復を任されておる。未来で起こり得る歴史に変化が生じる場合は元の状態に戻さねばならん」
「それと緑子が関係するのか?」
「千家……人柱と言う言葉をご存知で?」
「人柱?昔話のやつだろ。災害や不況の時に人間の命を神に捧げるとか言う……」
「そうじゃ。白子はあろうことか、緑子……修復者を人柱にし、すでに遺体安置室で呪術を行った形跡があったのじゃ」
「でも人柱と言う事は災害が止まるとか、不況じゃなくなるとか、良い事じゃないのか?」
「はぁ……逆じゃよ。目の前の小さい災害を止めると言う事は、その先の災害の規模を大きくすると言う事じゃ」
「なっ!その先で調整されてしまうのか!」
「ようやく理解できたようじゃな。もし白子が近い将来起きるであろう災害に、その日までに起きるはずであった災害をさらに重ねたら……」
「ねぇさま……この国……日本が消滅しますわね……」
「そうじゃな。かなりの数の人間が死ぬことになる」
「そんな……」
台所に沈黙が訪れる。裸電球が点滅し、水道の蛇口から流し台に落ちる水の音が響く。
各々が情報は共有出来た。しかし、何をどうすればいいのか。白子をどうやって説得するのか。頭の中はいっぱいだった……。