街へ戻ると今度は南の地区へ向かった。大通りをしばらく行くと港が見えてきた。港は石造りの城壁に囲まれている。海につながる港の出入り口には両側に塔が立ち、海からの外敵の侵入に備えている。港は石積みの岸壁で作られ、かなりの広さだが、停泊している船は小型の帆船が五、六隻見られるだけで数は少なく、港に活気が感じられない。経済が停滞しているためか、海上交易はあまり盛んでなさそうだ。
海の向こう、南の方角には遠くに山々が連なっている様子がみえる。あれがミックの言っていた王都の南にある山脈だな。確かに東西に長く連なっており、海から流れてくる雨雲は山の向こう側に雨を降らせるだけで、こちらに雨をもたらすことはないのだろう。
雲一つなく晴れた秋の青空を背景に山々が生える雄大な景色を見ていると、久しく感じたことのなかった、すがすがしさが心を満たした。
しかし、そんな爽快な気分は長続きしなかった。海に近づくと嫌なにおいがしてきたからだ。潮の香りというのは強烈なものだが、このにおいはそれだけではない。海面を良く見ると、どこかで見覚えのある茶色っぽい棒状の物体が一面に浮かんで波に揺られている。
「ミック、あの海面に浮かんでいるものは、なんだ?」
「陛下、あれは・・・ウンチでございますな」
「は?」
「ですから、ウンチ・・・」
「やっぱり、あれはウンチなのか。なぜ港がウンチだらけなんだ?」
「なぜと申されましても、汚物を海に捨てるのはあたりまえです。このあたりの住人は汚物を海に捨てるので、まだマシなほうですが、街の北の方へ行くと捨て場がなくて、道端に山積みになっております」
まじかよ。そういえば思い出した。この異世界は中世時代である。中世ヨーロッパの都市ではトイレで用を足すのではなく、おまるや手桶のようなものの中に用を足し、それを川に流したり、そのあたりに無造作に捨てていたという。酷い場合は、窓から投げ捨てることもあったらしい。貴族の集まる華やかな宮殿も、庭は例のモノで溢れていたという。俺も城で何気なく用を足していたが、あれも使用人がどこかに捨てているんだろう。
「城でも汚物は海まで運んで捨てているのか?」
「いえいえ、城の裏庭にある『穴』に捨てております」
「城の裏庭に穴があるのか」
「はい。ちょうどうまい具合に、石で囲まれた深い穴があいておりまして、面倒なので城中の汚物はすべてそこへ捨てております。もう何十年も毎日のように汚物を捨てておりますが、埋まってしまう気配が無いところをみると、相当に深い穴だと思われます」
なんだそりゃ、ん? 古城の裏庭にある石で囲まれた深い穴って・・・。
「もしかして、その穴は地下ダンジョンの入り口じゃないのか?」
「はあ、アルカは数百年も続く古い都市ですから、城の地下に巨大なダンジョンがあっても不思議はありません。ダンジョンの入り口かも知れませんが、誰も穴の中に入って確認したものはおりませんので、なんとも・・・」
そりゃあ、毎日ウンチを捨てている穴に入って確認するほど勇気のある奴なんかいるわけない。それにしても、いくら海まで捨てに行くのが面倒だからって、城中のウンチを毎日ダンジョンに捨てるなんてまずいだろ。
もしそこが、いにしえの地下墓地だったらどうするんだ。間違いなく古代の霊魂に呪われるな。尻が腫れるだろ。いや、近年のアルカナの干ばつは、地下墓地をウンチで冒涜していることが原因かも知れないぞ。それに、ダンジョンを満たす禍々しい霊気の影響で、捨てられた膨大なウンチが一体化して、巨大モンスターに生まれ変わったらどうするんだ。放送禁止モンスター「ウンチ・スライム」の誕生だ。
王都アルカでは食べる方の確保も問題だが、出す方の処理も問題だ。出す方を放置すれば不快なだけではなく、伝染病が流行して大変なことになるかも知れない。気兼ねなく出すことができるようにすることも王国の課題の一つだろう。
ところで汚物問題を中世ファンタジー系のアニメでは決して描かない。そりゃあ、それをリアルな絵にすると視聴者からクレームが殺到すること間違いなしだからな。それにしても、なぜこの異世界だけ「汚物問題が異常にリアル」なんだろう。誰かの趣味か。
驚愕の王都視察を終えた俺は城へ戻って夕食を取った。幸いなことに出された食事にイモムシは入っていなかった。もっとも、ミートボールのような料理になってしまえば、何の肉かわからない。見た目がイモムシそのものでなければ大丈夫だろう。
ようやく一人になって寝室に戻るとソファに座り、スイカのジュースを飲みながら一息ついた。アルカナはきれいな水が確保できないため、飲み水の代わりにスイカのジュースを良く飲む。スイカは乾燥に強いのでたくさん獲れるらしい。
考えてみると怒涛のように数日が過ぎ去った。実に不思議な気分だった。コンビニのバイトで生きながらえてきたワーキングプアの俺が、今やなんとアルカナ国の国王アルフレッドという立場なのである。日頃からロールプレイングゲームに興じてきた俺にとって、誰かの役を演じることは慣れているから大きな違和感はない。ただし「中身が本物の国王じゃない」とバレることが心配である。
ところで、よくある異世界転生アニメでは、まるでゲームよろしく呪文を唱えるだけで自分のレベルやステータスが目の前に現れて確認できたりする。そういう便利機能がこの異世界にはないのだろうか。ダメ元で試してみることにした。
俺は人差し指をゆっくり体の前に突き出すと大声で叫んでみた。
「ステータス オープン」
やっぱり何も表示されなかった。が、その代わり、突き出した指の向こうからキャサリンが現れた。
「お兄様、何をおかしな事を言っているの?まだ頭に毒気が残っているのかしら」
「うわわ、他人の部屋に入るときはノックしろと教わらなかったのか」
「これはサプライズですわ。毎日の生活に適度な刺激は必要だと思うの」
すでにサプライズ過剰だろ。もっと刺激を減らしてほしいんだけど。
転生アニメと言えば、美しい女神さまから特殊能力やチート武器を授かったりするものだが、この異世界では女神様なんか全然出てこない。しかも今のところ授かったものと言えば、目の前にいるS属性の妹だけである。
「ところでキャサリンは何しに来たんだい」
「わたくしはお兄様が心配だから様子を見にきただけですわ。命を狙われたばかりなんですから、用心しなきゃいけないの。それにお部屋に不審者が侵入しないとも限りませんわ」
いや、すでにキャサリンという名前の不審者が俺の目の前にいるんだが。俺はため息をつきながら呆れ顔で言った。
「誰もこの部屋に侵入できるわけないだろ、ここをどこだと思ってるんだ、塔の四階だぞ」
と言うや否や、突然、窓からエルフのルミアナが入ってきた。
「すみません、お邪魔します」
「うわわ・・・なんだなんだ、ルミアナがどうしてここへ」
「都合の良い時に王城へ来るよう陛下から言われましたので、早い方がよろしいかと」
「いくらなんでも早すぎるだろ。それに、なんで窓から入ってくるんだ、しかも夜だし」
「あらすみません、つい、いつもの癖で・・・」
「どういう癖なんだよ」
「私は普段、偵察やスパイの仕事を請け負っています。ですから依頼主のお宅にお邪魔するときも、誰にも姿を見られないよう、いつも夜中に窓から忍び込みますので」
完全に不審者である。まあ偵察やスパイと言えば、そもそも不審な仕事なわけで、そういう人材を雇った俺も悪いのだが。
キャサリンがいきりたった。
「まああ、この女エルフはお兄様の様子を偵察しにきたのですわ、危険ですわ」
そういうキャサリンだって、俺が何をしてるのかを偵察しに来たんだろ。この異世界に国王のプライバシーは無いのか。
「わかったわかった、ルミアナには、城の空き部屋を使ってもらうようにミックにお願いするから、今日はそっちで休んでくれ」
「それと、キャサリンはもう寝なさい。夜更かしすると肌が荒れるぞ」
なんとか二人を部屋から追い出すと、もう疲れたので寝ることにした。
海の向こう、南の方角には遠くに山々が連なっている様子がみえる。あれがミックの言っていた王都の南にある山脈だな。確かに東西に長く連なっており、海から流れてくる雨雲は山の向こう側に雨を降らせるだけで、こちらに雨をもたらすことはないのだろう。
雲一つなく晴れた秋の青空を背景に山々が生える雄大な景色を見ていると、久しく感じたことのなかった、すがすがしさが心を満たした。
しかし、そんな爽快な気分は長続きしなかった。海に近づくと嫌なにおいがしてきたからだ。潮の香りというのは強烈なものだが、このにおいはそれだけではない。海面を良く見ると、どこかで見覚えのある茶色っぽい棒状の物体が一面に浮かんで波に揺られている。
「ミック、あの海面に浮かんでいるものは、なんだ?」
「陛下、あれは・・・ウンチでございますな」
「は?」
「ですから、ウンチ・・・」
「やっぱり、あれはウンチなのか。なぜ港がウンチだらけなんだ?」
「なぜと申されましても、汚物を海に捨てるのはあたりまえです。このあたりの住人は汚物を海に捨てるので、まだマシなほうですが、街の北の方へ行くと捨て場がなくて、道端に山積みになっております」
まじかよ。そういえば思い出した。この異世界は中世時代である。中世ヨーロッパの都市ではトイレで用を足すのではなく、おまるや手桶のようなものの中に用を足し、それを川に流したり、そのあたりに無造作に捨てていたという。酷い場合は、窓から投げ捨てることもあったらしい。貴族の集まる華やかな宮殿も、庭は例のモノで溢れていたという。俺も城で何気なく用を足していたが、あれも使用人がどこかに捨てているんだろう。
「城でも汚物は海まで運んで捨てているのか?」
「いえいえ、城の裏庭にある『穴』に捨てております」
「城の裏庭に穴があるのか」
「はい。ちょうどうまい具合に、石で囲まれた深い穴があいておりまして、面倒なので城中の汚物はすべてそこへ捨てております。もう何十年も毎日のように汚物を捨てておりますが、埋まってしまう気配が無いところをみると、相当に深い穴だと思われます」
なんだそりゃ、ん? 古城の裏庭にある石で囲まれた深い穴って・・・。
「もしかして、その穴は地下ダンジョンの入り口じゃないのか?」
「はあ、アルカは数百年も続く古い都市ですから、城の地下に巨大なダンジョンがあっても不思議はありません。ダンジョンの入り口かも知れませんが、誰も穴の中に入って確認したものはおりませんので、なんとも・・・」
そりゃあ、毎日ウンチを捨てている穴に入って確認するほど勇気のある奴なんかいるわけない。それにしても、いくら海まで捨てに行くのが面倒だからって、城中のウンチを毎日ダンジョンに捨てるなんてまずいだろ。
もしそこが、いにしえの地下墓地だったらどうするんだ。間違いなく古代の霊魂に呪われるな。尻が腫れるだろ。いや、近年のアルカナの干ばつは、地下墓地をウンチで冒涜していることが原因かも知れないぞ。それに、ダンジョンを満たす禍々しい霊気の影響で、捨てられた膨大なウンチが一体化して、巨大モンスターに生まれ変わったらどうするんだ。放送禁止モンスター「ウンチ・スライム」の誕生だ。
王都アルカでは食べる方の確保も問題だが、出す方の処理も問題だ。出す方を放置すれば不快なだけではなく、伝染病が流行して大変なことになるかも知れない。気兼ねなく出すことができるようにすることも王国の課題の一つだろう。
ところで汚物問題を中世ファンタジー系のアニメでは決して描かない。そりゃあ、それをリアルな絵にすると視聴者からクレームが殺到すること間違いなしだからな。それにしても、なぜこの異世界だけ「汚物問題が異常にリアル」なんだろう。誰かの趣味か。
驚愕の王都視察を終えた俺は城へ戻って夕食を取った。幸いなことに出された食事にイモムシは入っていなかった。もっとも、ミートボールのような料理になってしまえば、何の肉かわからない。見た目がイモムシそのものでなければ大丈夫だろう。
ようやく一人になって寝室に戻るとソファに座り、スイカのジュースを飲みながら一息ついた。アルカナはきれいな水が確保できないため、飲み水の代わりにスイカのジュースを良く飲む。スイカは乾燥に強いのでたくさん獲れるらしい。
考えてみると怒涛のように数日が過ぎ去った。実に不思議な気分だった。コンビニのバイトで生きながらえてきたワーキングプアの俺が、今やなんとアルカナ国の国王アルフレッドという立場なのである。日頃からロールプレイングゲームに興じてきた俺にとって、誰かの役を演じることは慣れているから大きな違和感はない。ただし「中身が本物の国王じゃない」とバレることが心配である。
ところで、よくある異世界転生アニメでは、まるでゲームよろしく呪文を唱えるだけで自分のレベルやステータスが目の前に現れて確認できたりする。そういう便利機能がこの異世界にはないのだろうか。ダメ元で試してみることにした。
俺は人差し指をゆっくり体の前に突き出すと大声で叫んでみた。
「ステータス オープン」
やっぱり何も表示されなかった。が、その代わり、突き出した指の向こうからキャサリンが現れた。
「お兄様、何をおかしな事を言っているの?まだ頭に毒気が残っているのかしら」
「うわわ、他人の部屋に入るときはノックしろと教わらなかったのか」
「これはサプライズですわ。毎日の生活に適度な刺激は必要だと思うの」
すでにサプライズ過剰だろ。もっと刺激を減らしてほしいんだけど。
転生アニメと言えば、美しい女神さまから特殊能力やチート武器を授かったりするものだが、この異世界では女神様なんか全然出てこない。しかも今のところ授かったものと言えば、目の前にいるS属性の妹だけである。
「ところでキャサリンは何しに来たんだい」
「わたくしはお兄様が心配だから様子を見にきただけですわ。命を狙われたばかりなんですから、用心しなきゃいけないの。それにお部屋に不審者が侵入しないとも限りませんわ」
いや、すでにキャサリンという名前の不審者が俺の目の前にいるんだが。俺はため息をつきながら呆れ顔で言った。
「誰もこの部屋に侵入できるわけないだろ、ここをどこだと思ってるんだ、塔の四階だぞ」
と言うや否や、突然、窓からエルフのルミアナが入ってきた。
「すみません、お邪魔します」
「うわわ・・・なんだなんだ、ルミアナがどうしてここへ」
「都合の良い時に王城へ来るよう陛下から言われましたので、早い方がよろしいかと」
「いくらなんでも早すぎるだろ。それに、なんで窓から入ってくるんだ、しかも夜だし」
「あらすみません、つい、いつもの癖で・・・」
「どういう癖なんだよ」
「私は普段、偵察やスパイの仕事を請け負っています。ですから依頼主のお宅にお邪魔するときも、誰にも姿を見られないよう、いつも夜中に窓から忍び込みますので」
完全に不審者である。まあ偵察やスパイと言えば、そもそも不審な仕事なわけで、そういう人材を雇った俺も悪いのだが。
キャサリンがいきりたった。
「まああ、この女エルフはお兄様の様子を偵察しにきたのですわ、危険ですわ」
そういうキャサリンだって、俺が何をしてるのかを偵察しに来たんだろ。この異世界に国王のプライバシーは無いのか。
「わかったわかった、ルミアナには、城の空き部屋を使ってもらうようにミックにお願いするから、今日はそっちで休んでくれ」
「それと、キャサリンはもう寝なさい。夜更かしすると肌が荒れるぞ」
なんとか二人を部屋から追い出すと、もう疲れたので寝ることにした。