いまだエニマ国との戦争は続いていたが、ジャビ帝国の大軍を退けて王都アルカの防衛に成功したことは、兵士たちの自信を大いに高めることとなった。兵士たちをねぎらい、これからの戦いにはずみを付けるために、俺は王城で戦勝祝賀会を開催した。

 今回の主役は兵士たちなので、多少の無礼講は致し方ないところだ。ルミアナを始め、仲間たちも盛り上げに協力してくれるという。仲間たちと兵士の懇親を深めるために良い機会かも知れない。

 兵士たちの一番人気はサフィーである。王城の広場に作られた急ごしらえのステージは、黒山の人だかりとなった。プロポーション抜群のサフィーがダンスを踊って見せると言うのだから、興味のわかない男は居ない。マントを纏ったサフィーがステージに上がると、拍手と歓声が沸き起こり、大変な盛り上がりである。

 宮廷の音楽隊が演奏を始めると、曲に合わせて体をくねらせたり、腕を差し上げたりして踊り始めた。魔界で流行していた「誘惑のダンス」だそうだ。曲が進むと身に着けたマントを投げ捨て、ビキニ姿になった。いつもとは違う赤い色のビキニだ。どよめきが沸き起こり、叫ぶもの、口笛を鳴らすもの、リズムに合わせてテーブルを叩くものなどが溢れ、会場は興奮の坩堝(るつぼ)と化した。 

 俺も興味津々だったが、目の前にはキャサリンとレイラが怖い顔をして座っているので、ステージの方に顔を向けることができない。カザルが言った。 

「いやあ、さすがサフィー殿はすごい人気ですな。これで兵士どもは、みなサフィーの奴隷ですぜ」

 キャサリンがむくれ顔で言った。

「なによ、みんないやらしいんだから、嫌になりますわ」

「怒ってないで、あっしらも負けずにステージに上りやしょう」

「ふ~ん、どうせカザルの事だから、『わたくしがカザルをムチで打つ、ムチ打ちショー』なんて言い出すんでしょう。カザルの発想はワンパターンだから、つまらないのですわ」

「へ、へえ、そうでやすか。じゃあ、お嬢様はどんな芸を披露なさりたいんで?」

「わたくしがお兄様をムチ打ちするショーですわ」

 お前も同じだろうが! どこの世界にステージ上で妹にムチ打ちされる国王がいるんだ。そんなものお前が喜ぶだけで、誰も見たいと思わないぞ。

 ルミアナがカザルに言った。

「じゃあ、カザルの頭の上にリンゴを乗せて、わたしが目隠ししたまま、左手で矢を射るのはどうかしら。見事にリンゴを射抜きましたらご喝采」

「すげえな、さすがはエルフ。そんなんで、本当にリンゴに当たるんですかい」

「やったことはないけど、たぶん当たると思うわ。やりましょう」

 カザルが飛び上がった。

「うへえ、冗談じゃないですぜ。あっしを何だとおもってるんで」

「大丈夫よ、サフィーの防御魔法<皮膚硬化(ハーデニング)>をかけておけば、頭に矢が刺さっても死ぬことはないわ。死ぬほど痛いらしいけど、我慢すればいいのよ」

 無茶苦茶である。横で話を聞いていたナッピーが言った。

「楽しくするんなら、わたしの家の裏庭にいっぱい生えてる『わらい毒キノコ』の胞子を撒き散らすのはどう? みんな狂ったように大笑いするの。楽しいでしょ」

 俺はナッピーに言った。

「おいおい、それは楽しいから笑ってるんじゃないぞ。毒で笑ってるだけで、本人はちっとも楽しくないだろ」

 ステージ上ではサフィーの踊りが終わったようだ。興奮した兵士の一人がステージに駆け上がると観客の兵士に向かって叫んだ。

「よ~し、オレはサフィーのお姉ちゃんと酒飲みで勝負だ! オレが勝ったらビキニを脱いでもらう。オレが負けたら、銀貨10枚を払うぞ」

 サフィーは横目で男を見ると、目を細めてわずかに微笑んだ。

「うふふ、われに酒飲みで勝負を挑むとは、お主も身の程しらずじゃな。よいぞ、受けて立とうではないか」

「やっほー、うはははは、俺は『底なしのディック』って言われてるんだぜ! この勝負、もらったあ。ピース、ピース」

 兵士がステージ上で周囲の兵士たちに盛んにアピールしている。それにしてもサフィーに酒飲み勝負で挑むとは馬鹿なやつだな。サフィーは魔族だし、おまけに胃袋が異次元にあるから、まさに底なしなんだ。こりゃあ、泥酔者が続出するな。

 レイラが、こそこそと俺に近寄って来ると、話しかけてきた。

「みんな無茶苦茶ですね」

「まあ、今日は無礼講だから。それに、これからの戦いでも活躍して貰わないと」

「あの・・・ところで、わたし、最近女らしい趣味を持とうと思って、編み物を始めました」

 は? なんで今、その話題なんだ? まあいいか、無礼講なんだし。

「そうなのか。いろいろなことに挑戦するのはいいことだよ。で、どんな具合なんだ」

「うまくできないです。編み棒が指にグサグサ刺って・・・編み物が血まみれになってしまいました。私に編み物は向いていないのでしょうか」

 うへ、それは痛そうだな。編み物で血まみれとか不器用にもほどがあるだろ。間違いなく編み物はやめた方がいい。しかし、そう言ってしまえばレイラが傷つくかも知れない。

「いや、そんなことはない。最初はみんな血まみれになって編み物をするんだよ。編み物は糸との戦いだ。とにかく焦らずにゆっくりやれば、けがをすることはないと思うよ。それでレイラは何を編んだんだい」

「手袋です。持ってきました。これから寒くなりますので陛下にプレゼントしようと思って。あ、ちゃんと洗ってありますので、血まみれじゃないです。付けてみてください」

「それはありがとう・・・ん? 指が無いようだが」

 手袋というか、単なる袋だ。俺の手は猫のようになってしまった。

「まだ指の部分の作り方がわからなくて・・・。次はセーターを編んでみます」

 う~む、この調子だと首が出せないセーターとか編んでくるかもしれんな。

 突然、背後から大声が聞こえてきた。

「おい、レイラ! ワシだ。元気にしていたか、わははは」

「お、おやじ・・・なんでここへ?」

「お前がトカゲどもとの戦いで大活躍しているという噂を聞いて、うれしくて、ど田舎村から歩いて会いにきたんだ。おお、これはアルフレッド陛下、お目にかかれて光栄です。できの悪い娘が大変お世話になっております」

 なんと、レイラのおやじさんが娘の様子を見に来たのか。このおっさんが幼少の頃からレイラを男のように鍛え上げたという「ど根性おやじ」か。歳のせいか頭髪は一本も無くなっているが、すごい身体(からだ)をしている。ゴリラ並みの筋肉だ。やっぱり、この肉体がレイラに遺伝したんだろうな。俺は丁寧に会釈すると、レイラのおやじさんに言った。

「はじめまして、レイラのお父様ですか。レイラの献身的な貢献には、いつも感謝しております。今回の戦いでも目覚ましい働きを見せてくれました」

「いやあ、そんなに褒めていただくと恥ずかしいですなあ。それにしても、あれだけやんちゃだった娘が、すっかり一人前の騎士らしくなって感無量です」

「ほう、子供の頃は、そんなにやんちゃだったのですか」

「そりゃもう大変でした。いつぞやは『尻がでかい女』とバカにしてきた隣町の不良グループを一人で全員半殺しにして、全裸で逆さに木に吊るしたとかで、大騒ぎになりました」

「ななな、何を喋ってるの、バカ変態親父! へんなこと言わないでよ」

 俺はこわばった作り笑いを浮かべながら、二人に言った。

「いやあ、子供の頃は恥ずかしい思い出がいっぱいあるものですよ、ははは」

 そう、子供の頃にキャサリンがアルフレッドに仕掛けていた、数々の恥ずかしいことに比べれば、たいしたことではない。俺はレイラのおやじに尋ねた。

「ところで、レイラは、おやじさん似なのでしょうか」

「いいえとんでもない、全然違いますよ。むしろ、かあちゃんにそっくりですわ。うちのかあちゃんは『熊殺し』の二つ名を持つ女で、村一番の怪力ですわ。レイラに瓜二つ」

 マジか、どんなかあちゃんなんだ。人間離れしてるだろ。もしかすると本物のゴリラか、いや、巨人族か・・・うわ、おやじさんが余計なことをべらべら喋るものだから、レイラの顔つきがだんだんとヤバいことになってきた。かなり怒ってるだろこれ。

 レイラのおやじが、俺の手にかぶさっている袋を見て言った。

「ところで、陛下の手の袋はどうされたんですか?怪我でもされたのですか?」

「ああ、これはレイラが編み物を始めて、私に手袋を編んでくれたのです。まだ指の部分が付いていないので、物を握るには不自由なんですが、まあ、温かいですよ・・・」

 レイラのおやじが大笑いしながら言った。

「はあ? 編み物だと? わははははは、これのどこが手袋なんだ。レイラ、お前には編み物なんて無理だ。あれは女がやるものだ。お前は『牛の丸焼き』とか、そっちの趣味の方があってるぞ。肉を食う意味でも実用的だぞ。編み物なんか、やめとけ、やめとけ」

 うわ、言ってはいけないことを言っちまった。レイラの顔が真っ赤になった。

「うるせえ、くそオヤジ! 黙って聞いてりゃ、べらべらしゃべりやがって。今日こそ、その減らず口が二度と叩けないようにしてやる」

「お、やろうってのか。百年早いわ小娘が。剣を抜け」

 親子の戦いが始まった。激しくぶつかり合う剣、続けざまに響き渡る金属音と飛び散る火花。騒ぎを聞きつけた酔っ払いの兵士たちが、わらわらと集まってきた。大喜びで手をたたき両者に声援を送っている。たちまち賭けが始まった。

「おれは、レイラ様の勝利に銀貨1枚」

「おらあ、ハゲ親父に銀貨2枚」

 いつの間にやら、ステージ上にはカザルが担ぎ上げられ、柱に縛り付けられている。その頭上にはリンゴが載せられ、カザルが絶叫している。サフィーがカザルに近寄り、やさしくハゲ頭をなでると<皮膚硬化(ハーデニング)>をかけた。ルミアナが目隠しをして、左手で弓を構えた。

 一方、すっかり酔っ払ったキャサリンが、ムチを持って誰彼かまわず追いかけまわし、ひっぱたいている。兵士たちはおおげさに叫びながら喜んで逃げ回っている。我が軍の兵士は、みな変態なのか?

 ステージ上では、ルミアナが放った矢の手元が狂ってサフィーの頭に刺さり、二人が喧嘩になっている。

 そこへ、ナッピーが現れた。兵士たちが目を細める。

「お、ナッピーちゃんじゃないか、かわいいね」

「ホント、天使のようだね」

 天使のようなナッピーの両手には、毒々しい極彩色の色を放つ巨大なきのこが握りしめられている。ナッピーが、あははは、と笑いながら両手をふりふり走り回る。たちまちピンク色の胞子がきのこから舞い上がると、それを吸い込んだ周囲の兵士が床に転がってわらいはじめた。

 もはや無礼講どころの騒ぎではないぞ。変態乱痴気騒ぎである。こんなんで、エニマ国に勝てるのだろうか。しかし、すでにピンク色の胞子を吸い込んだ俺は、おかしくてたまらなくなってきた。うははは、あはは、いひひ・・・。