けたたましく鳴る目覚まし時計に手のひらを添え、カチッとボタンを押す。
朝目が覚めた時にも夜眠るその瞬間にもまず最初に考えるのは今日も君のことだった。
その次に私のこと。
君を考えている時は私がだらけている時だ。

ある時は君の握るシャーペンに、またある時は君の飼っている小鳥になりたいと思った。本気で思った。
そんなことを考えている場合じゃないのは私が1番理解している。
近づくタイムリミットに逆らってまでこの気持ちを連れていくわけにはいかない。
だからこの恋は始められない。
始まる前に終わらせなければならない。
そう考えれば考えるほどに指と指の間から感情がこぼれ落ちていく。

君と初めて言葉を交わしたのはたしか3ヶ月前だった。
教室の窓側から春の優しい日差しが差し込んで、先生の話がふわふわとしたBGMに聴こえて、うとうとしていたところ後ろに座っていた君が肩を叩いてきた。
振り返って目に入った君の笑顔に素敵な夢をみせられていると思った。次の瞬間彼は私の名前を抑えた低めの声で呼んで、「僕も眠いから寝ちゃおうかな」っていたずらそうに言った。愛おしいと思った。たまらなく髪に、肌に、心に触れたいと思った。
目覚まし時計よりも大きい心臓の音に私の中の感情はみな叩き起されていた。
暴れる感情をどうにか抑えてか細い声で言った「うん」という言葉はちゃんと君に届いたようで安心した。
それから少しずつ挨拶を交わすようになった。
今では会話のラリーも結構続いてるんじゃないかな、と私は勝手に思う。
君が音楽を聴こうとしているところを狙って何聴こうとしてるの?なんて聞いたりして、君が答えたあまり有名じゃないバンドの曲を家で再生して小さな私の宝物にする。
君のあの笑顔を見た時からとっくに私の心は奪われてる。
そんなことで人を好きになるなんてと思うかもしれない、けど案外そういう小さなことで自分の心が大きく揺さぶられる瞬間が結構ある。
そういうわけでどうやら私は恋をしてしまったらしい。
始まらせる訳にはいかない試合のブザーが鳴ってしまった。鳴らしてしまった。鳴らされてしまった?

まずは君の好きなタイプを知りたいと思った。
ブランデーがよく似合うような大人な人好きかもしれないし、いやはやちょうちょを見つけて君のことさえ忘れてどこまでも走っていってしまうような無邪気な子かも。
私はきっと歳を取ってもブランデーなんて飲めやしないし、ちょうちょなんかより君の横顔を見る方が好きだから全然面白くない女といったところだろうか。
少なからずいる友人にどんな子がタイプなのか彼に聞いてくれないかと頼みたかったのに、あいにくみな自身の恋愛で手いっぱいだった。
そんなわけで私はどうにかイメチェン計画なるものをたててみたはいいものの、伸ばしていたロングの髪をボブくらいにまで切って、次の日君は「髪切ったのいいね」といってくれたのにあとから君がロング派だということを噂で聞いたりなんかしてかなり落ちこんだ。
今も長いとは言えない長さの髪だけど、半年もしたら君好みになれるかな。

趣味なんかは君に直接聞けたからよかった。けれど野球観戦なんて私はしたことがなくて、この機会にとテレビでプロ野球を観た。
率直にいうと全然面白くなかった。試合は長い上に展開は全然変わらないし、でも君はこれが好きらしいからまあよしとしよう。
高校野球はプロ野球よりは好きだと思えた。
君がピッチャーで私がバッターなら私は君からホームランを奪えるようなスラッガーになれるだろうか。
ホームランを奪えた日にはネット上で#恋のスラッガーなんてのがトレンド入りしたりして。
馬鹿な妄想ばかりだ。
そんなところも好きになってよ、と我儘。

君は私のこんなところは知らないし、私は君のそういうところが知りたい。
もっとたくさん話がしたいし、私のことを好きになってほしかった。
きっと叶わないけど、叶えてみたい。

試合が終わる方が早いか、タイムリミットの方が早いか、タイムリミットならコールド負けかな。君が私を嫌いになるのが早いか、はたまた君が他の人を好きになるのが早いか。
まだわからないこの物語を君に読み進めていってほしい。
向こう側の主人公と目が合う。
主人公が本を閉じ、私の時は止まる。
どうか私の決められた運命が美しいものでありますように。