学生の頃から、私は平凡な子だった。
勉強、運動、習い事、何をやらせても全てが人並み。
特別優れることもなければ、落ちこぼれることもなく、私を一言で形容するとするならば、まさしくそう「平凡」という言葉がしっくりくる。
でも、だからと言って私は自分が嫌いなわけじゃなかった。
むしろなかなか悪くないとさえ思っている。
だって、私は落ちこぼれであるがために虐げられることも、優れているからと言って妬まれることも、無い才能を探そうとのたうち回る必要も無いのだから。
私にとって心の平穏は何よりも大切だった。
「福部教授、資料の方は」
「またお前か。何度も何度も執拗に催促しやがって。五月蝿いんだよ」
「ですが、これは他の教授の皆様にも記入していただいている資料でして」
「あいにく俺は、事務のお前と違って、研究、授業、学会で忙しいんだ!」
福部教授が汚い声を荒げて「帰ってくれ」と言ったかと思うと、
間髪入れず扉がバタンと大きな音を立てて閉まった。
私は思わずため息をつく。
これで何度目だろう。
他の教授は皆、忙しい中、資料の提出期限を守っているというのに。
「……そろそろ潮時かな」
入社三年目。
私は新卒カードを使って、手堅い大学職員になった。
大人になっても、学生の頃と変わらず、どうしようもない奴が世の中にはいるものだとひしひしと思い知らされている毎日。
私の顔を見たく無いなら、資料に一筆かけばそれで済むというものを、あの男はそれをせずに毎度私に罵声を浴びせかけてくる。
催促するこちらの身にもなって欲しい。
どうやら彼は、学生の間でも、授業が分かりにくい上に、質問に来た学生を小馬鹿にするような態度をとったかなんかで、だいぶ嫌われているらしい。
可哀想に。
「高橋さん、頼んでいた資料の件だけど」
「すみません、まだ全員分集まってないんです」
「どうせまたあの人でしょ」
「すみません」
「いいのよ、あの人の分必要なくなったから」
「え、どうしてですが?」
「辞めることになったのよ。だからとにかく集まっている分だけ私のデスクに置いといて」
そういうと、上司は、ツカツカと踵の高い靴を鳴らして事務室を出ていく。
その後ろ姿を見つめる私に、同期の真柴さんがコソッと耳打ちした。
「福部教授、研究室の生徒にセクハラして懲戒解雇らしいですよ」
「そうだったんですね……」
「本当、びっくりですよね。でも、私たち的には、清々しますけど笑」
「そうだね」
私は誰にも見られないようそっと握りしめていた拳を、ゴミ箱の上で開いた。
はらりと落ちたその紙屑は、どこか哀愁漂う中年の後ろ姿のようだった。
勉強、運動、習い事、何をやらせても全てが人並み。
特別優れることもなければ、落ちこぼれることもなく、私を一言で形容するとするならば、まさしくそう「平凡」という言葉がしっくりくる。
でも、だからと言って私は自分が嫌いなわけじゃなかった。
むしろなかなか悪くないとさえ思っている。
だって、私は落ちこぼれであるがために虐げられることも、優れているからと言って妬まれることも、無い才能を探そうとのたうち回る必要も無いのだから。
私にとって心の平穏は何よりも大切だった。
「福部教授、資料の方は」
「またお前か。何度も何度も執拗に催促しやがって。五月蝿いんだよ」
「ですが、これは他の教授の皆様にも記入していただいている資料でして」
「あいにく俺は、事務のお前と違って、研究、授業、学会で忙しいんだ!」
福部教授が汚い声を荒げて「帰ってくれ」と言ったかと思うと、
間髪入れず扉がバタンと大きな音を立てて閉まった。
私は思わずため息をつく。
これで何度目だろう。
他の教授は皆、忙しい中、資料の提出期限を守っているというのに。
「……そろそろ潮時かな」
入社三年目。
私は新卒カードを使って、手堅い大学職員になった。
大人になっても、学生の頃と変わらず、どうしようもない奴が世の中にはいるものだとひしひしと思い知らされている毎日。
私の顔を見たく無いなら、資料に一筆かけばそれで済むというものを、あの男はそれをせずに毎度私に罵声を浴びせかけてくる。
催促するこちらの身にもなって欲しい。
どうやら彼は、学生の間でも、授業が分かりにくい上に、質問に来た学生を小馬鹿にするような態度をとったかなんかで、だいぶ嫌われているらしい。
可哀想に。
「高橋さん、頼んでいた資料の件だけど」
「すみません、まだ全員分集まってないんです」
「どうせまたあの人でしょ」
「すみません」
「いいのよ、あの人の分必要なくなったから」
「え、どうしてですが?」
「辞めることになったのよ。だからとにかく集まっている分だけ私のデスクに置いといて」
そういうと、上司は、ツカツカと踵の高い靴を鳴らして事務室を出ていく。
その後ろ姿を見つめる私に、同期の真柴さんがコソッと耳打ちした。
「福部教授、研究室の生徒にセクハラして懲戒解雇らしいですよ」
「そうだったんですね……」
「本当、びっくりですよね。でも、私たち的には、清々しますけど笑」
「そうだね」
私は誰にも見られないようそっと握りしめていた拳を、ゴミ箱の上で開いた。
はらりと落ちたその紙屑は、どこか哀愁漂う中年の後ろ姿のようだった。