「私、雨が好きな人はみんな河童だと思っているの」

「はい?」

俺は戸惑った。  

ボロい部室に先輩と二人っきり。

明朝から降り続ける雨によって空気の澱んだ部屋で、出し抜けに雨宮さんはそう言った。


「だから、私、雨が好きな人は__」

「いや、聞こえなかったわけじゃないっス」

「じゃあ、何?」

「いや、何って言われても……」


こちらがおかしいとでも言いたげな瞳で、俺を見上げる雨宮さん。

やっぱりこの人ちょっと変だ。



雨宮さんは考古学研究会の先輩だ。

俺が所属する考古学研究会は、部員わずか10名と極小規模な部活動。

しかしながら、俺が入会した年に雨宮さんは就活で忙しかったこともあり、これまで滅多に顔を合わせることはなかった。

それが最近になって、こうして彼女と部室で顔を合わせることが増え、俺はやっと、皆が口を揃えて言う「雨宮さんだから」という枕詞の意味を理解できた気がする。


「だって考えてみてよ。雨なんて低気圧で偏頭痛起きるし、傘さして外出すること考えると気が重いし、びちょびちょになった公共施設の床を想像するだけで、こうぶるっとするのに、それをぬけぬけと好きだっていう人信じられる?」

「まぁ、たしかに気持ちは分かるっスけど……」



雨宮さんは、興奮してカッと目を見開いていた。

しかし、それでもあまり表情豊かには見えないのは、スンとした顔付きが成せる技か。



「……ちなみに、今までその質問に好きだって答えた人いたんスか?」

「いないわ」
 



俺はずっこけた。



「じゃあ、心配する必要ないっスね」

「いいえ。そんな人見たことないからこそ危険なのよ。だって、それは、もしそういう人と遭遇したら絶対河童ということになるんだから。良い? 河西くんも注意するのよ」

「ハハ、」



俺は乾いた笑みを浮かべた。

出た。

根拠のない雨宮理論。

でも__



「……雨宮さんがそういう空気出すんで言いづらかったんすけど、俺、結構好きっスよ、雨」


その言葉を聞いた途端、雨宮さんがジリッと距離を詰め、俺ににじり寄る。


「ちょ、やめてくださいよ」

「だって、この流れ、河西くんあなた自分が河童だって言ってるようなものよ」

「ハハ、参ったなぁ」


身を乗り出した雨宮さんの黒い髪が、俺の顔にかかる。




「もし俺が河童だったら、雨宮さんが捕まえてくれるんスか?」



噂で聞いたことがあった。

雨宮さんは、ある種のコレクターだと。

じぃっと覗き込む雨宮さんの瞳に俺が映り込む。




「嘘つき」

「いっ、」

ピシッとあまみやさんからデコピンがとぶ。



「あ、やっぱりバレました?」

「心理学科を舐めないで」

「雨宮さんには敵わないっス」


俺はいつものようににへらと笑う。



耳を澄ます。

微かに聞こえるのは、ボロい部室棟の窓に打ちつけ、はねる雨音。

そして、早まる自分の心音。




でも、俺、本当に雨、嫌いじゃないんスよ。




何でかな。