突然の訪問者は今日が波乱の一日であることを予感させた。

 昼下がりに、インターホンが鳴った。宅配だろうと思って、無防備に玄関のドアを開けた。目の前に立っていたのはタニコーだった。エントランスのあるマンションではなく、アパートに住んでいることを後悔した。

「小鈴はここにいるんだろ」

 と、彼は無愛想に言った。僕は狼狽し、即座に返事ができなかった。すると、背後から小鈴の間延びした声が聞こえた。

「どうしたのー?」

 しまった、と思ったが、もう遅かった。彼女はタニコーを確認し、凍りついた。彼女を守らなければという使命感が僕を奮い立たせた。相手が地位のある有名人だからという理由で臆する必要はない。

「用件は?」
「小鈴と話がしたい」

 僕は小鈴と視線を合わせ、彼女の意思を確認した。アイコンタクトを取るつもりだったが、彼女は首を横に振って、タニコーにも分かるくらいしっかりとノーのサインを出した。

「本人は希望してないようですけど」
「じゃあ、君と話がしたい」
「ここじゃなくて、近くの公園に行きましょう」

 どんな内容か見当もつかないが、なんにせよ小鈴の前は避けた方が無難だ。タニコーは首肯する。

 スニーカーを履く僕に、小鈴は声をかけた。

「行かないで……欲しいかも」
「大丈夫。僕も彼と話してみたかった。家で待ってて」
「分かった」

 なにか言いたそうな彼女を残して、僕たちは最寄りの公園に向かった。

 あらためて間近で見るタニコーは人気アーティストらしい色気というか普通じゃないオーラをまとっていた。身長も高いし、いい香りがする。ジーンズにTシャツというあっさりしたコーディネートだが、リーバイスはヴィンテージっぽいし、スニーカーもレアなアイテムだ。アクセサリーなどの小物にもラグジュアリー感があり、街を歩く人々のファッションとは一線を画している。

 公園は人がまばらで、話しやすい雰囲気だった。僕たちはベンチに座った。街灯の光が不愉快なくらいに眩しく感じるのは、僕の気が立っているからだろう。タニコーはパーマのかかった髪をくしゃくしゃと触った。

「驚かせて、悪かった。焦ってたんだ」

 一言目が謝罪であることに、僕は面食らった。タニコーは決まりが悪そうに、苦笑して言った。

「夏が過ぎたら、小鈴に会えなくなるような気がしたんだ」
「どうして、そんな風に思ったんですか?」
「笑うなよ。俺はあいつが小鈴の亡霊か、幻なんじゃないかと思ってる。この極夜の季節にだけ存在する夏の幻……。何度見ても、あの頃の、行方不明になった頃の小鈴のままだった。七年もの間、なにをやっていたのか聞いても、教えてくれない。記憶喪失とか言っていたが、嘘だってことは分かる。嘘をつくのが下手だからな。不可解な部分が多すぎて、納得できる答えが一つしか思い浮かばなかったんだ。……笑わないのか?」
「笑うなって言われたから。というのは冗談で、あながち間違っていないんです、その解釈」
「事情を知ってるみたいだな」
「知ってますよ。だけど、教える前に、どうして僕の家の住所が分かったんですか?」
「ファンの子がXでDMを送ってくれたんだ。小鈴と連絡が取れなくなって、なんでもいいから彼女の情報が得られるかも知れないと思って、DMを開いていた。そしたら、君の同級生の女の子が連絡をくれた。『たまたまあの現場にいたんですけど、渋谷で例の子と一緒に逃げた男の子、私と同じ大学に通ってます』とか、そんな内容。返信したら、熱心に君のことを調べてくれて、友人に聞いたのか、住所まで教えてくれた。奇しくも、俺の大学の後輩だったとは」
「僕からすれば迷惑だけど、その子は谷村さんの恋を純粋に応援したかったんでしょうね」
「言い訳がましいけど、最初はあんな強引なことをするつもりはなかったんだ。ただ、君の家の前まで来てみたら、小鈴に会いたい気持ちが理性を食い破った。その結果、小鈴には拒否されたけど」

 少し話しただけで、僕はタニコーに好印象を抱いた。彼の小鈴に対する想いが本物であることを実感したからだ。恋敵であっても、フェアに勝負したかった。

 彼女が何者であるか、僕は丁寧に説明した。小鈴に許可を得ないで伝えることに多少の罪悪感はあったが、タニコーと腹を割って話すためには仕方がないと判断した。

 彼はことのほか冷静に話を聞いていた。

「驚かないんですね、タイムスリップとか非現実的なことを言ってるのに」
「腑に落ちたから。でも、心の中では色んな感情が暴れ回ってる。嬉しいような、悲しいような」
「小鈴自身も悩んでると思いますよ。喉が渇いたので、自販機でジュース買ってきます。なにか飲みます?」
「それじゃ、コーラで。これで買って」

 と、彼は千円札を渡した。コーラを二つ買って、ベンチに戻る。タニコーと二人でコーラを飲むことになるとは思わなかった。自分の状況を客観視すると、少し笑える。しかし、これから本題に入ることは明白なので、僕は気を引き締めた。

 先に切り出したのはタニコーの方だった。

「小鈴と付き合ってるのか?」
「違いますよ」
「彼女のこと、好きなんだよな」
「そうですね、七年前に出会ったときから。……知ってると思いますけど、彼女はずっと谷村さんが好きだったんですよ」
「大学に入って仲良くなってから、すぐに気づいたよ。だけど、当時の俺は自分自身の気持ちに気づいていなかった。小鈴を愛していると自覚したのは、彼女がいなくなってからだ。それなのに、ようやく会えたと思ったら、嫌われるようなことをしてしまった」
「諦めるんですか?」
「まさか。ちゃんと、君と勝負するよ」
「よかった。そうじゃなかったら、この場であなたを殴ってたかも」
「そういうタイプに見えないけどな」
「そういうタイプじゃなくても、ということですよ。優柔不断な考えは彼女を傷つける。それだけはもう避けたいんです。……谷村さんを見込んで、一つ相談してもいいですか?」
「内容によるけど、例えば」
「小鈴を元の時代に戻すために、協力して欲しい」
「方法は?」
「まだ判明していません。それどころか、有望な手がかりもない。だから、手伝って欲しいんです。あなたなら、僕と小鈴が見落としているなにかの要素に気づくかも知れない」
「小鈴が過去に帰ってもいいのか?」
「それが自然な形だから」
「難しい相談だな。愛情の示し方に違いがある。俺はこの世界にいる小鈴を愛したい。彼女を失って、音楽に向き合い、バンドで成功した今の俺を認めてもらいたい」
「交渉決裂ですね」
「ああ。君のことは嫌いじゃないけど、ライバルと手を組むのは性に合わない。今日はこれで引き下がるよ。小鈴によろしく」

 タニコーは爽やかな表情で言った。僕自身も清々しい気持ちだった。それから、僕たちは連絡先を交換して、公園で別れた。

 自宅に戻り、異変を感じたのは玄関に彼女の赤いコンバースのスニーカーがなかったからだ。家を離れていたのは一時間くらい。どこかに出かけたのだろうか。財布が入ったバッグは置いたままだ。

 三十分、一時間と待っていても、帰ってくる気配がない。二時間が経過したあたりから、悪い予感がしてくる。秋田で再会したとき、この世界にいる間はもう離れないと約束してくれた。彼女が自発的にいなくなることは考えにくい。とすると、アクシデントに巻き込まれたのだろうか。

 一瞬、花波に相談しようかと思ったが、途中で文字を入力する手を止める。まだ、なにかが起こったわけではない。もし何事もなかった場合、彼女をいたずらに心配させてしまうことになる。

 同時に、別の考えが去来する。僕のそういう、自分のうちに囲ってしまう性格は果たして正しいのだろうか。他の友人はもちろん、一番の親友と言っても過言ではない花波に対してさえも、どこか距離を置いてしまうというか、壁を作ってしまう部分があった。結局、いじめのトラウマを引きずっていて、対人関係において殻を破れないだけなのかも知れない。それならば、僕は変わる必要があるんじゃないか……。

 一度消した文言を再び打って、LINEのメッセージを送信した。しばらく既読がつかなかったが、彼女と情報を共有したことで少しだけ気が休まった。

 十七時半、花波から電話がかかってきた。

「まだ帰ってないの?」
「もう三時間以上。財布とかも家にあるし、不穏な感じがする」
「絶対におかしいよ。……沢木は変な動きしてないよね」
「気になってSNSを見てるけど、特になにも更新してない」
「……ちょっと待って」

 電話が繋がったまま、一分間以上沈黙が続く。

「なんか変じゃない? ざっと見た感じ、最近の沢木は一日中Xに張りついてるのに、今日のお昼くらいから全く使ってない。急に止まってるの」

 彼女の言う通り、推進派に加わってから沢木のXの投稿数は飛躍的に増えていた。それまではYouTubeの宣伝が中心の運用だったのに。おそらく推進派のシンパがXに多く生息しているためだ。実際に、彼が極夜に関するポストをすると、簡単にバズが起こるようになっていた。反響が絶大であることから、今はここを主戦場にしているのだろう。

「携帯を使えない状況ということか」
「うん、それくらい重要度、緊急度の高い用事があるとか。例えば、小鈴さんを……」
「小鈴を無理やり連れ去ったとか?」
「ないとは信じたいけど、やりかねない危険人物だから」
「沢木に電話してみる」

 花波との電話を切り、一呼吸置いてから、沢木に連絡する。コール音が虚しく響く。しつこく何度もかけてみるが、反応はない。スマホを持つ手が震えていることに気づく。

 なんらかの糸口を探すために、SNSで沢木や推進派の最新情報を収集する。こういうときに限って、大した話題がない。皮肉なことに、反対派の奇妙なムーブメントだけがバズっていた。今夜、一斉に街中の光を灯し、極夜が始まって以来、最も明るい夜を演出する、という活動だ。

 三十分後、再び花波から連絡が来る。

「沢木の投稿を見て」

 開いていたパソコンの方でXを確認する。

「……今日の二十二時に、ライブ配信します。過去最高の話題作になるから、楽しみに」
「今の沢木にとって一番の話題は、謎の美少女だよね」
「小鈴に接触したと考えて、間違いなさそうだ」

 疑惑が確信に変わった。過去最高と明言するだけのインパクトは小鈴の出演の他にない。八月十四日にYouTubeで初めて言及してから、執拗に追いかけてきたので、沢木のファンや動画の視聴者にとっても大きなカタルシスが得られるはずだ。

 しかし、それが分かったところで、次にどんなアクションを起こせばいいのか。僕が沈黙していると、花波は励ますように言った。

「とりあえず、今から池袋に行くね。一時間後にヌーベルバーグで」
「開店してないけど、そこでいい?」
「大丈夫。新しい情報を見つけたら、お互いに連絡取り合おう」
「分かった。またあとで」

 テーブルの上に携帯を置き、目を閉じてから深呼吸をする。最も忌避していた出来事が起こってしまった。沢木の人格を知っているだけに、ありとあらゆる悪夢を想像してしまう。

 出かける支度をしていると、不意に、携帯のバイブレーションが鳴った。画面に表示された名前を見て、血の気が引いた。沢木からの電話だ。

「沢木か。小鈴になにをした」
「何度も電話かけてくんな。お前と違って、こっちは忙しいんだよ」
「そんなことはどうでもいい。小鈴はそこにいるんだな」
「……いるよ。運命の相手だから、自ずと引き寄せられるんだよ」
「さらったくせによく言う」
「物騒なこと言うな。たまたま道で出会った彼女に話しかけて、たまたま近くに停めてあった車に乗ってもらっただけだ」
「前にお前の家に行ったとき、誰かに僕を尾行させた。家の周りに見張りをつけて、昨日、小鈴が僕の家にいることを突き止めた。そして、急いで計画を立てた。一人で外出するところを狙って、彼女を無理やり車に押し込めた。おそらく、お前と数人の男たちで。大体、当たってるんじゃないか?」
「その豊かな想像力で、このあとの映像も楽しんでくれよ」

 沢木はそう言うと、ビデオ通話に切り替えた。彼の顔がアップで映る。携帯の位置を調整しているようだ。

 そこには、椅子に座る小鈴の姿があった。黒い布で目隠しされ、口元はガムテープで塞がれている。よく見ると、両手がそれぞれ肘掛けに固定されており、両足も紐で一つに結ばれている。部屋は薄暗く、無機質で生活感がない。場所の特定も不可能だ。

「完全に犯罪行為だ。頭がおかしくなったのか」
「犯罪? どこが。この世界に存在しない人間だぞ。野良猫を捕まえたぐらいで罪に問われるなんて、聞いたことがないな」
「お前はなにが目的なんだ」
「目的なんてない。……強いて言えば、俺が興奮するためだ。格闘技、女、YouTube。なにに挑戦しても簡単に成功するから、人生がつまらないんだよ。お前みたいな凡人には想像もできないだろうけどな。そこに世界を破滅に導く女が現れた。最高に刺激的で、これ以上のスリルはない。世界が終わるギリギリまで遊び尽くしてやるよ」

 岡田兄弟の陽の言葉が頭をかすめる。自らの享楽のため、ゲーム感覚でここまでする感性が僕には理解できない。

「世界の終わりが来たら、どうするんだ」
「こいつを殺せば、それで解決だろう?」
「徹底的に屑だな。小鈴と話がしたい」
「それも面白いか。ほら、口のガムテープを取れよ」

 沢木に命令された人物が画面に入り込み、小鈴の顔のあたりで手を動かす。後ろ姿だが、犀川だとすぐに分かった。

「今の……破滅に導くって、どういう意味。透夏、なにか知ってるの?」

 小鈴は力のない声で言った。

 僕よりも先に、沢木が割り込んで話す。

「お前がこの時代に来たせいで、極夜が始まった。そして、極夜は広がり続けてる。このままだと、明後日には世界中が闇に包まれる。光が失われた地球の環境は破壊され、自然の摂理に従い、やがて人類に影響を及ぼす。都市も自然も荒廃して、この世界は滅亡する。そういうことだ。……おい、黒羽。お前、教えてなかったのか。無慈悲な奴だな。こんな大事なことを秘密にしておくなんて、俺よりも鬼畜じゃないか」
「……やめろ」
「わたしがこの世界にいると、みんなが不幸になる……?」
「そうだ。こいつや家族を苦しませたくないなら、俺の言いなりになるんだな。最後はちゃんと責任持って介錯してやるよ」
「小鈴、よく聞け。今のはあくまで仮説だ。きっとどうにかなる。大丈夫だ」
「……」
「あーあ。動かなくなっちまったよ。かわいそうに。お前のせいだぜ、黒羽。さて、そろそろ遊びは終わりにして、計画を実行するか」
「なにを考えてるんだ」
「世間にちょっとしたサプライズを提供する。いわゆる劇場型犯罪というやつだ。ただし、俺自身の手は汚さないけどな」
「相変わらず卑怯だな。僕をいじめたときもそうだった。自分ではなにもせずに、周囲の人間を使う。お前みたいな人間は必ずツケが回る」
「ありえないな。俺はなにをやっても、どんなことでもプラスにする。怖いものなんてないんだよ。万が一、落ちぶれたとしても、すぐに這い上がれるだけの実力があるからな」
「考え直せ、沢木」
「もうお前と話すのは飽きた」

 沢木はさっと携帯に近づき、電話を切った。僕は急いでかけ直す。当然、誰も出ない。それでも、繰り返し電話をかけ続けた。

 しばらくして、相手と繋がる。女性の声。

「久しぶり」

 犀川彩葉の声色に以前の面影はなかった。小学生の頃はおとなしく、おどおどしていた。今の彼女は堂々として、力強い。しかし、沢木の傀儡になっていることを考えると、本質は変わらないのかも知れない。

「小学校の卒業式以来だ」

 犀川に対する性的な嫌がらせを目撃したことで、僕と沢木の因縁が始まった。彼女はその後、都内の有名私立中学に入り、沢木の魔の手から逃れたのだ。

 彼女だって沢木を憎んでいると思っていた。力づくで抱きしめられ、涙を流していたのだから。沢木への怒りは僕と彼女で共有していると信じていた。だから、二人が手を組んだとき、僕は愕然とした。

「黒羽くん、少し変わったね」
「君ほどじゃない」
「私は変わってないよ。今も昔も、沢木の奴隷だもん。変われたと思ったのは気のせいだった」
「どうして沢木なんかに従順なんだ」
「弱みを握られてるから。誰にも見られたくない動画を沢木が持ってる」
「またなにかされたのか?」
「ううん。あれからはなにも。黒羽くん、多分、勘違いしてる。あのとき、もう終わったあとだったんだよ」
「終わったあと?」
「沢木に無理やり襲われて、その様子を携帯の動画で撮られてた」
「小学生の君を?」
「うん」
「……ごめん。僕がもっと早く、教室に忘れ物を取りに戻ってたら」
「謝らないで。黒羽くんは関係ない。私だって、いじめられてるあなたを助けなかったんだから」
「沢木はもうそこにいないんだよな」
「この携帯を忘れたまま、さっき外に出た。彼女は別室にいる」
「そこはどこなんだ」
「言えない」
「じゃあ、なにが起こるのか、教えてくれないか」
「悪いけど……。あの男を裏切るのが怖くて、本能が拒否してる」
「少しでもいい」
「……推進派の理想郷が生まれる。それじゃ、さよなら」

 犀川の別れの言葉は悲哀に満ちていた。彼女は自分が望まない道を進んでいる。努力の果てに、新進気鋭の現役大学生社会評論家、人気インフルエンサーという肩書を得たにもかかわらず、推進派の教祖となったばかりに、沢木に利用されてしまった。

 彼女の小さな勇気、支配者へのささやかな抵抗のおかげで、僕は沢木の企みに気づいた。裏取りは簡単だった。僕に電話する前に投稿したと思われる沢木の最新のポストで、確証が得られた。

 ヌーベルバーグに向かいながら、父親に電話をかけた。僕から連絡することなんて皆無だから、きっと驚いたと思う。

 幼少時代から、テレビ局の報道記者である父を軽蔑していた。どんなときでも仕事を優先して、家のことも、僕のこともほったらかしだった。親らしいことはなにもしてくれなかった。

 だから、別に彼を信頼しているわけじゃない。報道関係への伝手が他にないから、仕方なく父親を選んだのだ。僕の話に取り合わない可能性があると思いつつも、沢木の計画を伝えた。

 一方的に説明を終えると、僕は彼の返事を聞く前に電話を切った。否定的な反応をされるのが嫌だったのだ。そして、あるデータを添付して、メッセージを送る。それで父親への連絡は完了だ。

 反対派の企みのせいだろうか、街は異様な明るさを放っていた。十八時五十分。ちょうどカフェのドアノブに手をかけた瞬間だった。街からすべての光が消えた。街灯も、店の明かりも、信号機も、なにもかも。暗闇だけがそこに存在していた。今夜は月光もない。

 予想通りの展開だった。これは沢木の仕業なのだ。

 大停電を発生させて、純然たる暗闇を創り出す。推進派の理想の実現であり、ユートピアだ。