ベッドに体を預けて、天井を見ながらヘッドホンで落日の曲を聴いていたので、小鈴の帰宅に気づかなかった。外が常に暗いので、時間の感覚がなくなる。時計を見ると、十九時五十五分。

 小鈴は僕の横にいた。目が合うと、彼女は小さく手を振る。昨日と同じ服装だ。僕は音楽を消して、ゆっくりと起き上がった。

 予定では自然体で対応するつもりだったのに、どこをどう間違えたのか、不貞腐れた態度を取ってしまった。多分、声の調子がもう少し高ければ、誤解を生まなかったのだろう。

「泊まりなら、いつ帰るか言って欲しかった」
「もしかして、怒ってる?」
「そういうわけじゃないけど、昨日はどこに行ってたんだ?」

 詰問するような形になり、僕はしまったと思った。しかし、後の祭りだ。小鈴は眉をひそめて、悲しげな表情をした。

「どこに行ったって、透夏には関係ないでしょ」

 きっと彼女だって言い争いはしたくない。売り言葉に買い言葉、というやつだ。それは僕も同じ。

「正直に、タニコーのところに行ってくると言ってくれればよかった」
「なんでそんな言い方するの」
「心配したからだ」
「子供じゃないんだから、心配されても困る。そもそも、わたしからしたら、透夏の方が年下の子供なんだから」

 その一言に僕は絶句した。この口論に勝敗をつけるとしたら、完全に僕の負けだ。ダメージがあまりに大きかった。つまるところ、僕のことをそういう風に見ているのだ。どうあがいても、彼女にとって僕は七歳年下の子供でしかない。今までの僕の懊悩が馬鹿みたいに思えた。

 お互いに押し黙ったまま、一分が経過した。静寂を破ったのは携帯の通知音だった。沢木からの返信かも知れないと思い、手に取る。すると、プッシュ通知が目に入った。エンタメニュースの速報だ。人気若手女優の畠中(はたなか)伊織(いおり)とタニコーの熱愛スクープ。

「どうしたの?」

 と、小鈴はスマホを覗き込もうとする。僕は思わず、彼女を制止し、記事を読んだ。

 二人は半年前から交際を始めて、現在は同棲中。畠中伊織は二十二歳で、ドラマや映画、CMに引く手あまたの売れっ子だ。情報筋によると、彼女は以前から落日のファンで、タニコーを密かに狙っていたらしい。ちなみに、彼女が主演した映画のテーマソングを落日が担当したこともある。

 記事を見せるのと、内容を口頭で伝えるのでは、どちらがショックを軽減できるのだろう。悩んだ結果、後者の方が無難だと判断した。

「タニコーの熱愛報道が出てる。相手は畠中伊織。知らないと思うけど、今、一番人気がある女優だ」

 数秒、時が止まったようだった。小鈴は固まっていた。やがて、少しうつむいて、冷笑を浮かべた。そして、彼女は外に飛び出した。
 僕は小鈴を追いかけるべきだった。しかし、体が思うように動かず、彼女が消えていった方をしばらく見つめていた。