翌日、小鈴は昼前に外出した。行き先は言わなかったが、タニコーに連絡することは明白だ。僕は支度をする彼女に、昨日の出来事がネット上で話題になっていると伝え、用心するように助言した。そっけない返事で、聞いているのかいないのか分からなかった。

 彼女が出かけると、僕もそそくさと後を追う。そして、花波にLINEを送る。

―(11:40)小鈴が出かけた
―小鈴さんは携帯まだ持ってないの?(11:40)
―(11:40)うん
―じゃあ、公衆電話に行くはず(11:41)

 このやり取りは、実は今朝から続いていた。昨日の騒動を知った花波から連絡があったのだ。この間の小鈴の失踪理由については伏せつつ、彼女がタニコーの友人であることも含め、簡単に経緯を説明した。

―二人は付き合ってたんじゃない(8:40)
―(8:40)付き合ってないらしい
―でも、いい感じだったんじゃないかなー(8:41)
―(8:42)どうして?
―同じ大学の知り合いで、七年後の未来でも偶然出会うなんて(8:42)
―運命としか思えない(8:43)
―根拠ないけど、今日電話して二人はもう一度会うと思う(8:43)
―(8:43)そんな気はする
―また大騒ぎにならないか心配(8:43)
―(8:44)僕もそれは心配してる。沢木のこともあるし
―それなら尾行して、何かあったら守ってあげたら(8:44)
―(8:45)どうしてそうなる
―透夏だって気になってるんでしょ。わたしも一緒に行くから(8:45)
―(8:46)面白がってるな
―ちょっとだけね。じゃあ、小鈴さんに動きがあったらすぐ連絡してね(8:46)

 花波に焚きつけられたとはいえ、行動に移している自分を浅ましく思う。小鈴がこのことを知ったら、幻滅するに決まっている。頭では理解しているのに、興味がそれを上回った。

 小鈴は池袋駅の方に向かった。時折、周囲を見回しながら歩く。しばらくして、通り道に公衆電話を発見し、ボックスに入る。僕は気づかれないように、離れた場所から彼女の様子を見つめる。表情までは確認できないが、なにか話しているので、タニコーと連絡がついたようだ。

 二、三分で電話を終えると、彼女は西口のシティホテルに入った。ラウンジとかで待ち合わせるのだろうか。中まで追尾する勇気はなく、僕はホテルの入り口が見える飲食店に入り、アイスコーヒーを頼んだ。

 携帯を見ると、花波から少し前に着信があったので、折り返す。昨日は兄弟の家に泊まったため、近くにいるらしい。居場所を伝えると、十分もしないうちに現れた。

 半袖のワンピースを着た彼女は夏らしく、爽やかだった。小鈴とは異なる系統だが、彼女もまたお洒落で、バングルやリングなどアクセサリーの使い方や小物の組み合わせも洗練されている。

 席に座ると、彼女は開口一番「二人は合流したの?」と聞いてきた。

「まだだと思う。入り口も通ってないし」
「歩いて来ないかも。タクシーとか自分の車とか」
「確かに。頭が回らなかった」
「中に入ってみようよ」
「難しいんじゃないか。小鈴がこっちを見たら終わるし、僕はタニコーにも面が割れてる」
「遠くから眺めてれば気づかないよ。ここで待ってても仕方ないし、私と一緒なら大丈夫だから」
「花波って意外と、小鈴に負けないくらい押しが強いんだな」
「透夏がそういう人を集める体質なんじゃない?」
「それ暗に主体性がないって言ってる」

 と、僕が言うと、花波は笑った。

 彼女に手を引かれて、シティホテルの中に入った。平日なので人はそれほど多くなく、尾行には不利な環境だった。

「どこにいると思う?」

 と、花波が言う。僕はさっき思い浮かんだことをそのまま話す。

「携帯を持っていない相手との待ち合わせだから、分かりにくい場所は選ばない気がする。小鈴が池袋の西口にいると聞いて、ランドマークのこのホテルを指定しただけだろうし、レストランとかも考えにくい。昼間だからバーもやってない。そう考えると、自然とラウンジに絞られるんじゃないか」
「いいね。お店の外から覗いてみよう」

 中二階に上がる。ホテルの中は思いのほか見通しがよく、小鈴たちを探すことより、見つからないことに神経を注がなければならなかった。

 ラウンジを遠目で確認すると、かなり危うい印象だ。ほとんど死角がない。花波も同じ感想を抱いたらしい。

「透夏はここで待ってて。私一人で行ってくる」
「大丈夫か?」
「小鈴さんとは暗いカフェで一回しか会ってないから、マスクしてれば絶対にバレない自信がある」
「いや、花波は自分が思ってるより、結構目立つ雰囲気だから」
「もう心配性だなぁ。安心して」

 と、彼女は僕をたやすくいなして、ラウンジに向かった。

 なにもすることがないので、想像をめぐらす。もしタニコーと小鈴が意気投合したら。彼女は元の時代に帰ることを放棄するかも知れない。そしたら、この世界はどうなる。暗闇のまま続いていくのだろうか。仮にそうであっても、必ず人々の魔法は解ける。不安と混乱で社会が崩壊してもおかしくない。

 そこまで考えたところで、僕は一旦思考をかき消す。そういうことじゃない。世界がどうなるかなんて、本当はどうでもいい。すぐに核心を避けようとする。問題は僕の気持ちだ。二人がいい感じになってしまったら、僕は確実に嫉妬するだろう。それこそ、ベクトルは違うけれども、tapirのボーカルのように。いまだに自分でも判然としないが、僕はタイムリープした同じ年の小鈴に恋愛感情を持ってしまったようなのだ。本心では、タニコーになびかないで欲しいと思っている。

 花波は数分で戻ってきたが、待っている時間は異様に長く感じた。

「いたよ、小鈴さんと谷村さん」
「どんな感じだった?」
「談笑してて、他のお客さんも落日の人だって気づいてないみたいだった」
「それなら、ひとまず安心だ」

 なにが安心なのだ、と心の中で自分に突っ込みを入れた。本音では二人が仲睦まじくしているのを残念に思っているのに。

「もう、やめよう」

 と、僕は続けた。花波も反対しなかった。

 僕たちは駅の反対側に移動し、お昼を食べてから、なんとなく映画を見た。そのあと、映画の感想を話したり、花波の買い物に付き合ったりして、結局、夕食の時間まで一緒だった。彼女とは過去に何度も同じような一日を過ごしているのに、なぜか今日はデートのように感じた。心なしか、花波の距離感も近い気がした。

 二十一時過ぎに家に帰ると、小鈴はいなかった。一度も帰宅していない様子だ。今もタニコーと一緒にいるのだろうか。

 突然、僕は無気力になり、ベッドに横になった。小鈴がいるときは使わないので、久しぶりの感触だった。体の力が抜けていく。なにも考えたくなかった。

 しばらくそうしていたが、眠れないので、僕はシャワーを浴びた。文庫本を一冊と映画を二本見て、朝までの時間を潰した。永遠に等しい夜だった。

 その夜、小鈴は帰らなかった。