池袋駅に到着してから自宅に帰るまでの間、僕はタニコーについて聞き出すタイミングを見計らっていた。小鈴は不自然なくらい飄々としていて、かえって隙がなかった。

 彼女は僕の逡巡を見透かしていた。いたずらな表情で僕の方を見て、その話題に触れる。

「タニコーに電話すると思う?」
「……するんじゃないのか。奇跡的に再会できたんだから」
「ライブを見終わったあと、もうタニコーのことはいいやって思ってたの。だから、正直、電話番号を渡されたときも連絡するつもりはなかった。でも、スケボーで風を切って夜の街を走り抜けてたら、なんかもう一回会ってみたい気持ちになった」
「いいんじゃないか、気持ちに従えば」
「ちょっと拗ねてる?」
「どうして?」
「わたしとタニコーの関係、気になる?」
「質問を質問で返したのに、さらに質問で返すな」

 僕は思わず語気を強めてしまった。彼女にとっても予想外の反応だったようで、少し驚いた顔をした。心の狭い自分を恥じて、反省の意を込めてすぐに本音を伝えた。

「ごめん、大人げなかった。拗ねてるし、気になってるよ」
「素直でよろしい。本当のことを言うとね、タニコーの行動が謎に感じたの。肩を叩いて呼び止めたり、連絡先を伝えたり、野次馬がたくさん集まっても全然気にしなかったり、どうしてわたしのことをそんなに気にするんだろうって。大学生の頃だって、別に相思相愛とかじゃなくて、わたしに異性としての興味がなかったのは分かってたし」
「小鈴の勘違いだったとか」

 彼女はため息を漏らしたあと、首を横に振った。

「一度、グループでの飲み会でオールになって、その流れで二人きりになったことがあるの。これでワンチャンなかったら嘘でしょ、っていう完璧なシチュエーションだった。それでも、なーんにもなかった。ハグとかキスどころか、手を繋ぐとかもなんにも。しかも、翌日とかも普通にしてて、そのとき、この人はわたしのことをただの友達としてしか見てないって確信したの」
「だから、会って真意を確かめたいというわけか」
「そういうこと。不可解なものをそのままにしておくのも気持ち悪いしね」

 小鈴はタニコーに渡されたメモを取り出した。歩きながら、しばらくそれを眺めていた。おそらく、明日にでも連絡を取るのだろう。彼女の話を聞いても、胸の中のもやもやは晴れなかった。

 帰宅してから、小鈴はすぐに就寝した。

 Twitterで先ほどの出来事を調べると、やはり大きな話題になっていた。人気YouTuberと流行のアーティストが間接的に交わったのだ。それも、謎の美少女を介して。人々の関心を集めないはずがない。幸いにも、写真は一枚も出回っていなかったが、現場を目撃した人たちの感想を餌に、ネット上では色んな考察が飛び交っていた。ざっと目を通してみたが、当然ながらどれも真相とはかけ離れていた。例えば、「タニコーと沢木の二人のイケメンに言い寄られているシンデレラ」みたいな少女漫画じみた予想もあれば、「元彼のタニコーと今彼の僕が協力して沢木から彼女を守る」みたいな謎のストーリーもあった。小鈴を連れて逃げたことで、地味に僕も当事者になっていた。

 その後、極夜についての最新情報を確認した。カフェにいた暗闇反対派の一人が言っていたように、異常現象は国外まで侵食していた。このままのペースで行けば、すぐにアジアに広がり、夏が終わる頃には世界中が真っ暗になる計算だ。感覚的に、そうなったらゲームオーバーなんじゃないかと思った。世界から光が失われる前に、僕は小鈴を元の時代に戻さなければならないのだ。残り十五日。それほど時間はない。