『【言霊】スキル……?』
「はい、私は言葉に魔力を乗せることができるのです」
ガルシオさんにもスキルについて説明する。
ルイ様と同じように、興味深そうに聞いてくれた。
『へぇ、珍しいスキルだなぁ……』
「私の力でガルシオさんの病気を治せるかもしれません。……どうでしょうか、ルイ様。私に【言霊】スキルを使わせてくれませんか?」
そうお願いすると、ルイ様は何やら考えていた。
しばし考えた後、空中に魔法文字が書かれる。
〔気持ちは嬉しい。だが、同時に危険もある。君の【言霊】は言葉に魔力を乗せると聞いた。ガルシオの病状を考えると、相当の魔力を消費するだろう。君が倒れてしまっては元も子もない〕
ルイ様の気遣いが心に沁みる。
でも、それに甘えるわけにはいかなかった。
私は医術師や薬師ではないけれど、ガルシオさんの具合の悪さはよくわかる。
だって……すごく辛そうだから。
「……ありがとうございます、ルイ様。 ですが……お願いです。私にガルシオさんを癒させてください。このまま見過ごすなんて、絶対にできません。少しでも良くなる可能性があるなら、精一杯頑張りたいのです」
自分の力で困っている人が助かるかもしれないのなら、正面から挑むべきだ。
それに、【言霊】スキルを授かってからの二年間、力を使っても倒れたりしたことは一度もなかった。
今日はまだスキルを使っていないし、体力も魔力も充実している。
その話もルイ様にすると、無表情にほんのわずかな笑みが浮かんだ。
〔……わかった。頼む、彼を救ってほしい〕
「ありがとうございます……ルイ様。このポーラ、全身全霊で誌を書かせていただきます。……では、お疲れのところ悪いですが、ガルシオさんの話を聞かせてくれませんか? 相手について知れば知るほど、【言霊】スキルは強くなるのです」
私がそう言うと、ガルシオさんは顎に前足を当て考える。
『俺とルイが出会ったのは……今から十年前だったかな。……うん、たしかそうだ』
〔もうそんなに経つのか。時の流れは早いものだ〕
『ダンジョンの最深部で強力な魔物の群れに襲われ死にそうになっていたとき、助けてくれたのがルイだ……』
ルイ様とガルシオさんは、二人の出会いや十年の日々を話してくれる。
お屋敷での日々を話しているときだけは、ガルシオさんは元気に見えた。
フェンリルの伝承や本で読んだことを思い出しながら、辞書をめくり、言葉の海から一つずつ言葉を掬い取る。
死の淵に追い込まれてしまったガルシオさんを救うために……。
五分ほど羽ペンを走らせ、詩が完成した。
「お待たせしてすみません。詩ができました。それでは、読ませていただきますね」
『詩を聞くなんて久しぶりだよ……楽しみだ』
深く息を吸い、願いを込めて詩を詠う。
ガルシオさんが元気になってくれますようにと……。
――――
神秘の森に佇むは
薄墨の神獣
冬に取り残された
貴方の体躯に春を呼ぼう
病よ立ち去れ
病よ立ち去れ
地を駆ける足は疾風のごとく
万物を裂く爪は迅雷のごとく
貴方の体躯には神力が宿る
病よ立ち去れ
病よ立ち去れ
北の当主の良き友人たる
心優しき神の獣よ
今ここに
闇夜を照らす満月となりたもう
――――
詩を詠い終わると、〈晴天ガーベラ〉のときと同じ白い光がガルシオさんの全身を包んだ。
少しずつその身体に変化が現れる。
目には力が戻り、表情が明るくなり、ぺたんとした毛がふさふさに変わる……。
やがて、ガルシオさんの全身が銀色に光り輝いた。
まるで目の前に、それこそ満月があるかのような輝きを放つ。
今まで見たことがないくらいの神々しい美しさに、言葉も忘れて見とれてしまった。
エヴァちゃんもアレン君も、そしてルイ様も、みんなガルシオさんから目が離せないようだ。
ガルシオさんは力強く跳ね回ると、興奮した様子で私の前に来た。
『ありがとう、ポーラ! お前のおかげで病気が治ったぞ! 身体もポカポカだ!』
「ほ、ほんとですね。すごいあったかい……」
ガルシオさんは前足で私の手を掴み、身体を触らせてくれた。
さっき触ったよりずっと温かく、もふもふで気持ちいい。
いつまでも触っていたい気分だ。
「「ガルシオさんの病気が治ったー! もふもふであったかーい!」」
エヴァちゃんとアレン君もバンザイして喜んでは、ガルシオさんの周りで走り回る。
ルイ様はというと、驚きの表情で口を抑えていた。
私が見ているのに気づくと、さらさらと魔法文字を書く。
〔まさか、これほどの力があるとは……。規格外もいいところだな〕
「うまくいってよかったです。これも、ルイ様とガルシオさんがお二人のことを話してくれたからですね」
【言霊】スキルの効力を十分に発揮するには、相手を良く知る必要がある。
ルイ様とガルシオさんが、自分たちの出会いや今までの日々を教えてくれたから、病気を治すことができたのだ。
少しして、ルイ様は空中に短い文章を小さく書いた。
〔ありがとう……ポーラ〕
初めて……名前を呼んでくれた気がする。
じわじわと胸にあふれる嬉しさ。
空中に書かれた小さな文字が消えても、私の目にははっきりと刻まれていた。
『なぁ、ポーラ。背中に乗せてやろうか?』
「え……?」
嬉しさを感じていたら、ガルシオさんに言われた。
『‟霊気の森‟の端っこまで連れて行ってやる。いい眺めだぞ』
「ありがとうございます。でも、大変ありがたいのですが、まだお仕事が残っておりまして」
掃除に洗濯……まだまだやることがあるはず。
自分だけ仕事をしないわけにはいかない。
そう思っていたら、ルイ様がさらさらと書いてくれた。
〔別に気にしなくていい。ガルシオに連れて行ってもらいなさい〕
「そうだよ、ポーラちゃん。仕事はわたしたちがやっておくから安心して」
「どうぞ楽しんできてください」
エヴァちゃんもアレン君も、快く言ってくれる。
せっかくなので、ガルシオさんにお願いすることにした。
綺麗な眺めも見てみたい。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
『決まりだな。じゃあ、行くぞ。ほら、背中に乗れ』
「はい、よろしくお願……!」
ガルシオさんの背中に乗った瞬間、ぐんっと加速した。
目に映る木々や草花が見えないくらい、景色がどんどん後ろに遠ざかる。
『振り落とされないようにしっかり掴まっておけよ!』
「も、もう少し、スピードを落としていただけませんか!?」
『いやぁ、こんなに走れるのは久しぶりだ! もっとスピードを上げたくなるな!』
私の言うことなど聞こえないかのように、ガルシオさんは勢いよく走る。
落っこちないように、ギュッとガルシオさんの身体を握るしかなかった。
数分も走ると、徐々にスピードが落ち着いてきた。
『ほら、着いたぞ。もう離していい。そんなに首を絞められたら気絶しそうだ』
「す、すみません、怖くて」
ホッとしながら地面に下りる。
土の感触に安心するのも束の間、目に広大な草原と優雅な山々が飛び込んできた。
――うわぁ……綺麗……。
風に揺れる草に空高く伸びる山頂。
晴れ渡る青空と深い緑の鮮やかなコントラストが、今この場所にいる幸せを何倍も強く感じさせてくれた。
『ここは“霊気の森”の端っこだ。正面の山々は“ロコルル連峰”だな』
「こんな近くにあるんですね。ガルシオさんに乗せてもらわないとわかりませんでした」
雄大な“ロコルル連峰”を見ながら、爽やかな笑顔でガルシオさんは言う。
『さっきも話した通り、十年前俺はルイに命を救われた。そして、今度はポーラに救われた。俺は本当に運のいいフェンリルだな』
その明るい表情を見て、頑張ってよかったと強く思った。
心の中で、今言われた言葉を反芻する。
運のいいフェンリルか……。
「私も……運のいい人間です」
『ポーラも?』
呟くように言ったら、ガルシオさんはポカンとした顔を浮かべた。
「だって……ルイ様やエヴァちゃん、アレン君、そしてガルシオさんに出会えたのですから」
つくづく実感する。
自分は運のいい人間だと。
素直な思いを伝えると、ガルシオさんはフッと笑った。
『この先もルイとは仲良くしてやってくれ』
「はい……もちろんです!」
私もまた、笑顔で返事した。
ガルシオさんに乗って、お屋敷に戻る。
行きと同じように、ぐんぐん走ってあっという間に着いてしまった。
笑顔のエヴァちゃん、アレン君、そして柔らかな無表情のルイ様が出迎えてくれた。
止まる直前、ガルシオさんは振り返ると私に言う。
にっこりとした笑顔で。
『これからもよろしくな、ポーラ』
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
勢いよく、ガルシオさんの背中から飛び降りた。
私の心は温かな充足感で満たされている。
無事、ガルシオさんの病気を癒すことができたのだ。
「はい、私は言葉に魔力を乗せることができるのです」
ガルシオさんにもスキルについて説明する。
ルイ様と同じように、興味深そうに聞いてくれた。
『へぇ、珍しいスキルだなぁ……』
「私の力でガルシオさんの病気を治せるかもしれません。……どうでしょうか、ルイ様。私に【言霊】スキルを使わせてくれませんか?」
そうお願いすると、ルイ様は何やら考えていた。
しばし考えた後、空中に魔法文字が書かれる。
〔気持ちは嬉しい。だが、同時に危険もある。君の【言霊】は言葉に魔力を乗せると聞いた。ガルシオの病状を考えると、相当の魔力を消費するだろう。君が倒れてしまっては元も子もない〕
ルイ様の気遣いが心に沁みる。
でも、それに甘えるわけにはいかなかった。
私は医術師や薬師ではないけれど、ガルシオさんの具合の悪さはよくわかる。
だって……すごく辛そうだから。
「……ありがとうございます、ルイ様。 ですが……お願いです。私にガルシオさんを癒させてください。このまま見過ごすなんて、絶対にできません。少しでも良くなる可能性があるなら、精一杯頑張りたいのです」
自分の力で困っている人が助かるかもしれないのなら、正面から挑むべきだ。
それに、【言霊】スキルを授かってからの二年間、力を使っても倒れたりしたことは一度もなかった。
今日はまだスキルを使っていないし、体力も魔力も充実している。
その話もルイ様にすると、無表情にほんのわずかな笑みが浮かんだ。
〔……わかった。頼む、彼を救ってほしい〕
「ありがとうございます……ルイ様。このポーラ、全身全霊で誌を書かせていただきます。……では、お疲れのところ悪いですが、ガルシオさんの話を聞かせてくれませんか? 相手について知れば知るほど、【言霊】スキルは強くなるのです」
私がそう言うと、ガルシオさんは顎に前足を当て考える。
『俺とルイが出会ったのは……今から十年前だったかな。……うん、たしかそうだ』
〔もうそんなに経つのか。時の流れは早いものだ〕
『ダンジョンの最深部で強力な魔物の群れに襲われ死にそうになっていたとき、助けてくれたのがルイだ……』
ルイ様とガルシオさんは、二人の出会いや十年の日々を話してくれる。
お屋敷での日々を話しているときだけは、ガルシオさんは元気に見えた。
フェンリルの伝承や本で読んだことを思い出しながら、辞書をめくり、言葉の海から一つずつ言葉を掬い取る。
死の淵に追い込まれてしまったガルシオさんを救うために……。
五分ほど羽ペンを走らせ、詩が完成した。
「お待たせしてすみません。詩ができました。それでは、読ませていただきますね」
『詩を聞くなんて久しぶりだよ……楽しみだ』
深く息を吸い、願いを込めて詩を詠う。
ガルシオさんが元気になってくれますようにと……。
――――
神秘の森に佇むは
薄墨の神獣
冬に取り残された
貴方の体躯に春を呼ぼう
病よ立ち去れ
病よ立ち去れ
地を駆ける足は疾風のごとく
万物を裂く爪は迅雷のごとく
貴方の体躯には神力が宿る
病よ立ち去れ
病よ立ち去れ
北の当主の良き友人たる
心優しき神の獣よ
今ここに
闇夜を照らす満月となりたもう
――――
詩を詠い終わると、〈晴天ガーベラ〉のときと同じ白い光がガルシオさんの全身を包んだ。
少しずつその身体に変化が現れる。
目には力が戻り、表情が明るくなり、ぺたんとした毛がふさふさに変わる……。
やがて、ガルシオさんの全身が銀色に光り輝いた。
まるで目の前に、それこそ満月があるかのような輝きを放つ。
今まで見たことがないくらいの神々しい美しさに、言葉も忘れて見とれてしまった。
エヴァちゃんもアレン君も、そしてルイ様も、みんなガルシオさんから目が離せないようだ。
ガルシオさんは力強く跳ね回ると、興奮した様子で私の前に来た。
『ありがとう、ポーラ! お前のおかげで病気が治ったぞ! 身体もポカポカだ!』
「ほ、ほんとですね。すごいあったかい……」
ガルシオさんは前足で私の手を掴み、身体を触らせてくれた。
さっき触ったよりずっと温かく、もふもふで気持ちいい。
いつまでも触っていたい気分だ。
「「ガルシオさんの病気が治ったー! もふもふであったかーい!」」
エヴァちゃんとアレン君もバンザイして喜んでは、ガルシオさんの周りで走り回る。
ルイ様はというと、驚きの表情で口を抑えていた。
私が見ているのに気づくと、さらさらと魔法文字を書く。
〔まさか、これほどの力があるとは……。規格外もいいところだな〕
「うまくいってよかったです。これも、ルイ様とガルシオさんがお二人のことを話してくれたからですね」
【言霊】スキルの効力を十分に発揮するには、相手を良く知る必要がある。
ルイ様とガルシオさんが、自分たちの出会いや今までの日々を教えてくれたから、病気を治すことができたのだ。
少しして、ルイ様は空中に短い文章を小さく書いた。
〔ありがとう……ポーラ〕
初めて……名前を呼んでくれた気がする。
じわじわと胸にあふれる嬉しさ。
空中に書かれた小さな文字が消えても、私の目にははっきりと刻まれていた。
『なぁ、ポーラ。背中に乗せてやろうか?』
「え……?」
嬉しさを感じていたら、ガルシオさんに言われた。
『‟霊気の森‟の端っこまで連れて行ってやる。いい眺めだぞ』
「ありがとうございます。でも、大変ありがたいのですが、まだお仕事が残っておりまして」
掃除に洗濯……まだまだやることがあるはず。
自分だけ仕事をしないわけにはいかない。
そう思っていたら、ルイ様がさらさらと書いてくれた。
〔別に気にしなくていい。ガルシオに連れて行ってもらいなさい〕
「そうだよ、ポーラちゃん。仕事はわたしたちがやっておくから安心して」
「どうぞ楽しんできてください」
エヴァちゃんもアレン君も、快く言ってくれる。
せっかくなので、ガルシオさんにお願いすることにした。
綺麗な眺めも見てみたい。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
『決まりだな。じゃあ、行くぞ。ほら、背中に乗れ』
「はい、よろしくお願……!」
ガルシオさんの背中に乗った瞬間、ぐんっと加速した。
目に映る木々や草花が見えないくらい、景色がどんどん後ろに遠ざかる。
『振り落とされないようにしっかり掴まっておけよ!』
「も、もう少し、スピードを落としていただけませんか!?」
『いやぁ、こんなに走れるのは久しぶりだ! もっとスピードを上げたくなるな!』
私の言うことなど聞こえないかのように、ガルシオさんは勢いよく走る。
落っこちないように、ギュッとガルシオさんの身体を握るしかなかった。
数分も走ると、徐々にスピードが落ち着いてきた。
『ほら、着いたぞ。もう離していい。そんなに首を絞められたら気絶しそうだ』
「す、すみません、怖くて」
ホッとしながら地面に下りる。
土の感触に安心するのも束の間、目に広大な草原と優雅な山々が飛び込んできた。
――うわぁ……綺麗……。
風に揺れる草に空高く伸びる山頂。
晴れ渡る青空と深い緑の鮮やかなコントラストが、今この場所にいる幸せを何倍も強く感じさせてくれた。
『ここは“霊気の森”の端っこだ。正面の山々は“ロコルル連峰”だな』
「こんな近くにあるんですね。ガルシオさんに乗せてもらわないとわかりませんでした」
雄大な“ロコルル連峰”を見ながら、爽やかな笑顔でガルシオさんは言う。
『さっきも話した通り、十年前俺はルイに命を救われた。そして、今度はポーラに救われた。俺は本当に運のいいフェンリルだな』
その明るい表情を見て、頑張ってよかったと強く思った。
心の中で、今言われた言葉を反芻する。
運のいいフェンリルか……。
「私も……運のいい人間です」
『ポーラも?』
呟くように言ったら、ガルシオさんはポカンとした顔を浮かべた。
「だって……ルイ様やエヴァちゃん、アレン君、そしてガルシオさんに出会えたのですから」
つくづく実感する。
自分は運のいい人間だと。
素直な思いを伝えると、ガルシオさんはフッと笑った。
『この先もルイとは仲良くしてやってくれ』
「はい……もちろんです!」
私もまた、笑顔で返事した。
ガルシオさんに乗って、お屋敷に戻る。
行きと同じように、ぐんぐん走ってあっという間に着いてしまった。
笑顔のエヴァちゃん、アレン君、そして柔らかな無表情のルイ様が出迎えてくれた。
止まる直前、ガルシオさんは振り返ると私に言う。
にっこりとした笑顔で。
『これからもよろしくな、ポーラ』
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
勢いよく、ガルシオさんの背中から飛び降りた。
私の心は温かな充足感で満たされている。
無事、ガルシオさんの病気を癒すことができたのだ。