聖なる言霊を小言と馬鹿にされ婚約破棄されましたが、普段通りに仕事していたら辺境伯様に溺愛されています

「さて、シルヴィー及びルシアンよ。貴様らがこの場にいる理由は、言われずともわかるだろう」
「「ぐっ……」」

 大臣の声が重く響く。
 ここは王宮にある"裁きの間”。
 罪人が裁かれる場所だ。
 何人もの大臣が半円形を描くように、ぐるりと周りを囲む。
 あたくしとルシアン様は収容施設を出た後、有無を言わさずここに連行された。
 相変わらず縄で縛れており、身体中が痛い。
 少しくらい緩めなさいよ。
 この麗しき身体に傷が残りでもしたらどうするの。

「シルヴィー、貴様のせいで王様は死の淵に追いやられた。ポーラ嬢がいなければ、最悪の事態も考えられた」

 苦しむあたくしたちのことなど目に見えないかのように、大臣は冷たく話す。
 あたくしの行いが咎められ、お義姉様の活躍が褒められる。
 この扱いの差はなに……?
 イライラしながら隣のルシアン様を見ると、わずかにほくそ笑んでいた。
 さっきから糾弾されるのはあたくしばかりなので、自分は関係ないと思っているらしい。
 このボンボンが!
 自分だけ逃げるつもりね!

「そして、ルシアン・ダングレーム」
「な、なんだよ」

 怒りに身が焦がれそうになったとき、大臣がルシアン様の名前を出した。
 あら、いい展開ね。

「貴様はシルヴィーのスキルを何度も間近で見たようだな。その危険性に気づかなかったのか? なぜ、シルヴィーを止めなかった。貴様も同罪だぞ」
「あ、いや……それは……」

 たちまち、ルシアン様はばつが悪そうに俯く。
 ククク……ざまぁ見なさい。
 自分だけ助かろうとするからよ。

「さて、オリオール家について調査を行った結果、貴様らが日頃からポーラ嬢を虐めていたことも判明した」
「「っ……!」」

 安心したのもつかの間、さらなる罪に問われた。
 ま、まずいわ、どうにかしてこの場を乗り切らないと。
 少しでも罪が軽くなるような立ち回りを考えるも、何も思い浮かばなかった。

「ポーラ嬢へ行った数々の悪行に覚えがあるはずだ。人格を否定するような暴言での罵倒、暴力、度を超えた雑用の強要……」

 大臣は次から次へと、あたくしとルシアン様がお義姉様にしてきたことを説明する。
 そのどれもが、オリオール家での出来事と合致していた。
 ここまで調べ上げるなんて失礼でしょうが。
 あたくしのプライバシーをなんだと思っているの。
 こうなったら、お義父様とお母様にどうにかしてもらうしかないわね。
 ダングレーム家に取り次いでもらいましょう。
 伯爵家の権力を使って、この裁判の結果を破棄させてやる。

「おい、あいつらを連れてこい」

 大臣が衛兵に言うと、二人の男女が"裁きの間”に連れてこられた。
 彼らの顔を見た瞬間、とても叫ばずにはいられなかった。

「お、お義父様とお母様!?」

 縄で縛られ衛兵の後に続いて歩くのは……お義父様とお母様だった。
 二人とも暗い顔で俯く。

「シルヴィー、貴様の両親もポーラ嬢へのいじめに加担していたな。虐待とも言える長年の所業は、とうてい許されることではない」

 さらに告げられるのは、お義父様とお母様への糾弾。
 どんどん状況が悪くなる。
 さすがのあたくしも焦りを感じるけど大丈夫。
 こちらにはまだ逆転の手段が残されている。
 傍らで俯くルシアン様に小声で話しかけた。

「ルシアン様……しっかりしてください。今こそ、ダングレーム家の力を見せつけるときですわ」
「……ダングレーム家の?」

 あたくしの言葉を聞くと、ルシアン様の表情に生気が戻る。
 この男を操って、裁判その物を壊してやるわ。
 
「そうですわ。メーンレント王国が誇る有力な伯爵家の力を、あの愚かな大臣たちに誇示するのです。ルシアン様はあんな愚か者たちに裁かれる人間ではありません」

 徐々にその顔に自信が現れる。
 ルシアン様は今や、獅子のような顔つきとなった。

「おい、俺はダングレーム伯爵家の跡取りだぞ! こんな裁判は無効だ! 伯爵家の顔に泥を塗ったな! むしろ、お前たちが裁かれる立場だろうが!」

 力強い叫び声が"裁きの間”に響く。
 最後にして、何よりも強力な頼みの綱――ダングレーム伯爵家。
 国内有数の名家ということは、大臣たちも知っているはずでしょうに。
 喧嘩を売ってしまったわね。
 愚か極まりない。
 そもそも、こんな裁判を開くこと自体間違っていたのだ。
 大臣たちは何も言わない。
 いや、言えない。
 あたくしは勝ち誇った気分だったけど、大臣が告げたのは衝撃的なセリフの数々だった。

「ルシアンよ、貴様はダングレーム家から正式に追放された。爵位も剥奪だ。もう伯爵家でもなんでもない」
「…………え?」

 ルシアン様の間抜けな声が、"裁きの間”に溶けるように消える。
 あたくしもまた、理解が追いつかなかった。
 正式に追放、爵位も剥奪ですって?
 呆然とするあたくしたちの前で、衛兵が一枚の紙を広げた。
 ルシアン様はダングレーム家から勘当された、という内容が書かれている。
 大臣の話したことは真実だったのだ。

「……クソッ……クソが! クソがあああ!」

 暴れるルシアン様を、衛兵が乱暴に取り押さえる。
 あたくしはというと、もう会話する気力さえなかった。
  

「貴様ら四人には……終身刑の判決を下す!」

 勢いよく裁判用の槌が振り下ろされる。
 カンッ! という音が響いた瞬間、衛兵があたくしたちの周りに集まった。
 有無を言わさぬ勢いで立たされる。 

「ちょ、ちょっと、離しなさい! 痛いでしょっ!」
「やめろ! 引っ張るな! 血が出てるんだぞ!」

 あたくしたちの訴えなど聞こえないかのように、衛兵は縄をさらに縛り上げる。
 無理やり方向転換させられると、地下へ続く階段の入り口が目に入った。
 不気味な黒い影が差し、ぽっかりと空いた口は恐ろしい怪物のようだ。
 自分たちがこれからどんな運命をたどるのか、嫌でも実感する。
 恐怖がわき上がり、背筋が凍った。
 お、お願い……やめて!
 
「この者たちを地下牢に連れて行け」
「「はっ!」」

 いくら抵抗しても衛兵は動きを止めない。
 あっという間に地下への階段を降ろされ、あたくしとルシアン様、お義父様とお母様の二人ずつ、暗い牢獄に放り込まれた。
 ガシャンッ! と荒々しく錠が下ろされる。
 すかさず、勢いよく檻を掴んだ。

「ここから出しなさい! あたくしは無実よ!」
「「出すわけないだろ! 一生、この暗闇で反省しろ!」」
「あっ、待ちなさい!」

 衛兵はあたくしたちを見ることもなく、階段を上って立ち去った。
 牢獄を気味悪いほどの静寂が支配する。
 ゴクリと唾を飲む音も聞こえるほどだ。
 急激に心細くなり、ルシアン様に話しかける。
 こうなったら、どうにか脱獄のチャンスを待つしかない。
 それまでは仲良く過ごした方がいいだろう。

「ルシアン様ぁ、脱獄の計画を考えましょぉ。二人でここから逃げ出すのぉ」

 いくら話しかけても、ルシアン様は答えようとしない。
 しびれを切らし、ゆさゆさと揺する。

「ねえ、ここから出し……」

 暗闇に目が慣れ、ルシアン様の顔をよく見た瞬間、あたくしは言葉を失った。

「もう……無理だよ……シルヴィー……」

 やつれた老人のように、ルシアン様は力なくうずくまる。
 こんなに元気がないのは初めて見た。
 いつも獅子のように力強かった婚約者の変貌を見て、じわじわと自分の運命を実感した。
 あたくしはずっとここで過ごすの……?
 この何もない、ただただ暗闇しかない牢獄で……?
 そう自覚した瞬間、どっと後悔の念が押し寄せた。
 
 ――こうなったのも全部、あたくしたちがお義姉様を虐げたからだ。

 小言なんかじゃない。
 お義姉様はずっと、あたくしたちのためを思って詩を詠ってくれたのだ。
 今になって、それがどれだけ尊いことかようやくわかった。
 こんなあたくしを守ってくれた、本当に素晴らしい人……。

 ――お義姉様の詩が聞きたい……。あの優しくて温かい詩が……。

 心の底からいくら望んでも、あの美しい詩があたくしを癒すことはなかった。