〔二人とも、ここが“霧の丘”だ。そして、丘の上に建つのが“廃墟の館”だな〕
“ロコルル”から馬車に乗ること、約一時間。
私たちは目的地の丘に着いた。
道中はどこも晴れていたのに、この周辺だけ薄らと霧がかかる。
“霧の丘”と呼ばれるのも納得できた。
辺りに家々はなく、丘の頂上に一軒だけ大きな家――“廃墟の館”が建つ。
詩の製作のため、馬車に乗りながらルイ様から館の詳細についても聞いた。
歴史が深いようで、建ってから半世紀ほど経つらしい。
「霧の中に浮かび上がるのが、ここからでもなんだか不気味です」
〔人気がないのもあり、レイスたちには格好の棲み処だったんだろう〕
私とルイ様は頂上に向かって数歩踏み出したけど、ガルシオさんはむすっとしたまま動かない。
馬車を降りた後も、終始不満げだった。
〔ガルシオ、さっきからどうした。腹でも痛いのか?〕
『……ずっと布を被せられていたらこうなるさ』
フェンリルのガルシオさんを隠すため、ルイ様が考えた策は至ってシンプルだった。
それは……大きな布を被せること。
目と鼻だけは穴を空けてあったみたいだけど、ガルシオさんは雑に扱われた気分になると訴えていた。
しかも、御者さんにはルイ様が新種の犬だとか説明してしまった。
〔すまない。透過魔法などをかければよかったのだが、なるべく魔力は温存しておきたかったんだ〕
『帰りは魔法を使ってくれよな。それと、俺は犬じゃない』
〔悪かった。せめて狼にしておくべきだった〕
『わかればよろしい』
文句を言いつつも、ガルシオさんはとても怒っているわけではない。
二人のやり取りを見ていると、そう感じることができた。
ガルシオさんも私とルイ様の隣に合流し、みんなで丘を登る。
レイスは棲み処の建物から出ることはないので、“廃墟の館”までは安心して進めた。
五分ほど歩くと、“廃墟の館‟に到着した。
いよいよドッペルゲンガーと対峙すると思うと胸がドキドキする。
「緊張してきました……」
〔屋敷に入る前に、外から状況を確認しよう〕
『賛成だ』
私たちは外周に沿ってぐるりと歩く。
館は柵で囲まれており、外からも中の様子が見えた。
門や塀の柵、館の壁に至るまで、蔦が幾重にも巻き付く。
窓ガラスが割れているところも見え、人が住まなくなってからずいぶんと月日が流れたのを感じる。
敷地内にはお庭があるものの草花は枯れ果て、雑草が茂り、地面はひび割れていた。
ルイ様のお屋敷は来訪者を温かく迎える気持ちが伝わったけど、この館は侵入者を拒絶するような雰囲気だ。
昼間なのにやけに暗く見えるのは、きっと霧のせいだけじゃないと思う。
館や庭の様相、感じた気持ちを言葉にしてノートにメモる。
ドッペルゲンガーと出会った後は、辞書をめくる暇もないかもしれない。
真剣に羽ペンを走らせていたら、ガルシオさんが興味深そうに言った。
『そんな一心不乱に、ポーラは何を書いているんだ?』
「詩に使えそうな言葉のメモです。前もって書いておいた方が慌てなくてすむと思いますので」
『立派な心掛けじゃないか』
〔ポーラはいつも真面目に頑張ってくれるな〕
二人の言葉に笑顔で答える。
ひとしきり偵察が終わり、門のところに戻った。
〔では、中へ入る前に作戦を確認しよう。レイスは館の中を不規則に飛び回る。ドッペルゲンガーも同様だ。散らばるのは危険だから、三人一塊で行動する〕
「わかりました」
『了解だ』
事前にお屋敷で話した作戦通りだ。
報告だと、生息するドッペルゲンガーは一体だけ。
コピーされても、三対一なら数の差でこちらが有利となる。
〔討伐は私が行う。ガルシオはポーラの護衛だ〕
『任せろ。指一本触れさせないさ』
「ありがとうございます。私も十分に注意します」
【言霊】スキルは自分に対しては使えない。
私は魔法もあまり得意ではないので、その分よく周りを見るよう気合いを入れた。
ルイ様、私、ガルシオさんの順番で敷地に入る。
お庭を横切り、そっと玄関を開けた。
がらんどうのロビーが私たちを出迎える。
豪勢なシャンデリアには蜘蛛の巣がかかり、床には埃が積もる。
当たり前だけど明かりは点いておらず、光源は窓から差し込む太陽の弱い光だけだ。
ルイ様が空中に手をかざすと、白い光を放つ小さな火球が現れた。
数m先まで照らされホッとする。
〔大丈夫か、ポーラ。怖かったら外で待っていても構わんが〕
「いえ、大丈夫です。ちょっと暗くて緊張しただけですので」
いつもの魔法文字もキラキラと光っていた。
強がりなどではない。
ルイ様やガルシオさんがいると思うと、ドッペルゲンガーの潜む館でも無事に進めると思えた。
〔わかった。だが、あまり無理はするな。この館は二階建てなので、上から下に降りてこよう〕
『後ろの見張りは任せろ』
ロビーにある大階段を昇り、まずは二階に向かう。
真っ直ぐな廊下が左右に伸びる。
床には深い赤色の絨毯が引かれるも、汚れで黒っぽく見えた。
壁には均等に扉があるので、住民の居住区なのだろう。
まずは北に面する右側を調べることになった。
ルイ様が扉をそっと開け、中の様子を確認する。
私も後ろから静かに覗いた。
数脚の椅子と丸テーブルがあるけど、ロビーと同じがらんどうの部屋が広がる。
ドッペルゲンガーの気配は感じなかった。
〔何もいないな。ドッペルゲンガーは別の場所にいるようだ〕
「みたいですね」
『これを繰り返すとなると、確実だが大変な作業になるな』
扉は開けたままにして廊下に戻る。
正面には暗闇が続く。
ガルシオさんの言うように、結構大変な仕事になりそうだと思ったとき。
不意に、ルイ様が片手を上げて私たちを止めた。
ガルシオさんも耳がピクッと立ち、睨むように廊下の暗がりを見る。
〔気をつけろ、二人とも。思ったより早い接触となった〕
「は、はいっ」
『逆に探す手間が省けたな』
胸の底から湧き上がる緊張を押し殺す。
どんな人も飲み込んでしまうような暗闇から、もう一人のルイ様が現れた。
“ロコルル”から馬車に乗ること、約一時間。
私たちは目的地の丘に着いた。
道中はどこも晴れていたのに、この周辺だけ薄らと霧がかかる。
“霧の丘”と呼ばれるのも納得できた。
辺りに家々はなく、丘の頂上に一軒だけ大きな家――“廃墟の館”が建つ。
詩の製作のため、馬車に乗りながらルイ様から館の詳細についても聞いた。
歴史が深いようで、建ってから半世紀ほど経つらしい。
「霧の中に浮かび上がるのが、ここからでもなんだか不気味です」
〔人気がないのもあり、レイスたちには格好の棲み処だったんだろう〕
私とルイ様は頂上に向かって数歩踏み出したけど、ガルシオさんはむすっとしたまま動かない。
馬車を降りた後も、終始不満げだった。
〔ガルシオ、さっきからどうした。腹でも痛いのか?〕
『……ずっと布を被せられていたらこうなるさ』
フェンリルのガルシオさんを隠すため、ルイ様が考えた策は至ってシンプルだった。
それは……大きな布を被せること。
目と鼻だけは穴を空けてあったみたいだけど、ガルシオさんは雑に扱われた気分になると訴えていた。
しかも、御者さんにはルイ様が新種の犬だとか説明してしまった。
〔すまない。透過魔法などをかければよかったのだが、なるべく魔力は温存しておきたかったんだ〕
『帰りは魔法を使ってくれよな。それと、俺は犬じゃない』
〔悪かった。せめて狼にしておくべきだった〕
『わかればよろしい』
文句を言いつつも、ガルシオさんはとても怒っているわけではない。
二人のやり取りを見ていると、そう感じることができた。
ガルシオさんも私とルイ様の隣に合流し、みんなで丘を登る。
レイスは棲み処の建物から出ることはないので、“廃墟の館”までは安心して進めた。
五分ほど歩くと、“廃墟の館‟に到着した。
いよいよドッペルゲンガーと対峙すると思うと胸がドキドキする。
「緊張してきました……」
〔屋敷に入る前に、外から状況を確認しよう〕
『賛成だ』
私たちは外周に沿ってぐるりと歩く。
館は柵で囲まれており、外からも中の様子が見えた。
門や塀の柵、館の壁に至るまで、蔦が幾重にも巻き付く。
窓ガラスが割れているところも見え、人が住まなくなってからずいぶんと月日が流れたのを感じる。
敷地内にはお庭があるものの草花は枯れ果て、雑草が茂り、地面はひび割れていた。
ルイ様のお屋敷は来訪者を温かく迎える気持ちが伝わったけど、この館は侵入者を拒絶するような雰囲気だ。
昼間なのにやけに暗く見えるのは、きっと霧のせいだけじゃないと思う。
館や庭の様相、感じた気持ちを言葉にしてノートにメモる。
ドッペルゲンガーと出会った後は、辞書をめくる暇もないかもしれない。
真剣に羽ペンを走らせていたら、ガルシオさんが興味深そうに言った。
『そんな一心不乱に、ポーラは何を書いているんだ?』
「詩に使えそうな言葉のメモです。前もって書いておいた方が慌てなくてすむと思いますので」
『立派な心掛けじゃないか』
〔ポーラはいつも真面目に頑張ってくれるな〕
二人の言葉に笑顔で答える。
ひとしきり偵察が終わり、門のところに戻った。
〔では、中へ入る前に作戦を確認しよう。レイスは館の中を不規則に飛び回る。ドッペルゲンガーも同様だ。散らばるのは危険だから、三人一塊で行動する〕
「わかりました」
『了解だ』
事前にお屋敷で話した作戦通りだ。
報告だと、生息するドッペルゲンガーは一体だけ。
コピーされても、三対一なら数の差でこちらが有利となる。
〔討伐は私が行う。ガルシオはポーラの護衛だ〕
『任せろ。指一本触れさせないさ』
「ありがとうございます。私も十分に注意します」
【言霊】スキルは自分に対しては使えない。
私は魔法もあまり得意ではないので、その分よく周りを見るよう気合いを入れた。
ルイ様、私、ガルシオさんの順番で敷地に入る。
お庭を横切り、そっと玄関を開けた。
がらんどうのロビーが私たちを出迎える。
豪勢なシャンデリアには蜘蛛の巣がかかり、床には埃が積もる。
当たり前だけど明かりは点いておらず、光源は窓から差し込む太陽の弱い光だけだ。
ルイ様が空中に手をかざすと、白い光を放つ小さな火球が現れた。
数m先まで照らされホッとする。
〔大丈夫か、ポーラ。怖かったら外で待っていても構わんが〕
「いえ、大丈夫です。ちょっと暗くて緊張しただけですので」
いつもの魔法文字もキラキラと光っていた。
強がりなどではない。
ルイ様やガルシオさんがいると思うと、ドッペルゲンガーの潜む館でも無事に進めると思えた。
〔わかった。だが、あまり無理はするな。この館は二階建てなので、上から下に降りてこよう〕
『後ろの見張りは任せろ』
ロビーにある大階段を昇り、まずは二階に向かう。
真っ直ぐな廊下が左右に伸びる。
床には深い赤色の絨毯が引かれるも、汚れで黒っぽく見えた。
壁には均等に扉があるので、住民の居住区なのだろう。
まずは北に面する右側を調べることになった。
ルイ様が扉をそっと開け、中の様子を確認する。
私も後ろから静かに覗いた。
数脚の椅子と丸テーブルがあるけど、ロビーと同じがらんどうの部屋が広がる。
ドッペルゲンガーの気配は感じなかった。
〔何もいないな。ドッペルゲンガーは別の場所にいるようだ〕
「みたいですね」
『これを繰り返すとなると、確実だが大変な作業になるな』
扉は開けたままにして廊下に戻る。
正面には暗闇が続く。
ガルシオさんの言うように、結構大変な仕事になりそうだと思ったとき。
不意に、ルイ様が片手を上げて私たちを止めた。
ガルシオさんも耳がピクッと立ち、睨むように廊下の暗がりを見る。
〔気をつけろ、二人とも。思ったより早い接触となった〕
「は、はいっ」
『逆に探す手間が省けたな』
胸の底から湧き上がる緊張を押し殺す。
どんな人も飲み込んでしまうような暗闇から、もう一人のルイ様が現れた。