ーー加茂井くん達が別れてから4日が経過した。
 彼は授業中に外を眺める回数が増した。時より大きなため息をつく。その度に、美術室で浮気現場を目撃していた彼の表情を思い出す。
 私が彼の為にしてきたことと言えば告白くらいしかない。……いや、そんなの力になるわけない。

 ここ4日間は大きな波風もなく過ごしていたけど、嵐は前触れもなく訪れた。


 ――放課後、昇降口に降りていくと、複数人の女子ただならぬ噂話が耳に入ってきた。
 4組の下駄箱に軽い人だかりが出来ていたので人の頭の隙間から顔をひょいと覗かせると、そこには木原くんを壁に追いやってワイシャツの襟元を掴み上げて睨みつけている加茂井くんの姿があった。
 しかも、他の生徒が距離をとるくらい緊迫状態に包まれている。
 私は冷や汗を滲ませたまま人だかりをかき分けて一番先頭に立った。


「てめえぇぇぇっ!! いまなんっつった!! もう一度言ってみろよ」

「まぁまぁ、そう熱くなるなって。ここにいるみ〜んながお前が暴力ふるってると思ってるよ?」

「はぁぁぁあああ?!?! 先に挑発してきたのはお前だろ?」

「そんなに拳を高く上げて俺を殴ろうとでもしてんの? それで何かの解決に?」

「お前っっ……。俺の心境を知ってて煽ってんだろ? どれだけ苦しめれば済むんだよ!」


 ここに、私が知ってる彼はいない。
 まるで槍の雨が降り注がせているかのように攻撃的になっている。
 敢えて言葉にしなくてもわかる。赤城さんへの気持ちの大きさが。その度に私の心臓は握りつぶされていく。
 なんだろう。この窮屈な気持ちは……。


「別に。決着はついてるから軽く挨拶しただけ」

「っっ、てめぇええっ!! なんだとぉぉお!!」


 逆上している加茂井くんとは対照的に、木原くんは冷静な姿勢を崩さない。見下した目で淡々と語るだけ。
 場の空気は悪化の一途を辿るばかり。加茂井くんが声を荒げてるせいか、野次馬は吸い寄せられて来る。傍から見ても明らかに木原くんの挑発行為だとわかっているけど止めに入る者はいない。
 だから、その役を買うのは私だと思って二人の目の前に立った。


「ケンカは……ダメですっっ!! 加茂井くん、いますぐ木原くんから手を離して下さい」


 仲裁に入った瞬間二人の目線が向けられたけど、加茂井くんの意識は再び木原くんに行き、襟元を更にキツくねじり上げた。


「嫌だ! 俺の邪魔すんな!!」

「おいおい……。心配してくれてる矢島に失礼だよ」

「っるっせ!! そんなの知るか!!」

「加茂井くん! 何があったかわかりませんが一旦落ち着いてください」


 この学校に入学してから初めて腹の底から声を上げて加茂井くんの腕を引っ張った。しかし、彼の手は木原くんから離すつもりはない。


「そんなの無理に決まってんだろ! 矢島は引っ込んでろ!!」

「加茂井くんっ……、一旦落ち着いて下さい。お願いだから……」

「だってよ? 襟がくしゃくしゃになるから離してくんない?」

「知るかっっ!! お前は俺になんの恨みがあるんだよ」

「そんなの、お前自身がよくわかってるだろ」

「てんめぇぇぇっっ!!!!」

「加茂井くんっっ!!」


 私が加茂井くんの腕を掴むと、彼は木原くんを振り払うように手を離した。すると、木原くんは「やってらんねぇ」と吐き捨ててから外へ出ていき、加茂井くんは不機嫌な足取りで廊下方面にずんずんと歩き出した。私は焦ってその背中を追う。


「待って下さい、加茂井くん……」

「……」

「待って下さいっっ! 私と話をしましょう」


 彼が足を止めた場所は、赤城さん達の浮気現場だった美術室前。彼は扉の前にストンと腰を落とすと、頭をぐしゃぐしゃとかきむしった。


「あいつ……、俺の耳元で『今まで沙理がお世話になりました。もう二度と近づかないでね』だってさ。ただですら傷ついてんのにどうして気持ちを煽ってくんのか意味不明。それに、あいつが俺から奪ったのは沙理だけじゃなく……」

「えっ……」

「……いや。何でもない。言いたいことを言わなきゃ消化しきれない。ただですら失恋して精神的に参ってんのにさ」

「ごめんなさい。でも、あのまま木原くんとケンカしてたら加茂井くんが壊れちゃうような気がして……」


 あのまま感情任せでぶつかったらお互い失うものしかないと思っていた。いつかはぶつかる日が来るかもしれないけど、それがまさかこんな早くにやって来るなんて。


「矢島……さ。どうして俺の為にそこまですんの? 何のメリットもないのに」

「それは……、加茂井くんを守りたいからです……。それに、加茂井くんの幸せが私の幸せでもあるので」

「ははっ。なんだよ、それ。……神様かよ」

「いえ、ただの片想いです。…………ダメ、ですかね」

「はぁ~っ……。お前には参ったわ」

「ごめんなさい」

「そこまでしてくれても見ての通り失恋したばかりだから、いまは自分のことで頭がいっぱいというか……」

「いいんです。期待はしてません。だから、困ったことがあったら遠慮なく言って下さいね」


 私はニコリとそう言うと、彼は大きなため息を漏らした。
 言いたいことはだいたいわかっている。”相当変わってる女”だと。

 でも、二人のケンカを止めたことに後悔してない。
 私は私のやり方で彼の心を救っていきたいから。