――文化祭当日。
私は中学生の頃から愛用していた黒縁メガネを外し、ドラッグストアの販売員さんのテクニックを真似て化粧をしてから登校した。
校門を通り抜けてから男子の目線がやけに吸い付く。黒縁メガネをかけてヘッドホンを装着していた時は見向きもしなかったクセに。
実はドラッグストアに行ったおととい、帰宅してからメイクの練習をした。
問題のメイク用品はというと、ドラッグストアで買わされるのが嫌で百均のプチプラで揃えた。
漢字練習帳の枠からはみ出さないように漢字を書いていた小学生当時のように、少しずつ、丁寧に、慎重に、YouTubeで2日間学びながらメイクした。
「ねぇ。あんなキレイな子、学校にいたっけ?」
「全然見覚えないね」
「同じ制服を着てるから、うちの学校の生徒だよね?」
『ヘッドホン矢島』と野次ってたくせに、メイク一つで化けた私に気づかないなんて皮肉な話だ。
教室内はクラスの出し物のワッフル屋の装飾がされていて、作業をしている人や雑談をしている人など様々だった。
だけど、私が教室に足を踏み入れた瞬間、クラスメイトの目線が集中した。少しざわつき、近くの人と顔を見合わせたりしている。
「矢島……さん?」
「うそぉ〜。キレイ!! ねぇねぇ、人形みたいじゃない? 自分でメイクしたの?」
「おはよぉ、矢島さん。うわっ、本当に別人みたい」
「……あっ、はい。おはよう……ございます」
女子3人が私に駆け寄ってきて声をかけてきた。彼女達は同じクラスなのに喋ってきたのは今日が初めて。
いままで距離を置いていたクセに、急に”矢島さん”だなんて……。
でも、何故かちょっと嬉しかった。
輪の中で少し喋っていると、後から教室に入ってきた加茂井くんが私の手を引いて「ちょっと来て」と言って廊下に呼び出した。
彼は私の顔をマジマジと見ながら聞いた。
「本当に矢島……だよね? 違う人みたいだけど」
「見た目は変わっても性格は変わっていません」
「……だろうな、その口調。でも、どうして急に変わろうと思ったの?」
「無難を選択した時点でそれ以上の期待は掴めないと思ったからです」
「難しいことを言うなぁ」
「つまり、少しでもかわいくなったら運命が変わるんじゃないかなって。私も、加茂井くんも……」
警察官の鈴木さんにアドバイスを貰ってから自分なりのアピールを考えてる途中にドラッグストアでメイクしてもらい、生まれ変わった自分を見て思った。
100%の自分を見てもらいたいなら、性格も容姿も100%を出し切ってみようと。それが一番のアピールになるんじゃないかなと考えた。
「もしかして、本気で沙理にヤキモチを妬かせようと考えてる?」
「いえ。本音を言うと、加茂井くんに性格も見た目も100%の自分を見てもらいたいからです」
私は自分に自信を持ってキリリとした目つきでそう言うと、彼は顔を赤くして口元を抑えた。
「相変わらずプッシュが強いな」
「えへへ……。それより、私がかわいくなって嬉しいですか?」
「は?」
「冗談ですよ〜。真に受けないで下さい」
「あはは、矢島には参るよ……」
「えっ、それって私に惚れたってことですか?」
「そんなことひとことも言ってないわっっ!!」
――文化祭は文化の日の今日1日のみ。
午前中担当の私は、クラスの出し物のワッフルの販売をしていた。
オレンジ色のクラスTシャツを着て白いエプロンを装着。私ともう一人の女子がお客さんから食券を受け取って、背後のワッフル作りの担当者に渡すという流れ作業をしていると、同じクラスの坂上さんが「交代するよ」と言ってきて段ボール一枚挟んだ向こうのバックヤードに連れて行った。
「あのさ。矢島さんが受付にいると……、なんか……こう……目立つと言うか…………男子の目線を独り占めしてると言うか……」
「そうなんですか? 気づきませんでした」
「だから、お願いっっ!! ワッフルを焼く担当と代わってくれない?」
「いいですよ」
私は彼女の提案を素直に受け入れてエプロンを解こうとして背中に手を回すと、私達の間に木原くんがスッと入ってきた。
「ちょっと待って。担当をみんなで決めたんだから、自己都合で変更するなんてダメだよ」
「だって、これから別のクラスの彼氏がここに来るって言ってるし……」
「それ、自分勝手じゃない? それに、矢島が受付をしてればいい看板娘になるんじゃない? な、矢島?」
「私は別にどっちでも……」
「まぁまぁ、いいから。受付に戻って」
木原くんはそう言うと、私は半強制的に受付に戻された。
彼と話すのは、加茂井くんとケンカしてる時に仲裁に入った時以来だけど、どうして急に間に入ってきたんだろう。
受付を続けていると、他の学年の男子に名前を聞かれたり、「一緒にワッフル食べてくれませんか」と誘われたり、「今度遊びに行かない?」と連絡先を渡されそうになったり、今まででは考えられないくらい男子の対応がひっくり返っていた。
でも、それよりビックリしたのは、男子に声をかけられる度に木原くんが間に入ってきて……。
「そーゆーのやめてくれない? 彼女の仕事の邪魔になるから」
まるで私のボディーガードのように追い払ってくれた。
別に木原くんと仲がいい訳じゃないし、頼んでもいないのに。
――12時半になり、午後担当の人達と交代した。
客引きで教室を出ていた加茂井くんが教室に戻ってきた際に一緒に周ろうと誘ってくれた。嬉しくて思わず顔がニヤける。
お昼ご飯で購入した焼きそばを食べた後、室内ボーリングと、お化け屋敷と、演劇と、クレープ屋さんに行った。
この一瞬一瞬が夢のよう。
本物の彼女だったら、きっと何十倍も幸せなんだろうな……。
「次はどこ行きたい?」
「射的店が気になるけど……。そこは1組の赤城さんのクラスだから……」
彼女のクラスなんて行ける訳がない。
加茂井くんが赤城さんと顔を合わせてしまったら、浮気現場を目撃したあの日のことを思い出しちゃうんじゃないかと思って首を横に振った。
しかし、彼は……。
「沙理が教室にいるかどうかわかんないし」
「でも、気まずいですよね」
「そんなの気にしてたら復讐なんて出来ないよ」
「そうですけど……」
加茂井くんは赤城さんのことが常に念頭にある。
だから、彼女の名前が口に出される度に胸がキュッと苦しくなる。
――それから1組の教室に到着。
中に入ると、教室の後方に射的のレーンが3つ用意されていた。
景品として、三段分のひな壇それぞれに駄菓子が用意されている。小さい子は手前から割り箸銃が打てるように、スタート位置が手前に設定されていた。
受付でチケットと銃を交換して説明を受けた後、彼は割り箸銃を構えながら言った。
「何が欲しい?」
「私は上段の右から3番めのふ菓子がいいです」
「よっしゃ。輪ゴムは5発あるから1発で決めてやる」
「あっ、は……はい。……1発でも当たるといいですね」
「ちょっと待った! なにその期待が薄い反応。もしかして、輪ゴムが当たらないとでも思ってんの?」
「おおおおっっ……、思ってませんよ……。ごごごご……誤解です」
「それ、絶対思ってるやつだよな……」
彼は割り箸銃の引き金を引くと、輪ゴムは一発でふ菓子に命中。その瞬間、彼は満面の笑みを浮かべたまま私の方に向いて片手を上げた。
「うぇ〜い!!」
ハイタッチの合図かなと思って、手のひらを向けてパチンと叩かせた。
彼が友達とハイタッチをしてるところを見たことはあったけど、自分が経験してこなかった分なんか嬉しい。彼女……というより友達に近い感じだけど、それでも彼との心の距離は確実に縮まっている。
それを実感していく度に離れたくないなって思う。
……しかし、何気なく扉付近に目を向けたら、紫のTシャツを着ている赤城さんが腕を組んだまま私達の方を見ていた。
その目は何かを語っているかのように真っ直ぐ向けられている。私は気まずく思ってしまい、サッと目を逸らした。
彼の願い通り復讐を手伝ってあげたいと思う反面、彼女は史上最強のライバルでもあるから……。
暗い顔のままうつむいていると、彼が「どうしたの?」と聞いてきたけど、首を横に振って「なんでもない」と答えた。
二人はもう別れたから何ともないと割り切ればいいのに、彼女の瞳はまだ終わりを見せていない。