藤堂家での一件は、柊羽の手によって内密に処理されることになった。『幸運の異能』がその場にいるだけで運を引き寄せる異能という、ざっくばらんなものではなく、異能力者の意志で思い通りにできる可能性が出てきたからだ。藤堂家にかけられた呪いの一件も含め、慎重に事を進めることになった。もちろん、藤堂家は取り潰しになる。事情聴取を受けた後で、一番呪いの影響を受けていた慧山と百合子は空気の良い田舎へ移り住むことが決まっている。
 冷酷な鬼神と呼ばれる柊羽にしては優しい行動に、周りは珍しそうな顔をしていたが、「妻の望む形に」と一言告げて去っていくのを見てしばらく茶化されることになったとか。
 再び人間の姿に変化できるようになったテマリも、満足げに鼻を鳴らしたらしい。


 そして、ようやく落ち着きを取り戻した、桜が咲き始める春の日。
 椿と柊羽は二人そろって屋敷を出る。珍しく面を外した柊羽の手には、新しく記入された婚姻届があった。これから役所に向かうらしい。
 ふと、桜並木の下で柊羽が立ち止まった。

「椿、その……ちゃ、ちゃんと言葉にしていなかったから、言わせてくれないか」
「え?」

 つられて足を止めた椿が不思議そうに首を傾げると、柊羽は椿の左手を取って薬指にきらりと光る結婚指輪をなぞる。緊張しているのか、触れる手が震えていた。

「名前を知らないあの日からずっと、君のことを忘れたことはなかった。俺は不器用で、人付き合いが悪いが……それでも、隣にいることを選んでくれてありがとう」
「……それは、私も同じです」

 震える手を包むように、椿は握り返す。

「もっと、旦那様のことを教えてください。この先もずっと、あなたの隣にいさせてください」

 椿が今までで一番嬉しそうに微笑むのを見て、柊羽はたまらず椿を抱きしめた。

【別れてください、旦那様~身代わり令嬢と冷徹な鬼神の不器用な半年間~】 完