その日、椿と柊羽はそろって藤堂家へ向かっていた。
 なんでも、慧山自らが街で百合子の一件で直接謝罪がしたいのだという。謝罪ならばそちらがくるべきではないかとも思ったが、屋敷でも百合子が暴走し、足を怪我して動けないらしい。なんともわざとらしい呼び出しだったため、椿は無理に行かなくてもよいと言ったが、「ついでに面倒ごとは早く終わらせよう」と柊羽の一声で里帰りが決まった。
 和解した二人はあの後、今まで話せなかったことを夜が明けるまでとことん話をした。そもそも、入籍すらしていないのだから、離婚するしない以前の問題だ。近々、藤堂家と話し合いの場を設け、改めて椿を紫月家の嫁として受け入れる方向で話がまとまっていた。ちょうど良い機会なのかもしれない。
 柊羽が新しく仕立ててくれた赤い着物を着た椿は、馬車の外を見ながらぎゅっと拳を固めた。
 父親であり当主の慧山の計算高さは椿が一番よくわかっている。没落寸前の藤堂家のために柊羽に金の無心をすることもあり得るが、百合子がどう出てくるかがわからない。実家に顔を出す程度のはずなのに、気が重い。

「椿」

 優しい声で呼ばれたと同時に、固めた拳を覆うように柊羽の手が握られた。今日も面をつけているが、どことなく優しい表情をしているような気がした。

「怖い顔をするな。君はしっかり前を向いて、堂々としていればいい」
「ですが……」
「なら、『君は冷酷な鬼神に離婚届を叩きつけるほど度胸のある女性だ』と言えば少しは変わるか?」
「あ、あれは勘違い甚だしいと言いますか! ……ああもう、引っ張り出さないでください。恥ずかしい……」

 雪の降る夜、本当のことを明かされた椿は、自分の行動があまりにも間抜けに思えてしまい、思い出すだけで顔が真っ赤に染まっていた。なるべく忘れるようにしてはいるものの、反応見たさに柊羽が時々揶揄ってくるのだ。
 半年間もかかわりのなかった自分の夫がこんなに意地悪な性格をしていたとは、と呆れる反面、新しい一面を知れて嬉しいのも事実。
 それは柊羽も同じだった。いつものペースに戻った椿を見て、軽く頭を撫でる。

「そのままの君でいてくれ。隣には俺がいる」
「……はい、旦那様」