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「――だから、俺は君が姉を演じていることに気付いていた。いつか話さねばと思っていたが、ここまで君を追い詰めてしまっていたとは……すまなかった」

 一通り説明し終えた柊羽が頭を下げるも、椿の頭の中は混乱したままだった。

「え、えっと……つまり、旦那様は私がお姉様でないことを最初から知っていて、結婚もしていない、ということでしょうか?」
「知っていた。結婚については戸籍上、そういうことになっている。わざわざ調べる者はいないだろうし、そんな輩が現れた際には報告するよう、役所には手を回している。今のところ、藤堂家の人間が調べた様子はない。まぁ、調べられたところで君を帰すつもりはなかった」
「……では、私が無能であることも、すでにご存じなのですね」

 必死に隠そうとしてきた椿だったが、結局は無駄足に過ぎなかった。

「どうしてですか? 藤堂家の意図に気付いていたなら、どうして私を今日までおいてくださったのです? 私が内部事情を外部に漏らす可能性だって、十分にありましたよね」
「君はそんなことをするような人ではない。――そう、信じている」

 柊羽の赤い瞳が、椿をまっすぐ捉えると、ゆっくりと頬へ手を伸ばす。

「俺は家族という存在がわからない。愛し方など知らない。人間などと毛嫌いしたことだってある。でも君は、強引に押し付けた着物を着て喜んでくれた。テマリにも平等に接してくれた。演技ではないことは明白だ。だからこそ、俺も君を大切にしなければならない」

 触れそうな距離なのに、触れてしまえば壊れてしまうような気がして、柊羽は寸前のところで手を留める。

「確かにこの半年間、俺は君とろくに顔を合わせることも、言葉を交わしたこともなかった。申し訳ないと思っている。ただ、これだけは言わせて欲しい。――君は、無能なんかじゃない。俺に誰かを大切に想うことを教えてくれた最愛の人だ。異能なんかなくたって、俺は君を選んでいた」
「……っ」

 今までずっと、椿は自分を無能だと言い聞かせてきた。周囲がそういうのだからそうなのだと、誰にも自分を認めてもらえない環境が鎖のように巻き付いていた。
 でも今やっと、自分を見てくれる人がいた。
 優秀な姉ではなく、椿という人間そのものを受け入れてくれる、優しい人に。

「触れてもいいか、椿」

 柊羽は椿の目線に合わせ、低く優しい声で問う。初めて名前で呼ばれて、胸の奥が高鳴るのを感じる。ぎこちなく頷くと、柊羽は割れ物を扱うように、慎重に椿の頬に触れた。大きくてごつごつした手のひらが震えているのが椿にも伝わると、頬につたっていた涙がまた溢れていく。

「……やっと。やっと言えた」

 柊羽がぎこちなく椿を抱きしめる。伝わってくる温もりに、椿は身をゆだねた。

(お慕いしております、旦那様)

 少しでも伝わってほしいと、椿もそっと彼の背中に手を回した。