それは、雪がしんしんと降り積もる冬の日の夜のことだった。
嫁いでから初めて贈られた薄紅色の着物に袖を通して、薄く化粧を施し、結い上げた髪に小さく赤い椿の花飾りがついた簪を慎重に挿した。鏡の前で帯の緩みや重ね目に乱れがないか、何度も確かめながら、これから自分がすべきことを頭の中で反芻していく。気持ちが揺らいでしまう前に、ある程度荷物を整えて自室を出た。
半年前に嫁いでから今日まですっかり見慣れたお屋敷は、暖かい日差しが差し込む縁側も、美味しい匂いを漂わせる台所も、すべてが懐かしく思える。
――それも、今日で終わり。
「旦那様、入ります」
目的の部屋の前に着いた。襖越しに一声かけると、中から素っ気ない声が聞こえる。何を言っていたのかは聞き取れなかったけど、いつものことだ。私は襖を開いて中に入った。
そこにいたのは、界隈では古くから恐れられる無敗の鬼神――紫月家の若き当主、柊羽。端整な顔立ちに吊り上がった鋭い瞳は赤く、黒の長髪を一つにまとめられている。その見目麗しい容姿は、誰もが振り返るほどの美しい鬼だった。
余りにも美しくて、思わず息を呑んだ。――自分の夫だというのに。
「どうした?」
囁くような低く甘い声で問う彼の前に行くと、隠すように持っていた一枚の紙を差し出した。冷酷と呼ばれる彼が、「離婚届」と書かれたそれを見てわずかに目を見開く。
ああ、あなたはそんな表情もできたのですね。
でも、もう遅い。
「別れてください、旦那様」
半年間、ろくに言葉を交わさなかったあなたに、今さら愛などございません。
嫁いでから初めて贈られた薄紅色の着物に袖を通して、薄く化粧を施し、結い上げた髪に小さく赤い椿の花飾りがついた簪を慎重に挿した。鏡の前で帯の緩みや重ね目に乱れがないか、何度も確かめながら、これから自分がすべきことを頭の中で反芻していく。気持ちが揺らいでしまう前に、ある程度荷物を整えて自室を出た。
半年前に嫁いでから今日まですっかり見慣れたお屋敷は、暖かい日差しが差し込む縁側も、美味しい匂いを漂わせる台所も、すべてが懐かしく思える。
――それも、今日で終わり。
「旦那様、入ります」
目的の部屋の前に着いた。襖越しに一声かけると、中から素っ気ない声が聞こえる。何を言っていたのかは聞き取れなかったけど、いつものことだ。私は襖を開いて中に入った。
そこにいたのは、界隈では古くから恐れられる無敗の鬼神――紫月家の若き当主、柊羽。端整な顔立ちに吊り上がった鋭い瞳は赤く、黒の長髪を一つにまとめられている。その見目麗しい容姿は、誰もが振り返るほどの美しい鬼だった。
余りにも美しくて、思わず息を呑んだ。――自分の夫だというのに。
「どうした?」
囁くような低く甘い声で問う彼の前に行くと、隠すように持っていた一枚の紙を差し出した。冷酷と呼ばれる彼が、「離婚届」と書かれたそれを見てわずかに目を見開く。
ああ、あなたはそんな表情もできたのですね。
でも、もう遅い。
「別れてください、旦那様」
半年間、ろくに言葉を交わさなかったあなたに、今さら愛などございません。