***
昨日も雨が降っていた。
9回目の相合傘。
一つの傘で帰る私たちを、容赦なく雨粒が打ちつけた。
途中からものすごい土砂降りになって、もはや傘なんか意味をなさなくなったから雨宿りをすることになって。
もう何年も前にシャッターの降りたタバコ屋。
その軒下に避難して、勢いを増す雨を眺めていた。
「やべっ、めっちゃ濡れたわ」
「私も足とかすごい」
鞄からタオルを取り出して濡れたところを拭き取っていく。
三島もだいぶと濡れたらしく、ガシガシとタオルで至る所を拭いていた。
あまりにも力が入りすぎていたのか、拭いた勢いでタオルが三島の手からすぽーんと離れて、私の足元へと着地する。
落ちたよと、それを屈んで拾おうとして、その手が重なった。
三島のタオルに集まった私の手と、私よりも随分と大きい三島の手。
「えっ」
多分、お互いびっくりして、伸びた手を辿って視線を上げれば、かなり近い距離に三島の顔があって。
その瞬間、まるで時が止まったかのように動けなくなってしまった。
目があったまま、三島もなぜか動かなくて。
それは時間にしてどれほどだったのか。
長いような短いようなよくわからない時間をふわふわと漂って、どこか膜に覆われたみたいに雨の音が遠のく。
それなのに雨の匂いに混じって三島の家の柔軟剤の香りがやけに鼻をついた。
ぴくりと、一瞬三島が動いたような、そんな気がしたその瞬間──
────ドォーーン
薄暗い雲に覆われた空が、フラッシュに包まれた。
そう思った時には、すでに爆発のような音をした雷がびりびりと空気を震わせていて。
「……っ!」
それに驚いてびくりと身体が震えたおかげで、我に帰った頭がようやく動くという行動を思い出したのか、弾かれたように距離を取る。
雨の轟音を一気に拾い上げる耳。
三島も立ち上がったのがわかったけれど、そちらを見れなくて。でも三島もこっちを見ていないことはなんとなく肌で感じていた。
お互いに無言の中、古びた軒を叩く雨の音だけが響いていた。
***
結局あの後、雨が小降りになるのを待ってから、2人でまた一つの傘で帰った。
じゃあ。
また明日。
交わした言葉は別れる寸前のそれくらい。
無言で帰り着いて、ご飯を食べてる時もお風呂に入ってる時も、どこかぼーっとしたままで。
ソファに座ったまま何もしないでいる私を心配してか、お母さんがつけてくれたテレビから流れてきたドラマにふと我に返った。
あ、これ見ようと思ってたやつ。
人気アイドルのダブル主演。
ドラマ好きを名乗ってる身としては、──主にみっちゃんに対してだけだけど──、このドラマの存在自体を忘れかけていたことに大変ショックを受けた。
何という不覚。失態である。
己を恥じて真剣に見始めた娘に安堵したお母さんが、隣に座ってそのドラマを一緒に見始める。
初回拡大スペシャルだったから、時間は10時を過ぎようとしていて、主人公がツバサに告白するところで一緒にドキドキと胸が高鳴って。
"何かと重ねちゃった?"
えぇえぇ重ねましたとも。
思わせぶりな行動をとったくせに主人公を振ったツバサ。それに心を痛める主人公。
さっき、キスしそうになったのに、もし告白して振られたらどうしようなんて。
……キスしそうになった、なんて思ってるのも私だけかもしれないし。
未遂でもなかった。
思い返せば、お互い思ったよりも近かったその距離にびっくりして固まった。ただそれだけ。
そこから唇が近づいてきたとか、そんなことが起きていたらそれは未遂にカウントされるけど。
三島も私も、全く動かなかったんだから、未遂の未遂だ。いや未遂の未遂ってなによ?
……それに、私は動かなかったというよりも、動けなかったというのが正しい。
てか大体さ、もういっそのことキスしてくれば良かったのに。
近づいてきてさえくれれば、私も流されることくらいはできた。
……流されるのが嫌だったのかもとか、そういうネガティブな思考だけはすぐに思いつく自分が大変憎らしい。
ドラマが終わった後、叫んだ私を見兼ねてか、もう寝たら?と言ったお母さんに、そうすると言ったものの、ベッドに入ってもずっとモヤモヤがなくなることはなかった。