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初めて相合傘をした日。
あの日も、雨が降っていた。
「うわっ雨じゃん」
「ほんとだ」
私たち以外、昇降口には誰もいなかった。
「今日降るって言ってたか?」
「絶対言ってない。天気予報見てないけど」
「俺も見てないけど絶対言ってないと思うわ」
くだらない話をしながら雨が止むのを待っていたけれど、一向に弱まる気配さえなかった。
「止まねーな」
「そだね」
「あーなんか腹減ってきた」
「お菓子あげようか?」
そう言って鞄を漁れば、奥底から出てきた折りたたみ傘に思わず大きな声が出る。
「ちょ、ちょっと!」
「どしたー? お菓子なかったとか? 別にないならないで──」
笑う三島の目の前に、バッと水玉模様の折りたたみ傘を取り出す。
「なんか入ってた!」
「まじ? 天才か?」
「天才かもしれない」
側から見れば頭が痛くなるほど馬鹿丸出しの会話をしていたこの時の私は、まだ気づいていなかった。
「じゃ、帰ろうぜ」
広げた傘を自然と手に取った三島に、きっと他意はなかったのだろう。
だって2人で一つの傘を使うのなら、身長が高い方が持つのが自然の流れだから。
「え?」
でも私にとってそれは想定外の出来事で。
「え?」
「え、入るの?」
「え、入っちゃダメなの?」
ぱちりと目を瞬かせた私と、同じように目を丸くした三島。
「えぇ〜もしかして俺置いて1人で帰る気だった? ひっでぇ〜」
「いや、そんなことは……ないけど」
傘を閉じながらわざとらしいくらい悲しんでますと顔に出す三島に、大袈裟すぎと呆れることもできなかった。
だって、本当にそんなつもりはなかった。
私の頭の中にあったのは雨に濡れずに帰れることへの喜びと、ないと思っていたものが見つかった時の興奮だけだったから。
それなのに三島の思わぬ行動で、傘を見つけた時には行きつかなかった思考が、あるひとつのことにしっかりと結びついてしまって。
──これ、相合傘じゃん。
瞬間、ぶわっと顔が熱くなった。気がする。
咄嗟に俯き、バレてないかと垂れた髪の隙間から三島を見上げれば、その視線は空へと向かっていて少しだけほっとする。
でも雨のせいで薄暗いのと、視界の悪さも相まって、三島がどんな顔をしているかまでは読み取ることができなかった。
「氷川は俺に雨の中濡れて帰れって言ってんだ」
「そんなことは言ってないじゃん……」
大袈裟にため息をつく三島に、必死に心を落ち着かせながら冷静なフリをする。
三島によって握られた傘が、もう一度音を立てて開かれた。
それにつられて顔を上げれば、さっきまでの悲しんでたふりはどこへ行ったのやら。
三島の身長では随分と小さく見える傘の中で、いつものように、いや、いつも以上に楽しそうな笑顔でこちらを見ていた。
「じゃ、帰ろうぜ」
打ち付ける雨せいでろくに会話も聞こえず、自然と無言になる中、帰り道を2人で歩く。
濡れないようにとお互いに身を寄せるせいで、たまに触れる三島の腕に、どうしようもなく心臓がバクバクと音を立てて。
どうか気づかれないようにと願いながら、何だか私だけが意識しているみたいでバカみたいだと、小さくため息が漏れた。
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その日以降、こっそりと鞄に折りたたみ傘を忍び込ませるようになった。
あの時のことを思い出してはドキドキして、そしてまた、と期待して。
雨が降ると心が躍った。……少しだけ。
特に午後から降る日なんて、もう抜群だ。
はたと昇降口で、待ち合わせというほどでもないけれど、なんとなくお互いを待ってみたりして。
「今帰り?」
「うん」
外では雨が降っていて、多くの人が傘をさしていた。
「あのさ、」
キタ。今だ。
「「傘あるんだけど」」
重なった声に、2人してえっと声が漏れた。
「あ、じゃあ帰るか」
「そ、そだね」
どこかぎこちないまま、二つの傘が隣り合って揺れる。
しとしとと静かに傘へと落ちてくる雨は、この前よりも随分と優しい音がした。
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そんなこんなで噛み合ったりそうじゃなかったりと色んな日があったけれど、いつの日からか昇降口で会うと決まって三島がこういうようになった。
「傘、忘れちゃった」
そういう時は大体朝は晴れてるのに、午後から雨が降るような天気で。
それにしょうがないなぁと。
あくまでも仕方ないという風に、三島を傘へと招き入れるのだ。
本当はドキドキして嬉しくてたまらないくせに。
それが三島にバレなければいいといつも願っていた。
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