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「ありえない!!!!」
開口一番。
おはようと声をかけられる前に放った言葉。
「お、おぉ。おはよ」
「おはよう!」
驚いたみっちゃんがそれでもいつもと同じくくれた挨拶に、怒り収まらぬ勢いで返事をする。
「どしたの、凪。ご立腹じゃん」
「聞いてよみっちゃん!」
みっちゃんこと美智子は私の親友で、ただならぬ態度の私に面白いものが見れるかもとニヤニヤしながら前の席に鞄を置く。
そのまま椅子をくるりと回転させて、私の机を挟んで向かい合って座る形になった。
「──友達にしか見れない」
「へ?」
「……って言ったの!」
「誰が……ってあぁ! もしかして昨日のドラマ?」
察しのいい私の親友はすぐに何のことかわかったらしい。
「そう!」
今期話題の恋愛ドラマ。
高校を舞台に2人のイケメンが女の子を取り合うという、まさに世の中の女子が憧れるようなシチュエーション。という触れ込みだったはずなのに。
「なんっっっなの! なんっなのまじで!」
目を瞑れば昨日の光景がありありと思い出されて、また沸々と感情が湧き上がる。
「友達にしか見れないって! どゆこと!? 友達にしか見れないんならなんであんな思わせぶりなことしたの!? ダメじゃん! ダメでしょ!?」
テレビを前に声デカデカとはぁ!?っと叫んで怒られた昨日の夜。
でも叫びたくもなるでしょ!
でしょ!?と賛同を得るために開けた瞳に映ったのは、まるでどうでもよさそうにスマホをいじってるみっちゃんの姿。
「え、聞いてた?」
「うん、聞いてたよー」
さっきまでのわくわくした顔は何処へやら。
親友は興味が湧くのも速ければ、失うのも随分と速いらしい。
「あ、もしかしてドラマ見てない?」
「見たよ」
「だよね」
スマホから顔を上げたみっちゃんに、感想は?と聞けば、うーんとひとつ考えた後、特に盛り上がることなく淡々と答えてくれた。
「まぁ、まだ一話目だし」
「一話からあんなだから言ってるんじゃんー!」
全く違う熱量に思わず机に伏せれば、あっはっはと笑われる。
「いやー相変わらず凪はドラマに対する熱がすごいね」
「……遠回しにバカにしてる?」
むくりと体を起こせば、今度はみっちゃんのスマホが机に伏せられる。
「まっさか〜。凪がそうやっていつも熱く語ってくれるからドラマ見るようになったんだし」
……これ褒められてるのか?
「で、みっちゃんはどっちとくっつくと思う?」
「カケル」
「同意」
カケルというのはドラマに出てくる男の子で、2人のイケメンのうちの片方だ。
ちなみにもう片方がツバサで、こっちは一話目からして主人公を降ったトンデモ男。
カケルとツバサは今人気絶頂の2人組アイドルで、そんな彼らが2人して主演に大抜擢ということもあってこのドラマは注目を浴びている。
どちらとくっつくのかということにドラマ開始前からみんな夢中なのだ。
「いやぁでもまだ一話目だしなー。降ったくせに主人公に惹かれてしまうっていうのは王道っちゃ王道でしょ」
「それな。ツバサも全然あるよまだ。……っていやいやダメじゃん! あるけど、でもあんな思わせぶりなことして振っちゃダメじゃん!」
結局また振り出しに戻った思考に、待ったをかけるのは我が親友。
「本人はまだ気づいてないっていう可能性もある」
「……というと?」
「頭ぽんぽんとか、なんかつい主人公のことを目に追っちゃうとか、まだ好きって気付けてないが故の無意識の行動かも」
「な、なるほど」
確かにそう言われるとそんな気もしてくる。
てかそうならむしろちょっと可愛いじゃん。
「……いやでも、ならなんで告白されて振っちゃうの」
あの時の主人公の泣き顔に、思わずこっちまで胸がぎゅっとなってしまった。
「なんでこの話をわざわざ一話目にしたのか」
「ほう」
「──それは告白をきっかけにツバサが恋に気づいていくというストーリーでファイナルアンサーでしょ!」
ナ、ナンダッテー!
「て、てんさいじゃん」
「よせやい」
「よっ天才みちこ!」
徐々に人が増えてきてどんどん騒がしくなる教室。
「ま、あたしはてっきり三島と何かあったんだと思ったんだけど」
静かに落とされた爆弾は、しっかりと私を吹き飛ばした。
「んぐっ……! げっ、げほっ」
油断してお茶を飲んでたのが運の尽き。
咽せる私をみっちゃんが大丈夫?といって背中をさすってくれるけど、原因はあなたですよ。
「はぁーーー…………はぁ!?!!?」
落ち着くために吐き出した息そのままに、噛み付くようにみっちゃんへと詰め寄る。
「なんて? なんで!?」
なんて言ったの、何でそう思ったの。
混乱する頭で飛び出た端的な言葉でも、みっちゃんにはしっかりと伝わったらしい。
「いや、だから三島と何かあったのかなって。ほら、昨日あいあいが──「こらこらこら!」
朝だよ!? 学校だよ!?
そんな相合傘なんてっ、そんな言葉、ダメでしょ!
「てか何で知ってるの!?」
「あんなに堂々と一緒に帰って、逆になんで知られてないと思ったの?」
にやりと、こちらを見て笑みを深めたみっちゃん。
とてつもなく嫌な予感がする。
「まぁもう慣れたもんだしね。何回くらいしてるんだっけ?」
「は、はぁああ!? 別に慣れるとかそんなんじゃないし! わざわざ回数とか数えてないしぃ!」
「あー確か両手の指で数えられなくなったんだっけ。ちょうど昨日ので」
「違いますぅ。まだ二桁もいってないので余裕で両手で数えられますぅ!」
「あ、やっぱ数えてんだ」
ぎくっ。
「は、はめられた」
「んな大袈裟な。ま、片手ではもう数えられないよね。昨日ので確か9回目か」
「なんで知ってんの……」
もはや何も言い返せず、どこまでも知ってるみっちゃんに恐怖さえ覚えてしまう。
「だからこそこそするならまだしも、割と堂々と一緒に帰ってるじゃん。元々隠す気ないでしょ」
「そ、そんなことないもん」
ただ一緒の傘に入れることが嬉しくて周りのことなんて頭に入ってこなかったとか、そういうんじゃないもん。
「で、昨日相合傘して帰ったはずなのに、今日は朝から怒ってて。こりゃなにかあったなと思ってたらドラマの話とかさ〜。あたしのドキドキを返してよ」
そんな言われましても……。
どちらかと言うと私の心の平穏を返してほしい。
「で、本当に何もなかったの?」
「……何もないよ」
「ふぅん」
意外そうに丸まった目がスッと細まる。
こうやって笑う時のみっちゃんは超危険だ。
「そういや、やけに好きでもないのに思わせぶりなことするなーって怒ってたね」
どきっ。
「何かと重ねちゃった?」
どきどきっ。
「そっ……」
「?」
「そんなこと、ないしぃ……」
「声ちっさ!」
ゲラゲラと笑い出したみっちゃんに、うわぁーと意味もなく声を上げる。
「本当にそんなことないもん! バカ、バカなの! 三島はバカなだけ! バカだからしょうがないのー!」
みっちゃんは三島とは断定してないし、こんな言い方じゃそういう思わせぶりなことがあったと言ってるも同然なのだけれど、それに気づけるだけの余裕は残念ながらこの時の私にはなかった。
「誰がバカって?」
「ぎゃっ」
不意に後ろからかかった声に、喉から変な悲鳴が出た。
「三島おはよー」
「えっ、いつから!?」
いかにもやましいことを話してましたと言わんばかりの質問だけど、三島が食いついたのはそこじゃなかった。
「バカってとこから。おはよ」
「あ、おはよ」
振り返って、三島の顔を一瞬だけ見て、また前を向く。
とりあえずよかった!
バカってとこだけならよかった!
ほんの今さっきのところから聞かれてたみたいだから、相合傘だの回数を数えてるだの聞かれたくないことは無事守れたみたいだ。
「で、何がバカって?」
なんか、さっきから同じことばかり言ってるね?
「そんなこと言ってません」
「バカってとこから聞いたんだって」
めちゃくちゃ気にしてる。
めちゃくちゃ食いついてくる。
「知らないけど、バカってことはバカなんじゃない」
大体、まだまともに三島の顔も見れてない。
ていうか普通に話しかけられるのが信じられない。
「はぁ〜?」
はぁ〜?はこっちが言いたいんですけど!?
「あのねぇ! バカはバカでしょ! 大体昨日だって──」
湿った雨の匂いと、光る空、轟く雷の音。
五感全てで思い出せる昨日のこと。
「……昨日だって?」
黙ってしまった私を変に思ってか、はたまた単に続きを聞きたいだけか、みっちゃんが繰り返した言葉に、はっと意識が教室へと引き戻される。
「……雨降ってたのに、傘、持ってこないし」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか。
急に小さくなった私に、みっちゃんが不思議そうな顔をしている。
「……ま、確かにな」
三島の顔は見れなかった。
前方の席へと歩いていく後ろ姿。
いつもと変わらないその背中を見て、腹の奥がぐるりと唸った。
昨日、相合傘9回目。
三島と、キスしそうになった。