「先生!」

「何?どうしたの、新井(あらい)さん」

「お願いがあります」

「ん?」

「月曜日の夜、校舎の中に入ってもいいですか?」

「……ん?ごめん、話が分かんない」

「その日、花火大会があるのは知ってますか?」

「知ってる」

「その花火がよく見えそうな教室を見つけたんです。だから、その教室から花火を見させてほしいんです」

「いやいやいや、ちょっと待ちなさい。その日って祝日でしょ?」

「はい」

「時間は?」

「7時半から9時です」

「完全下校の時間は?」

「7時です」

「なら、無理だって分かるでしょ?」

「だからお願いに来たんです」

「いや、そんな真っ直ぐな目で言われても」

「ばれないように気を付けます。絶対、うるさくしないです。だから――」

「待って待って。それ、新井さん、1人?」

「いえ、クラスの子がもう1人」

「教室ってどこ?」

「自習室Aです」

「自習室A、ってどこだっけ?」

「第2棟の2階の1番奥の教室です」

「あー、確かにあったね」

「はい」

「そこからよく見えるの?」

「見えるはずです」

「はず?」

「はい。私、こっちに引っ越してきてから、1回も花火を見たことがないんです。でも、方角的には完璧なはずです」

「んー、まあ、どうせ、その時間ぐらいまでは先生も学校にいるのはいるんだけど。んー……」

「お願いします。最後の思い出になるかもしれないんです。先生に迷惑は掛けないように気を付けます。だから、お願いします」

「ほらほら、そんなに頭下げなくていいから」

「だめ、ですか……?」

「んー……」

「先生……」

「分かった」

「先生!」

「ただし、」

「……?」

「条件がある」

「はい」

「一つ、生徒・先生、それ以外の全ての人に対して、このことは秘密。

二つ、花火大会は9時までだけど、先生も早く帰りたいから、学校にいていいのは8時半まで。

三つ、使っていいのは自習室Aだけ。

四つ、窓は開けてもいいけど大声は出さない、大きな音を立てない、電気をつけない。

五つ、校内にいていいのは2人だけ。

六つ、他の人には言わないこと」

「……最初と最後、一緒じゃないですか?」

「それだけ大切ってこと。守れる?」

「はい!守れます」

「よし」

「先生、ありがとうございます」

「学校に着いたら、とりあえず電話して」

「はい、分かりました」

「あ、それと、」

「なんですか?」

「花火のことじゃないんだけど。転校のこと」

「……はい」

「本当に、みんなに言わないの?」

「……はい、そのつもりです」

「みんな、ショックだと思うけど」

「……そんなこと、ないと思います」

「そんなことあるでしょ?ほら、特に、浦口(うらぐち)さん。仲良いでしょ?」

「はい」

「悲しいんじゃない?まあ、あの子の場合、暴れ出しちゃかも」

「ふふ、かもしれないですね」

「だったら――」

「でも、いいんです」

「……そう」

☆☆☆