「空なんてどうやって飛ぶのよ!!」

「飛びたいと念じてみて下さい、えいって」

 半信半疑ながらも、ラミッタは空を飛ぶイメージを持ち、魔力を込めてみる。

「って、うわぁ!?」

 ラミッタの体が1メートルほどスゥーッと空へ浮いてフワフワ漂っていた。

「なっ!?」

 マルクエンは驚いて言葉を失っていたが、我に返るとこう言った。

「ず、ずるいぞラミッタ!! 私も空を飛んでみたい!!」

「ずるいって言われても……」

 ラミッタは困惑しながらも更に高度を上げる。

「女神様!! 私も空を自由に飛びたいのですが!!」

 目をキラキラと輝かせながら言うマルクエンに、女神は残念そうな顔して答えた。

「マルクエンさんは、空を飛ぶ適性がありませんね。代わりに覚醒した際の力は、今のところ普段の数十倍。慣れれば数百倍程になります」

「私こそ宿敵の能力の方が欲しいわ!!」

「困りましたね。人間は何故人の物を欲しがるのでしょうか……」

 女神が苦笑しながら言う。

「あなた方は、自分に無い物を互いに補い合うのです」

「補い合う……、か」

 マルクエンは小さく呟いた。

「さぁ、行きなさい勇者と成りし人の子よ!! 魔王を倒すのです!!」

 そう言って女神の姿はスゥーッと薄くなり、消える。

「だいぶ分かってきたわ」

 そんな事を言いながらラミッタは空を左右にフワフワ飛ぶ。

「やっぱり、羨ましいぞ!! 空を飛べるの!!」

 悔しそうなマルクエンを見て得意げに笑うラミッタ。

「それじゃ、私はこの窓から帰るから、宿敵は頑張って階段ね」

「大丈夫なのか?」

 地上がはるか彼方に見えるので、マルクエンは流石に心配する。

「大丈夫、平気よ!!」

 フワフワと窓の外へ飛ぶラミッタは、ゆっくりと地上に降りていった。

「やっぱりずるい!!!」

 マルクエンは来た道を全力疾走して帰っていく。

 途中の雪原や草原が普通の部屋になっており、階段を降りれば良いだけなのが救いだったが。




「遅いわよ、宿敵」

 塔の外ではラミッタと、勇者パーティーが待っていた。

「マルクエンさんも到着しましたか」

 勇者マスカルがマルクエンを見て言う。

 塔の中では、長い時間を過ごしたように感じていたが、外の太陽の傾きはそれほど変わっていなかった。

「お待たせしました」

「ラミッタさんが空から降りてきた時は、何事かと思いましたが、ご無事でなにより」

 魔道士の女、アレラが少し笑いながら言う。

 勇者マスカルは少しの悔しさを胸に秘めて、名残惜しそうに試練の塔を見る。

「そう言えば、魔人はどうなりましたか?」

「えぇ、お二人が塔へ入ると同時に鐘が鳴り響き、退散していきました」

「そんな事が……」

 マルクエンも不思議そうに塔を振り返った。

「とにかく、お二人が無事に試練を突破できて良かった。ですが、休んでいる時間はありません」

 マスカルがそう話を続ける。

「近くの街に馬車を手配しました。それに乗って『ライオ』を経由し、王都『アムールト』へ向かいます」

「ライオね、あの街をずっと目指していたんだけど、だいぶ寄り道ばかりしていたわね」

 ラミッタは片目を(つむ)りながらため息を漏らす。

「あぁ、そうだな」

 マルクエンも苦笑いをしていた。




 勇者マスカルパーティとマルクエン達は街まで辿り着くと、ひとまず今日はここで休息を取ることになる。

 街外れでラミッタは空を飛ぶ練習をしており、勇者マスカル達もその様子を見ていた。

「ラミッタ。空を飛ぶってのはどんな気分だ?」

「とーっても気持ちいいわよー」

 気持ちが良いのは事実だったが、マルクエンを悔しがらせたいために、より大げさに言う。

 案の定マルクエンは羨望の眼差しを向けてくる。

「しかし、マスカルさん。こんなに人だかりが出来ていて、良いのですか?」

 マルクエンは何十人も居る見物人を見て尋ねた。

「えぇ、これからお二人は、もう勇者になるのですから。人々の希望なのです」

「勇者ですか……」

 マルクエンは何だか照れくささを感じる。

「今まで人目に付かないように、この世界で生きていましたので」

「これからは逆になりますね。目立って目立って、人々に力を見せるのです」

 そう、魔王や魔人に怯える人々には、心の拠り所が必要だ。

 それこそが勇者なのだ。勇者とは、ただ魔王を倒すだけではない。

 今、ラミッタが行っている事も立派な仕事だ。

「勇者様スゲー!!!」

 子ども達が目を輝かせながら空を飛ぶラミッタを見つめている。

 段々と鳥のように俊敏に動けるようになってきたので、急上昇や急降下を繰り返しながら手を振り返した。

「あぁ、しかし、やはり可憐だラミッタさん……」

 マスカルは小声でそう呟く。



 日が暮れて、街へ戻る頃には、すっかり街中が勇者の話題で持ち切りだった。

 これは、街の酒場での会話。

「勇者様達、初めて近くで見たけど、やっぱすげぇよな!! 空飛んじまうし!!」

「あぁ、それに、何と言ってもメッチャ可愛くないかラミッタさん!?」

「分かる。可愛い上に強いとか反則だろ!!」

 男たちは空を飛ぶラミッタの話で盛り上がる。

「私は勇者マスカル様かなー、やっぱり」

「確かにマスカル様も良いけど、あのマルクエンって人もヤバくない?」

「わかるー!! 超わかる!! 高身長イケメンでさー」

 女たちはマスカル派かマルクエン派かで意見交換が行われていた。



「はっくしょん!!」

「っくしょん!!」

 宿屋でマルクエンとラミッタは同時にくしゃみをする。

「あの山小屋で風邪でも引いたか?」

「私の国では、突然くしゃみする時は誰かに噂されているって言い伝えがあるわ」

「そんな、まさか」

 マルクエンはハハハと笑い流していた。