音楽室に入ると、すでに由依が座って待っていた。

「お待たせ、由依。遅れてごめんね」

 陽葵が謝るが、返事はない。由依は不思議そうにこちらを見ている。

「……二人とも、いつからそんなに仲良くなったの?」

 由依に指摘されて、はっとする。

 しまった。教室を出たときから、ずっと陽葵と手を繋いだままじゃないか。

 俺たちは慌てて手を離した。

 陽葵は顔を赤くして由依に詰め寄る。

「ち、違うの! これはその、逃げてきたからなの!」
「なるほど……愛の逃避行ね?」
「何それ! そんなんじゃないし!」

 むきーっ、と声を荒げる陽葵。意外だ。こっち方面のイジリは弱いんだな。

 ……と、陽葵の弱点を見つけて喜んでいる場合じゃない。早く誤解を解かないと。

「違うんだ、由依。実はな――」

 俺は陽葵と手を繋いでいた経緯を由依に説明した。

「そう……そんなことがあったのね。私はてっきり、二人が付き合い始めたのかと思ったわ」
「そ、そういうのやめてってば!」
「あら? でも、陽葵は三崎くんの出ていたライブに……」
「あーっ! それ言ったら絶交するからね!」
「はいはい。ごめんなさいね」

 怒る陽葵と、笑顔でからかう由依。本当に仲がいいな、この二人は。

 ……ところで、由依はなんて言おうとしたんだ?

 陽葵が俺の出たライブに居合わせたことを、どうして今さら話題にしたのか……いや、聞くのはよそう。俺も絶交されてしまうかもしれないし。

 心の中で結論づけたところで、陽葵は俺を睨みつけてきた。

「それより三崎くん! 新曲の歌詞、早く見せてよ! 前回みたいな歌詞だったら怒るからね!」
「俺に八つ当たりするなよ……」

 がるるる、と唸る陽葵に急かされつつ、鞄からノートを取り出した。机の上に広げ、付箋が貼ってあるページを開く。

「読んでみてくれ。これが俺の魂の叫びをぶつけた歌詞だ」
「魂の叫び、か……由依。読んでみようよ」
「ええ。拝読するわ」

 陽葵と由依がノートを覗き込む。

 歌詞をチェックしている間、二人は無言だ。音楽室は静寂に包まれており、妙な緊張感があった。
 でも、もう不安はない。
 俺らしい歌詞は書けたんだ。あとはメンバーの判断に任せよう。

 しばらくして、陽葵が顔をあげた。

「三崎くん……これだよ、これ! こういう根暗でロックな歌詞がほしかったの!」
「そ、そうか……一応確認するけど、褒めてるんだよな?」
「もちろん! ね、由依! この歌詞いいよね!」
「ええ。世の中に対する不満が煮詰まっていて、それが根暗男子の視点から描かれている……負け犬にしか書けない素敵な歌詞だわ」
「本当に褒めてる?」

 悪口にしか聞こえないのは俺だけか?

 ……ま、別に悪口でもいいけどね。

 だって、二人の表情を見ればわかるんだ。
 俺は、俺らしい歌詞を書けたんだって。

「よし! じゃあ、歌詞はこれで決定ね! あとは練習あるのみ――」
「あ。待って、陽葵」

 一人で盛り上がる陽葵を由依が止めた。

「何よぉ、由依。テンション爆上がりだったのにー」
「ふふっ、ごめんなさい。でも、その前にバンド名を決めましょう」
「バンド名?」
「ええ。オーディションに『軽音楽同好会(仮)』のバンド名で応募したでしょ? あれ、ライブハウスから駄目だって連絡が来たわ。早く正式なバンド名を考えてくださいって」

 ……俺たちって同好会だったんだ。初耳だわ。てっきり部かと思っていたよ。

 地味にサプライズを受ける俺の隣で、陽葵は必死にバンド名を考えている。

「バンド名かぁ……ねえ、三崎くん。中学時代のバンド名、教えてよ。参考になるかもだし」
「やめとけ。参考にならないから」
「そんなことないよ。きっと得るものがあるって」
「……『ビート・エアライン』だけど」
「え、ダサっ! 脈拍航空会社じゃん!」
「日本語に直すな! ダサくなる!」
「英語でもダサくない?」
「うるさい! 当時はかっこいいと思ってたんだよ!」

 ちなみに、バンド名の発案者は俺だ。ダサくて悪かったな。

「昔のバンドの話はいいんだよ。真面目に考えるぞ」

 俺がそう言うと、由依が控えめに手をあげた。なんだか恥ずかしそうにしている。

「ねえ。私、ずっと案を温めていたんだけど、発表してもいい?」
「本当か? ぜひ教えてくれ」
「『スリーソウルズ』っていうの、どうかしら?」

 スリーソウルズ……三つの魂か。

 いい語感だな。短くて覚えやすいし、スリーピースバンドだってわかるのもいい。

「陽葵の魂は『キラキラした青春を過ごす』という夢。三崎くんの魂は『自己主張ができない自分とはサヨナラする』という強い意志。そして、私の魂……三つそろって『スリーソウルズ』ってイメージなんだけど」
「最っ高! エモすぎ! 由依ってば天才!」

 陽葵は嬉しそうに言って、由依にむぎゅっと抱きついた。

「ありがとう、陽葵。実は結構自信あったりして」
「お、さすがだねー。ところで、由依の魂って何?」

 由依から離れて首を傾げる陽葵。
 俺もそれは気になっていた。由依のヤツ、自分の魂については言わなかったから。

「私の魂はね……今はナイショにしておくわ」

 そう言って、由依は唇に人差し指を当てた。茶目っ気たっぷりな表情である。

「えー。なんかずるーい」
「ごめんね、陽葵。また今度、機会があったら教えてあげる」
「うーん……ま、いっか! とりあえず、バンド名は決定ってことでいい?」

 陽葵が俺と由依の顔を交互に見る。

 確認するまでもない。俺たちは力強くうなずいた。

「オーディションまで時間ないよ! 今日からいっぱい練習しようね! スリーソウルズ、頑張るぞー!」
「「「おー!」」」

 三人ぶんの「おー!」が音楽室に強く響く。

 隣を見れば、頼もしい仲間がいる。

 ……こんな満ち足りた気分になのは人生初かもしれない。

 この三人なら、どこまでも突き進める。

 そう確信し、拳を突き上げるのだった。