翌日。俺は電車に乗り、遊園地のある駅にやってきた。

 あのあと、陽葵は『私、ジェットコースターに乗りたい! 付き合ってよ!』と連続でメッセージを送ってきた。どうやら遊園地のアトラクションを楽しみたいだけらしい。

 デートではないことに安堵したが、陽葵に振り回されることに変わりはない。まだ歌詞も書けていない状況だというのに……本当に自由人だな、あいつ。

 そもそも、どうして俺を指名してきたのかわからない。親友の由依と遊んだほうが楽しいのでは? 陽葵が俺と遊園地で遊びたい理由ってなんだ?

 ……などと昨晩はいろいろ考えてしまった。おかげで寝不足である。

 眠たい目を擦っていると、ちょうど陽葵が向こうから小走りでやってきた。

「三崎くん! お待たせー!」
「いや。そんなに待ってない、けど……」

 目の前に現れた陽葵を見て、眠気が吹き飛んだ。

 陽葵はメイクをしていた。ファンデーションも塗っているし、目元もアイラインが入っている。唇も血色がいい。学校で会う陽葵とは明らかに違う雰囲気である。
 私服もオシャレだ。上はゆったりめの白いカットソー。下はカーキ色のロングスカートを穿いている。見慣れた制服姿とは違い、大人っぽく見える。

「三崎くん。どうかした?」
「あ、いや。その私服姿、なんか新鮮だったから……」
「ほんと? 可愛い?」
「お、おう……可愛いよ」

 由依との会話を思い出して、かあっと頬が熱くなる。おいおい。マジで本人に「可愛い」って言っちゃったよ。恥ずかしすぎるっての。

 陽葵は頬を赤く染め、恥ずかしそうに頬を指でかいた。

「えへへ。褒めてくれて嬉しい。ありがとう」
「べつに礼を言われることじゃ……えっ?」

 陽葵の異変に気づいた俺は、目を疑った。

 だって、陽葵の頬をかく指が透けているから。

 いや、指だけじゃない……手がまるっと透けている。

「陽葵! 手ッ!」
「手……? なんのこと?」
「なんのこと、じゃなくて……あれ?」

 俺が焦っている数秒の間に、陽葵の手は元に戻っていた。
 彼女自身、体調が悪化した様子もない。不思議そうに首を傾げ、自分の手を見つめている。

 おかしいな。消えていたように見えたけど……俺の見間違いだったのか?

 ……まあ、そうだよな。ちょっと会話しただけで、ゴーストリノ原子が活発になるほど鼓動が速まるわけないもんな。きっと寝不足で俺の目が疲れているのが原因だろう。

「えっと……悪い、陽葵。なんでもない」
「んー? なんか怪しいなぁ」
「な、なんでもないって。それより、何の話だっけ?」

 話題を戻すと、陽葵はぱあっと表情を輝かせた。

「三崎くんが服を褒めてくれて嬉しいって話だよ。今日は背伸びして大人っぽい服着たからさ。ちょっぴり不安だったんだよね」
「そ、そっか……」

 相づちを打つ俺の頭に、一つの疑問が浮かぶ。

 ……どうして陽葵は背伸びしてオシャレしたんだ?

 まさか、本気で俺とのデートを楽しみに……いや落ち着け。すぐ勘違いするのは、陰キャの悪い癖だ。別に俺を意識してとか、そういう意図はない。陽葵はただオシャレがしたかっただけだ。

「落ち着こう。男女分け隔てなくフレンドリーな女子ほど、男子を勘違いさせてしまうものなのだ……」
「なんかブツブツ言ってるし……不審者に見えるから独り言やめよ?」
「不審な行動を取っているのは陽葵だろ」
「なんでそうなるのさ……あ、それよりお礼言わなきゃ。今日は来てくれてありがとね」
「俺は遊びに誘われただけだぞ? 礼を言われるほどのことじゃない」
「ほら、強引に呼び出しちゃったから……迷惑じゃなかった?」

 陽葵は申し訳なさそうに言った。
 そんな顔するなよ。調子が狂うじゃないか。陽葵は人を振り回して我が道を行くくらいがちょうどいいんだ。

「……べつに。どうせ暇だったから気にするな」
「三崎くん……本当にありがとう。というわけで――」

 突然、陽葵は俺の手を握ってきた。
 毎度のことだが、こいつの「というわけで」は文脈が滅茶苦茶すぎる。急にスキンシップとか、ドキッとするからやめろっての。

「今日はデートだから。いっぱい遊ぼうね、三崎くん」
「えっ!? いやこれはデートではなく、バンドメンバーとの交流を深める目的の活動なわけで、そもそも男女が遊んだだけでデートっていうのは明らかに論理の飛躍……」
「あははっ。なんで早口なの? ウケる」

 笑いながら、陽葵は走りだした。

「ちょ、どこ行くんだよ!」
「まずはジェットコースターでしょ。決まってるじゃん」
「決まってなくね?」
「いいからほら! ごーごー!」

 陽葵に連れられて、遊園地のほうへと走る。

 いつも自由奔放だけど、今日は特に強引な気がするな……なんだ? そんなにジェットコースターに乗りたいのか?

 それとも……今日は『キラキラした青春』を送りたいとか?

「三崎くん! 楽しみだねっ!」

 陽葵は俺の手を引っ張りながら、にこっと笑った。

 ……握ったこの手が透けてしまえば、温もりごと消えてしまう。こういう何気ない日常も、幽霊みたいに見えなくなってしまうのだ。

 なあ、陽葵。
 なんで急にデートしたいだなんて言い出したんだよ。

 ……消える前の思い出作りとか、悲しいこと言わないよな?

「ほらほら! 三崎くん、ちゃんと走ってよ!」

 俺の不安を吹き飛ばすように、陽葵の明るい声が響くのだった。