旅に必要なものはビノシ商会が準備をしてくれていた。
そしてテシアの予想通り森の中で植物の栽培場が見つかり、近くに穴を掘ってそこで採取した植物を保管していた。
そこで瀕死の状態のニンクアが見つかったようで、国の方で捕まった。
奇しくも再び巡礼の旅に出る前に憂いは絶たれたような形になる。
「来ませんね」
「そうだね」
いつものようにヘルムに鎧姿のテシアはハニアスと共に教会の前にいた。
マリアベルにもお礼をしたかったのだけど忙しいらしく巡礼が終わった時にはいなかった。
なので見送りはヘゲレッタを始めとして数人の神官たち。
ビノシ商会は一応公式的にはテシアと関係がないことになっているので来てはいなかった。
そしてその場にはキリアンもいなかった。
「行こうか」
「……そうですね」
「それではヘゲレッタ大主教、お世話になりました」
「巡礼上手く行くといいですね」
改めてヘゲレッタに声をかけるとテシアとハニアスは出発した。
「キリアン様はよろしいのですか?」
付いてこないにしても挨拶ぐらいはいいのかとハニアスは思った。
「いいのさ。これが僕たちのルールだっただろ?」
付いてくるのなら好きにすればいい。
でもわざわざキリアンを待ちはしない。
来ないのなら置いていく。
これがテシアたちのルールである。
たとえ挨拶でも来ないのなら待つことしない。
ちゃんと出発については伝えてあるし、それがキリアンの選択なら尊重する。
寂しさがないわけではないがテシアはそのまま出発した。
「まあそうですね。まずはどこに向かうんですか?」
「まずはねぇ、ゲレンネルにあるヘムロンドという町に行くよ」
「ヘムロンド……ですか?」
「そう、そこは甘いリンゴが採れてね。パイが美味しいらしいんだ」
「いいですか?」
そんな欲望に塗れたことをしてもいいのかとハニアスは小さく首を傾げた。
「誰がダメだなんて決めたんだい?」
「ここまで真面目ではありませんでしたか」
「そりゃあちょっとはアピールしとかないとね」
テシアはヘルムの奥でウインクしてみせた。
教会預かりで罪を許してもらった身であるし、最初の大神殿までぐらいは真面目に巡礼をして教会側にちゃんとしているアピールをした。
真面目にやっていることを分かってもらえたのなら多少は緩めに巡礼したって神様は怒りはしない。
「うーん……」
「じゃあハニアスはアップルパイいらないね?」
「いえ、いります」
手のひらを返すのが早い。
しかしこうしたところでもしっかり乗ってくれそうだったからテシアも正直に話したのである。
「ちょっと大変だったしね。ハニアスにもお世話になったお礼みたいなものだよ」
「そこまで言うのなら」
「ふっふっふっ、君のそういうところ好きだよ」
食べると決めたハニアスは小うるさい考えをさっさと捨て去った。
表情は固いが考えは非常に柔らかい。
「君と僕でワンホールずつ……」
「ま、待ってください!」
いつの間にか町を出るところまで来ていた。
そんなテシアとハニアスを大きな呼び止めたのはキリアンだった。
「キリアン様」
ハニアスは驚いたように少しだけ眉を上げた。
「待ってください……俺も……俺もついていっていいですか?」
全力で走って来たらしいキリアンは肩で息をしている。
「それは本気で言っているのかい?」
「テ、テシアさん……」
テシアはヘルムを外しながらキリアンに一歩近づいた。
キリアンは差し込む朝日に照らされるテシアの顔を見て息を呑んだ。
助け出した時とお見舞いに行った時。
2回も顔を見たのだけど、それでも夢だったんじゃないかと思えてしまうほどに信じがたい衝撃があった。
けれど夢でもなんでもなくテシアは女性だった。
この胸の高鳴りはテシアに対して失礼なことをしてしまったからで、きっといつかは他の女性に思うように触れられるのも嫌になるはずだとキリアンは礼拝で合えない間に思おうとした。
しかしテシアの顔を、触れられたことを、そしてテシアの声を思い出す度に鼓動が速くなるのだ。
自分でも理解できない感情にキリアンは悩んだ。
どうやっても折り合いをつけられず、気づいたら宿を飛び出していた。
「僕は女性だよ? ハニアスもだ。君は女性が苦手なんだろ? 僕は命を助けてもらって恩返しも終わった。君がついてくる理由は……」
「ま、まだ恩返しは終わってません!」
半ば耳をすり抜けていく言葉にハッとしたキリアンが改めて背筋を伸ばした。
「なんだって?」
「お、俺の命は2度救っていただきました」
最初盗賊に囲まれた時と変な村で生贄にされかけた時の2回命を助けてもらった。
「今回1度助けただけじゃまだ恩返しは終わってません!それに、今回助けたのはビノシ商会の人で、俺がやったことはちょっと手伝っただけのようなものですし、その、まだテシアさんには恩を返しきれていません。だから……よかったらまだ……」
キリアンの顔が赤くなっていく。
言えば言うほど見苦しい言い訳をしているような気分になってきた。
これなら一緒に旅を続けたいとそのまま言ってみればよかったなんて思う。
「そっか」
たったそれだけ。
それだけを答えてテシアはまたヘルムを被った。
「ええと……俺も行っていいんですか?」
「言っただろう? ルールは変わらないって」
「ルール……あっ」
「行こうか、ハニアス。それにキリアン」
「……ありがとうございます!」
ついてきたいなら来ればいい。
来ないのならただ置いていくだけ。
テシアはヘルムの中でうっすらと微笑んでいた。
そしてキリアンは少し耳を赤くしたまま笑顔を浮かべた。
この胸が苦しくなるような高鳴りの理由が知りたい。
もう少しだけ恩返しを理由についていくことを許してほしい。
キリアンは歩き出したテシアの追い始め、そして隣に立って歩き始めた。
旅は、まだ続く。
そしてテシアの予想通り森の中で植物の栽培場が見つかり、近くに穴を掘ってそこで採取した植物を保管していた。
そこで瀕死の状態のニンクアが見つかったようで、国の方で捕まった。
奇しくも再び巡礼の旅に出る前に憂いは絶たれたような形になる。
「来ませんね」
「そうだね」
いつものようにヘルムに鎧姿のテシアはハニアスと共に教会の前にいた。
マリアベルにもお礼をしたかったのだけど忙しいらしく巡礼が終わった時にはいなかった。
なので見送りはヘゲレッタを始めとして数人の神官たち。
ビノシ商会は一応公式的にはテシアと関係がないことになっているので来てはいなかった。
そしてその場にはキリアンもいなかった。
「行こうか」
「……そうですね」
「それではヘゲレッタ大主教、お世話になりました」
「巡礼上手く行くといいですね」
改めてヘゲレッタに声をかけるとテシアとハニアスは出発した。
「キリアン様はよろしいのですか?」
付いてこないにしても挨拶ぐらいはいいのかとハニアスは思った。
「いいのさ。これが僕たちのルールだっただろ?」
付いてくるのなら好きにすればいい。
でもわざわざキリアンを待ちはしない。
来ないのなら置いていく。
これがテシアたちのルールである。
たとえ挨拶でも来ないのなら待つことしない。
ちゃんと出発については伝えてあるし、それがキリアンの選択なら尊重する。
寂しさがないわけではないがテシアはそのまま出発した。
「まあそうですね。まずはどこに向かうんですか?」
「まずはねぇ、ゲレンネルにあるヘムロンドという町に行くよ」
「ヘムロンド……ですか?」
「そう、そこは甘いリンゴが採れてね。パイが美味しいらしいんだ」
「いいですか?」
そんな欲望に塗れたことをしてもいいのかとハニアスは小さく首を傾げた。
「誰がダメだなんて決めたんだい?」
「ここまで真面目ではありませんでしたか」
「そりゃあちょっとはアピールしとかないとね」
テシアはヘルムの奥でウインクしてみせた。
教会預かりで罪を許してもらった身であるし、最初の大神殿までぐらいは真面目に巡礼をして教会側にちゃんとしているアピールをした。
真面目にやっていることを分かってもらえたのなら多少は緩めに巡礼したって神様は怒りはしない。
「うーん……」
「じゃあハニアスはアップルパイいらないね?」
「いえ、いります」
手のひらを返すのが早い。
しかしこうしたところでもしっかり乗ってくれそうだったからテシアも正直に話したのである。
「ちょっと大変だったしね。ハニアスにもお世話になったお礼みたいなものだよ」
「そこまで言うのなら」
「ふっふっふっ、君のそういうところ好きだよ」
食べると決めたハニアスは小うるさい考えをさっさと捨て去った。
表情は固いが考えは非常に柔らかい。
「君と僕でワンホールずつ……」
「ま、待ってください!」
いつの間にか町を出るところまで来ていた。
そんなテシアとハニアスを大きな呼び止めたのはキリアンだった。
「キリアン様」
ハニアスは驚いたように少しだけ眉を上げた。
「待ってください……俺も……俺もついていっていいですか?」
全力で走って来たらしいキリアンは肩で息をしている。
「それは本気で言っているのかい?」
「テ、テシアさん……」
テシアはヘルムを外しながらキリアンに一歩近づいた。
キリアンは差し込む朝日に照らされるテシアの顔を見て息を呑んだ。
助け出した時とお見舞いに行った時。
2回も顔を見たのだけど、それでも夢だったんじゃないかと思えてしまうほどに信じがたい衝撃があった。
けれど夢でもなんでもなくテシアは女性だった。
この胸の高鳴りはテシアに対して失礼なことをしてしまったからで、きっといつかは他の女性に思うように触れられるのも嫌になるはずだとキリアンは礼拝で合えない間に思おうとした。
しかしテシアの顔を、触れられたことを、そしてテシアの声を思い出す度に鼓動が速くなるのだ。
自分でも理解できない感情にキリアンは悩んだ。
どうやっても折り合いをつけられず、気づいたら宿を飛び出していた。
「僕は女性だよ? ハニアスもだ。君は女性が苦手なんだろ? 僕は命を助けてもらって恩返しも終わった。君がついてくる理由は……」
「ま、まだ恩返しは終わってません!」
半ば耳をすり抜けていく言葉にハッとしたキリアンが改めて背筋を伸ばした。
「なんだって?」
「お、俺の命は2度救っていただきました」
最初盗賊に囲まれた時と変な村で生贄にされかけた時の2回命を助けてもらった。
「今回1度助けただけじゃまだ恩返しは終わってません!それに、今回助けたのはビノシ商会の人で、俺がやったことはちょっと手伝っただけのようなものですし、その、まだテシアさんには恩を返しきれていません。だから……よかったらまだ……」
キリアンの顔が赤くなっていく。
言えば言うほど見苦しい言い訳をしているような気分になってきた。
これなら一緒に旅を続けたいとそのまま言ってみればよかったなんて思う。
「そっか」
たったそれだけ。
それだけを答えてテシアはまたヘルムを被った。
「ええと……俺も行っていいんですか?」
「言っただろう? ルールは変わらないって」
「ルール……あっ」
「行こうか、ハニアス。それにキリアン」
「……ありがとうございます!」
ついてきたいなら来ればいい。
来ないのならただ置いていくだけ。
テシアはヘルムの中でうっすらと微笑んでいた。
そしてキリアンは少し耳を赤くしたまま笑顔を浮かべた。
この胸が苦しくなるような高鳴りの理由が知りたい。
もう少しだけ恩返しを理由についていくことを許してほしい。
キリアンは歩き出したテシアの追い始め、そして隣に立って歩き始めた。
旅は、まだ続く。