「明日から礼拝に入ろうと思う」
体もすっかり良くなったテシアはお見舞いに来たハニアスにそう告げた。
巡礼においては神殿で特別な礼拝を行う。
数日人との接触を断ち、ひたすらに神に祈りを捧げるのだ。
本来なら大神殿についてすぐにそうするつもりだったのにとんだ事件に巻き込まれてしまった。
ハニアスもテシアに付き添って礼拝を行っていなかった。
体の調子も戻ったので本来の目的を果たす時が来たのだ。
「キリアンは?」
「……まだ顔を出していません」
テシアを助け出してからキリアンは未だにお見舞いにも来ていなかった。
女性が苦手だと言っていた。
テシアが女性でショックを受けてしまったのかもしれない。
騙すようなつもりはなかったが結果的に騙したような形にはなる。
それでも見舞いにも来ないのはひどいじゃないかと少し思う。
「来ないのなら仕方ない……」
「テシアさん、今よろしいですか?」
テシアは半ば軟禁状態だったので会いに来ないというのなら会えないので話しようもない。
わざわざ礼拝に入るので会えなくなると伝えるのもおかしいかなと思っていると女性神官が部屋を覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「お客様が会いたいと」
「お客様? 通してください」
「では私は礼拝の準備をしますね」
「ああ、頼むよ」
礼拝にそれほど準備が必要なものはないけれど周りの配慮などは必要になる。
ハニアスが部屋を出ると入れ替わりでキリアンがやってきた。
「おや、来てくれたのかい?」
「今日はヘルム着けていないんですね」
少し気まずそうにキリアンは頬をかいた。
「その、今更聞くのも悪いのですが……テシアさんは女性だったんですか?」
「ああ、そうだよ」
「ですが……」
「僕が自分を男だと言ったことも女性だと言ったこともないからね。僕と言っているからと言って男性だと言うこともないだろう」
「確かにそうですね」
テシアを男だと勝手に勘違いしたのはキリアンの方である。
僕という一人称や話し方、助けてくれた時の戦いぶりなんかからテシアのことを男だろうと思い込んでいた。
言われてみればおかしな点はいくつもあった。
声は高めであるし、決して顔を晒さないことについても今更ながら納得がいった。
「……俺を殺してください!」
そうなると、と思った瞬間にキリアンは火が出そうなほどに顔を真っ赤にした。
男と勘違いしていたことも失礼だがそれ以外にも色々やらかしてしまっている。
一緒の部屋で寝ようなんて誘ったこともあればハニアスがテントで寝たからとテシアの目の前で上の服を脱いで体を拭いたりしたこともある。
母親と間違えてしまったことや寝ぼけて抱き寄せるようにしてしまったことなんて思い出すだけで恥ずかしい。
地面に這いつくばるようにしてテシアに頭を下げたキリアンは自分の愚行に死んでしまいたいような気持ちになっていた。
「どうして僕が君を殺すんだ?」
テシアはそっとキリアンの肩に手を乗せた。
キリアンが顔を上げると目の前にテシアの顔があった。
「君は僕を助けてくれた。僕が君を殺すことなんて何も無いよ」
キリアンの心臓は大きく高鳴っていた。
どうしてだろうか、テシアに触れられた肩がひどく熱く感じられる。
女性に触れられるとどうしようもない不快感を感じるのにテシアに触れられていても不快感を覚えるどころか全身に熱が広がっていくように感じられる。
そしてキリアンは目の前で微笑むテシアの顔から目が離せなくなっていた。
こんなに近くに女性がいるのに今まで感じたことのない感情が胸を締め上げている。
顔の赤みがいつまで経っても引かないがテシアはキリアンが恥のために顔を赤くしているのだと思っている。
「ありがとう、キリアン」
似ていない。
なのにどうしてか優しかった母の声を思い出す。
「これで恩も返してもらったね」
「えっ?」
テシアは相変わらず優しく微笑んでいる。
ヘルムの下でもこうした優しい顔をしていたのだろうなとキリアンは頭の隅で思った。
「君が僕たちについてきていたのは恩返しのためだろう? 命を助けてもらったんだ、十分な恩返しじゃないか」
「…………確かに、そう、ですね」
言われてみればそうだ。
今回のことを恩に着せようと思えばその価値はある。
そうなると理由がなくなる。
一緒に旅をする必要がない。
キリアンは熱くなっていた体が急に冷えていくような思いに襲われた。
どうして自分がショックを受けているのか分からなかった。
ちゃんと恩を返せればそれでいいはずなのにモヤモヤとした気持ちが胸に湧き起こってくる。
「僕たちは礼拝に入る。数日人に会えなくからね。そのあと僕たちはまだ旅に出る」
またキリアンの心臓が跳ね上がる。
お別れなのだと思うと嫌だと思ってしまった。
「出発は……6日後の朝にしようと思う」
「6日後……」
「そう、僕たちのルールは変わらないよ」
「ルール?」
「その時までに決めるといい。君がどうするのか」
何が言いたいのかキリアンにはいまいち理解できていない。
しかしアリアはまた微笑んだのであった。
体もすっかり良くなったテシアはお見舞いに来たハニアスにそう告げた。
巡礼においては神殿で特別な礼拝を行う。
数日人との接触を断ち、ひたすらに神に祈りを捧げるのだ。
本来なら大神殿についてすぐにそうするつもりだったのにとんだ事件に巻き込まれてしまった。
ハニアスもテシアに付き添って礼拝を行っていなかった。
体の調子も戻ったので本来の目的を果たす時が来たのだ。
「キリアンは?」
「……まだ顔を出していません」
テシアを助け出してからキリアンは未だにお見舞いにも来ていなかった。
女性が苦手だと言っていた。
テシアが女性でショックを受けてしまったのかもしれない。
騙すようなつもりはなかったが結果的に騙したような形にはなる。
それでも見舞いにも来ないのはひどいじゃないかと少し思う。
「来ないのなら仕方ない……」
「テシアさん、今よろしいですか?」
テシアは半ば軟禁状態だったので会いに来ないというのなら会えないので話しようもない。
わざわざ礼拝に入るので会えなくなると伝えるのもおかしいかなと思っていると女性神官が部屋を覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「お客様が会いたいと」
「お客様? 通してください」
「では私は礼拝の準備をしますね」
「ああ、頼むよ」
礼拝にそれほど準備が必要なものはないけれど周りの配慮などは必要になる。
ハニアスが部屋を出ると入れ替わりでキリアンがやってきた。
「おや、来てくれたのかい?」
「今日はヘルム着けていないんですね」
少し気まずそうにキリアンは頬をかいた。
「その、今更聞くのも悪いのですが……テシアさんは女性だったんですか?」
「ああ、そうだよ」
「ですが……」
「僕が自分を男だと言ったことも女性だと言ったこともないからね。僕と言っているからと言って男性だと言うこともないだろう」
「確かにそうですね」
テシアを男だと勝手に勘違いしたのはキリアンの方である。
僕という一人称や話し方、助けてくれた時の戦いぶりなんかからテシアのことを男だろうと思い込んでいた。
言われてみればおかしな点はいくつもあった。
声は高めであるし、決して顔を晒さないことについても今更ながら納得がいった。
「……俺を殺してください!」
そうなると、と思った瞬間にキリアンは火が出そうなほどに顔を真っ赤にした。
男と勘違いしていたことも失礼だがそれ以外にも色々やらかしてしまっている。
一緒の部屋で寝ようなんて誘ったこともあればハニアスがテントで寝たからとテシアの目の前で上の服を脱いで体を拭いたりしたこともある。
母親と間違えてしまったことや寝ぼけて抱き寄せるようにしてしまったことなんて思い出すだけで恥ずかしい。
地面に這いつくばるようにしてテシアに頭を下げたキリアンは自分の愚行に死んでしまいたいような気持ちになっていた。
「どうして僕が君を殺すんだ?」
テシアはそっとキリアンの肩に手を乗せた。
キリアンが顔を上げると目の前にテシアの顔があった。
「君は僕を助けてくれた。僕が君を殺すことなんて何も無いよ」
キリアンの心臓は大きく高鳴っていた。
どうしてだろうか、テシアに触れられた肩がひどく熱く感じられる。
女性に触れられるとどうしようもない不快感を感じるのにテシアに触れられていても不快感を覚えるどころか全身に熱が広がっていくように感じられる。
そしてキリアンは目の前で微笑むテシアの顔から目が離せなくなっていた。
こんなに近くに女性がいるのに今まで感じたことのない感情が胸を締め上げている。
顔の赤みがいつまで経っても引かないがテシアはキリアンが恥のために顔を赤くしているのだと思っている。
「ありがとう、キリアン」
似ていない。
なのにどうしてか優しかった母の声を思い出す。
「これで恩も返してもらったね」
「えっ?」
テシアは相変わらず優しく微笑んでいる。
ヘルムの下でもこうした優しい顔をしていたのだろうなとキリアンは頭の隅で思った。
「君が僕たちについてきていたのは恩返しのためだろう? 命を助けてもらったんだ、十分な恩返しじゃないか」
「…………確かに、そう、ですね」
言われてみればそうだ。
今回のことを恩に着せようと思えばその価値はある。
そうなると理由がなくなる。
一緒に旅をする必要がない。
キリアンは熱くなっていた体が急に冷えていくような思いに襲われた。
どうして自分がショックを受けているのか分からなかった。
ちゃんと恩を返せればそれでいいはずなのにモヤモヤとした気持ちが胸に湧き起こってくる。
「僕たちは礼拝に入る。数日人に会えなくからね。そのあと僕たちはまだ旅に出る」
またキリアンの心臓が跳ね上がる。
お別れなのだと思うと嫌だと思ってしまった。
「出発は……6日後の朝にしようと思う」
「6日後……」
「そう、僕たちのルールは変わらないよ」
「ルール?」
「その時までに決めるといい。君がどうするのか」
何が言いたいのかキリアンにはいまいち理解できていない。
しかしアリアはまた微笑んだのであった。