ちゃんと倒したかを確認することもなくテシアは部屋の外に飛び出した。
何かの騒ぎが起きていそうなことは分かったがまずはこの奇妙な匂い中から抜け出したかったのである。
「ハァ……ハァ……」
なんの匂いもしない空気がやたらと美味しく感じられる。
このまま倒れ込んでしまいたい気持ちになるが今はそんなことしていられない。
運良く部屋を出たところに他の人はいなかった。
「早く逃げなきゃ……」
テシアは壁に腕をついて体を引きずるようにして歩き始めた。
人の大きな声が頭の中に響いてきてうるさい。
テシアが脱出したことがバレたのではなく別で騒動が起きているようで、この機会に逃げるしかないとひたすら体を動かす。
「くそっ、お前らここがどこだから分かってるのか!」
急に目の前に人が出てきてテシアは驚いた。
横の通路から来たようだが声をかけた相手はテシアではなかった。
兵士はテシアに背を向けている。
何に向かって叫んでいるのか。
バレないようゆっくりと後ろに下がりながらテシアは通路の先を覗き込む。
「ハニアス……キリアン……?」
「テシア様!」
「テシアさん!」
一瞬幻覚でも見たのかと思った。
しかしそこには確かに2人の姿があった。
「ん? なんだ貴様! こいつらの仲間か!」
「テシア様!」
2人が声を上げてしまったので兵士にテシアの存在がバレてしまった。
兵士は急に現れたように後ろにいるテシアに驚いて剣を振った。
「こいつ!」
キリアンが慌てて兵士に切りかかったが遅かった。
兵士の剣がテシアのヘルムに当たってテシアが吹き飛ぶ。
「テシア様、大丈夫ですか!」
兵士はキリアンに背中から切り裂かれて崩れ落ちた。
ハニアスが倒れた兵士の横を通り過ぎてテシアのところに駆け寄る。
「う……」
テシアに大きな怪我はなかった。
体に力が入らなかったことが功を奏し、倒れ込むだけでなんとか済んだのであった。
「ハニアス……来てくれたんだね?」
「もちろんです!」
ハニアスがテシアの治療をする。
柔らかな光にテシアの体が包まれて、頭の中がいくらかはっきりとしてくる。
「行かせない!」
テシアの様子を確認する間も無くキリアンは振り返って剣を構える。
もう何人か兵士が迫ってきていた。
ハニアスに治療されながらテシアを守ろうとするキリアンの背中をじっと見つめる。
キリアンは兵士たち相手にも一歩も引かずに戦い、切り倒していく。
全員倒してキリアンが振り返る。
「テシアさん! テ、テシア……さん?」
「キリアン、君も助けに来てくれたんだね」
ヘルムは剣が当たった衝撃でテシアの頭から飛んでいってしまっていた。
つまり今テシアの顔を隠しているものはない。
キリアンはテシアの顔を今初めて見たのである。
植物の煙の影響でぼんやりとしているテシアは穏やかな笑顔をキリアンに向けた。
テシアはどう見ても女性の顔だった。
「テシアさんは……女性? えっ?」
思考が停止して、そして走馬灯のようにこれまでのことが思い出されてキリアンは急激に自分の顔が熱くなるのを感じた。
耳から首筋まで真っ赤になり、足元がふらつき壁に手をついた。
「キリアン様! 今はそんなことを気にしている場合じゃありません!」
「そ、そうですね」
「これぐらいで大丈夫。君たちは一体どうやってここに?」
よくよく考えるとどうしてハニアスとキリアンがここにいるのか分からない。
「みなさんがテシア様のために動いてくださっているのです」
「みんな……? まあいいや。とりあえずここを出よう。キリアン、ヘルムを取ってくれないか」
「あっ、はい……」
ハニアスに支えてもらってテシアは立ち上がる。
テシアはキリアンからヘルムを受け取って被ると屋敷を脱出しようと歩き始めた。
「テシア様!」
「……ガダン?」
屋敷の入り口まで来るとひどいものだった。
兵士たちが至る所に倒れていて激しい戦いの跡が見られ、テシアは何事かと困惑していた。
奥からやってきたテシアに気づいて駆け寄ってきたガダンを見てテシアはさらに驚いた。
「ご無事ですか?」
ガダンはテシアの前に膝をつく。
黒狼会や兵士たちを相手にしている時とは全く異なる態度であった。
「そこまでかしこまらなくていいよ。僕はもう皇女じゃないんだから」
「いえ、たとえ皇女でなくともテシア様は私の唯一の主君でございます」
「相変わらずだね。ガダンがここにいるってことはダイコクも?」
「はい、ですので我々がテシア様をお救いするために動いたのです」
「……なるほどね。少し話が見えてきたよ」
いつの間にかビノシ商会側の傭兵たちが増えていた。
南側の人たちも駆けつけていたのである。
少数でも優位に立ち回るぐらいに戦えていたガダンたちにさらに援軍が来たら兵士たちが勝てるはずもない。
戦いは既に終わっていた。
「奥の部屋に僕をさらった犯人のニンクアがいるはずだ。多分まだ死んでないはずだから頼むよ」
「分かりました。一と二はテシア様を教会まで送り届けろ!」
ガダンの命令で動いた傭兵に囲まれてテシアたちは教会まで送り届けてもらった。
「テシア! ああ、無事だったようだね!」
教会ではマリアベルが待っていてくれた。
無事だと信じていても、それでも心配してしまうのは仕方がない。
「何かされたようだね?」
「少しばかりヘアンを吸い込みまして……」
「なに? それは大変だ。私が浄化をしよう」
神官の治療は自身にかけることはできない。
マリアベルがテシアをお姫様抱っこして連れて行く。
「あの……大主教、恥ずかしいです」
「周りの目よりテシアの方が大事だよ」
「じ、自分でも歩けますから」
「遠慮することはないさ」
遠慮じゃないのだけど。
そう思いながらも抵抗する力もなくテシアは奥の部屋に運ばれてマリアベルによる浄化治療を受けたのであった。
何かの騒ぎが起きていそうなことは分かったがまずはこの奇妙な匂い中から抜け出したかったのである。
「ハァ……ハァ……」
なんの匂いもしない空気がやたらと美味しく感じられる。
このまま倒れ込んでしまいたい気持ちになるが今はそんなことしていられない。
運良く部屋を出たところに他の人はいなかった。
「早く逃げなきゃ……」
テシアは壁に腕をついて体を引きずるようにして歩き始めた。
人の大きな声が頭の中に響いてきてうるさい。
テシアが脱出したことがバレたのではなく別で騒動が起きているようで、この機会に逃げるしかないとひたすら体を動かす。
「くそっ、お前らここがどこだから分かってるのか!」
急に目の前に人が出てきてテシアは驚いた。
横の通路から来たようだが声をかけた相手はテシアではなかった。
兵士はテシアに背を向けている。
何に向かって叫んでいるのか。
バレないようゆっくりと後ろに下がりながらテシアは通路の先を覗き込む。
「ハニアス……キリアン……?」
「テシア様!」
「テシアさん!」
一瞬幻覚でも見たのかと思った。
しかしそこには確かに2人の姿があった。
「ん? なんだ貴様! こいつらの仲間か!」
「テシア様!」
2人が声を上げてしまったので兵士にテシアの存在がバレてしまった。
兵士は急に現れたように後ろにいるテシアに驚いて剣を振った。
「こいつ!」
キリアンが慌てて兵士に切りかかったが遅かった。
兵士の剣がテシアのヘルムに当たってテシアが吹き飛ぶ。
「テシア様、大丈夫ですか!」
兵士はキリアンに背中から切り裂かれて崩れ落ちた。
ハニアスが倒れた兵士の横を通り過ぎてテシアのところに駆け寄る。
「う……」
テシアに大きな怪我はなかった。
体に力が入らなかったことが功を奏し、倒れ込むだけでなんとか済んだのであった。
「ハニアス……来てくれたんだね?」
「もちろんです!」
ハニアスがテシアの治療をする。
柔らかな光にテシアの体が包まれて、頭の中がいくらかはっきりとしてくる。
「行かせない!」
テシアの様子を確認する間も無くキリアンは振り返って剣を構える。
もう何人か兵士が迫ってきていた。
ハニアスに治療されながらテシアを守ろうとするキリアンの背中をじっと見つめる。
キリアンは兵士たち相手にも一歩も引かずに戦い、切り倒していく。
全員倒してキリアンが振り返る。
「テシアさん! テ、テシア……さん?」
「キリアン、君も助けに来てくれたんだね」
ヘルムは剣が当たった衝撃でテシアの頭から飛んでいってしまっていた。
つまり今テシアの顔を隠しているものはない。
キリアンはテシアの顔を今初めて見たのである。
植物の煙の影響でぼんやりとしているテシアは穏やかな笑顔をキリアンに向けた。
テシアはどう見ても女性の顔だった。
「テシアさんは……女性? えっ?」
思考が停止して、そして走馬灯のようにこれまでのことが思い出されてキリアンは急激に自分の顔が熱くなるのを感じた。
耳から首筋まで真っ赤になり、足元がふらつき壁に手をついた。
「キリアン様! 今はそんなことを気にしている場合じゃありません!」
「そ、そうですね」
「これぐらいで大丈夫。君たちは一体どうやってここに?」
よくよく考えるとどうしてハニアスとキリアンがここにいるのか分からない。
「みなさんがテシア様のために動いてくださっているのです」
「みんな……? まあいいや。とりあえずここを出よう。キリアン、ヘルムを取ってくれないか」
「あっ、はい……」
ハニアスに支えてもらってテシアは立ち上がる。
テシアはキリアンからヘルムを受け取って被ると屋敷を脱出しようと歩き始めた。
「テシア様!」
「……ガダン?」
屋敷の入り口まで来るとひどいものだった。
兵士たちが至る所に倒れていて激しい戦いの跡が見られ、テシアは何事かと困惑していた。
奥からやってきたテシアに気づいて駆け寄ってきたガダンを見てテシアはさらに驚いた。
「ご無事ですか?」
ガダンはテシアの前に膝をつく。
黒狼会や兵士たちを相手にしている時とは全く異なる態度であった。
「そこまでかしこまらなくていいよ。僕はもう皇女じゃないんだから」
「いえ、たとえ皇女でなくともテシア様は私の唯一の主君でございます」
「相変わらずだね。ガダンがここにいるってことはダイコクも?」
「はい、ですので我々がテシア様をお救いするために動いたのです」
「……なるほどね。少し話が見えてきたよ」
いつの間にかビノシ商会側の傭兵たちが増えていた。
南側の人たちも駆けつけていたのである。
少数でも優位に立ち回るぐらいに戦えていたガダンたちにさらに援軍が来たら兵士たちが勝てるはずもない。
戦いは既に終わっていた。
「奥の部屋に僕をさらった犯人のニンクアがいるはずだ。多分まだ死んでないはずだから頼むよ」
「分かりました。一と二はテシア様を教会まで送り届けろ!」
ガダンの命令で動いた傭兵に囲まれてテシアたちは教会まで送り届けてもらった。
「テシア! ああ、無事だったようだね!」
教会ではマリアベルが待っていてくれた。
無事だと信じていても、それでも心配してしまうのは仕方がない。
「何かされたようだね?」
「少しばかりヘアンを吸い込みまして……」
「なに? それは大変だ。私が浄化をしよう」
神官の治療は自身にかけることはできない。
マリアベルがテシアをお姫様抱っこして連れて行く。
「あの……大主教、恥ずかしいです」
「周りの目よりテシアの方が大事だよ」
「じ、自分でも歩けますから」
「遠慮することはないさ」
遠慮じゃないのだけど。
そう思いながらも抵抗する力もなくテシアは奥の部屋に運ばれてマリアベルによる浄化治療を受けたのであった。