「それでこのような時間に、それもテシア様ご本人ではなく、代理のハニアス様がお訪ねになられたのには何か理由が?」

「そうです。ビノシ商会に助けてほしくて」

「助け……テシア様に何か?」

「テシア様がさらわれてしまったのです!」

「何ですと? 細かくお聞かせいただいても?」

 ダイコクの目が険しくなる。
 ハニアスはダイコクに何が起きたのかを説明した。

 どうしてビノシ商会に来たのかというとテシアにそう言われていたから。
 困ったことがあったらビノシ商会を頼るといい。

 黒いコインがあるなら黒いコインの貴人の代理を名乗ればビノシ商会が助けてくれると教えてもらっていたのである。
 決して黒いコインの貴人本人は名乗らないようにと釘は刺されていた。

「テシア様を誘拐……だと」

 ダイコクの目が怖いとハニアスは思った。

「さらった相手の情報は何かありますか?」

「ええと……黒いオオカミのようなタトゥーがありました」

 キリアンが馬を探して連れてくるまでの間に黒装束の男たちのことを調べていたハニアス。
 2人の死体にはどちらも黒いオオカミを模したタトゥーが入れられていた。

「黒いオオカミ……黒狼会ですね」

 ダイコクは少ないヒントから瞬時に相手を推測した。

「私たち、というよりもテシア様を狙ったもののように思えました」

「何が目的かは知りませんがテシア様は絶対に見つけ出してみせます。ガダン」

「はい」

 部屋のドア前に立っていた傷の男はガダンというらしい。

「支部長を叩き起こしてきてください。緊急事態です。これは全ての業務に優先します」

「承知いたしました」

 ガダンは部屋から出て行く。

「たまには残業するものですね。このようなことになるとは思いませんでした。テシア様を探すのは我々にお任せを。すぐに見つけてみせます」

「どうかお願いします」

「我々を頼ってくださってよかったです。テシア様をさらった連中にはひどい目を見てもらいましょう……」

「……ありがとうございます」

「いえ、ハニアス様はこれからどうなされますか? こちらの方でお宿を用意しましょうか?」

 瞬間瞬間でダイコクから強い怒りは感じるがそれもわずかな時間だけで基本は穏やかなように装っていた。
 一瞬見えた殺気はハニアスも息を呑むほどだったのにそれを感じさせないなんてものすごい自制心である。

「いえ、私は教会の方にお世話になろうと思います。キリアン様にお部屋をお願いします」

「ああ……テシア様に付きまとう虫ですか」

「へっ?」

「いえ、何でもありません」

 なんだかとんでもない言葉が聞こえてハニアスはギョッとした。
 けれどダイコクはすぐに人の良さそうな笑顔を浮かべた。

 ハニアスはそれ以上何も聞くことができずに曖昧に頷いておいた。

「ということは森に死体もあるのですね。そちらの回収もしなければ。それに相手を眠らせるイスマソウですね。出ところを抑えれば相手に繋がるかもしれない」

 ハニアスから得られた情報を基にしてダイコクはすでに次の行動を考え始めている。

「ああと、申し訳ありません。もう少し待っていただければ人が来ますので教会のお送りします」

「何もかもすいません」

「テシア様の大切なご友人ですから」

 才覚があり、信用のできる人物。
 テシアは一度だけビノシ商会の商会長のことをそう評したのをハニアスは聞いた。

 テシアから信用されるような人物とはどのような人だと思ったけれどハニアスもこの人ならば任せられると思った。

「せっかくテシア様にお会いできると思ってここまで来たのに……なんということだ」

「あの、テシア様とは古い御関係なのですか?」

 今現在ガダンがビノシ商会の関係者を叩き起こして回っているだろうがすぐに人が集まるわけじゃない。
 ちょっと気まずくなってハニアスがダイコクに質問を投げかける。

 以前からテシアとビノシ商会の関係は気になっていた。
 テシアがビノシ商会の本当の持ち主であることは知っているが、どうしてそんなことになっているのかいくら考えても分からないのである。

「私の口から勝手に語れることは多くありません。ですが私はテシア様に救われて、そしてテシア様のおかげでここまで大きく商会を広げることができたのです」

 テシアの話となると途端にダイコクの目が優しくなる。
 感謝や敬意といった感情が見てとれる。

「今の私があるのはテシア様がいらっしゃったからです」

 それだけ恩義を感じているならテシアがさらわれたと聞いて怒るのも無理はない。

「商会長、問題が起きたと聞きました! 何事ですか!」

 昔から合理的で優しい人だったのだなとハニアスが思っているとふくよかな体格のビノシ商会ゲレンネル支部の支部長が慌てたように部屋に飛び込んできた。