とっさにハニアスの前に飛び出したキリアンの肩に矢が刺さった。
「ぐぅっ!」
「キリアン様!」
「待て! 逃げるな!」
ハニアスは悲鳴のような叫び声を上げたが、キリアンは痛みに顔を歪めながらも矢が放たれた方に向かおうとした。
しかし相手はそれ以上矢を放つこともなく踵を返して逃げ始めた。
キリアンが走って追いかけていくと馬のいななきが聞こえてきた。
同時に馬の足音が遠ざかっていく。
相手は近くに馬を待機させていた。
月明かりのうっすらと照らされる中でぐったりとしたテシアが馬に乗せられて連れ去られていく。
人の足では到底馬に追いつけるはずもない。
「ぐっ……!」
「キリアン様、いけません」
肩が痛んでキリアンは膝をついた。
走ったからではなく、痛みでひどく汗をかくキリアンにハニアスが駆け寄った。
「ハニアスさん、矢を抜いてください」
肩に矢が刺さったままにはしておけない。
キリアンは矢の羽根を剣で切り落とす。
幸い肩の後側に矢の先端は抜けているので後ろから引き抜いてしまえばいい。
矢の周りの服も裂いて、傷口をあらわにさせる。
そして裂いた服を丸めて口に咥えた。
「お願いします」
「分かりました」
普通の女性なら卒倒してしまいそうな状況だがハニアスは違う。
未だに積極的に現場に出るマリアベルに直接師事していたので多少は凄惨な傷も見たことがある。
少し顔は青くしながらもハニアスは背中側から血に濡れた矢を掴む。
「いきますよ」
こうした時は少しずつではなく一気に引き抜いてしまった方がいい。
「うっ!」
ハニアスはキリアンの肩から矢を引き抜く。
キリアンは咥えた服を強く噛んで痛みに耐える。
そしてそのまま傷の治療をする。
「ハニアスさんは荷物をまとめてください」
ひとまず傷を塞いだキリアンはテシアを追いかけるつもりだった。
「キリアン様は?」
「いいから早く」
「……分かりました」
何か考えがあるのだろうとハニアスは野営していた場所に戻る。
特に荷物は広げてもいないのでほとんどまとめるようなこともない。
急いでテントだけ畳み、死体の確認をしているとキリアンが戻ってきた。
「それは一体どこから……」
キリアンは両手にそれぞれ手綱を握り、2匹の馬を連れてきていた。
「奴らの馬です」
馬で逃げたということは馬で来ていたということ。
そしてキリアンは2人の男を倒した。
それならば男たちの馬が残されているはずであると考えていた。
こんな状況で倒された仲間の馬を連れていくことなんてまずない。
探してみたら予想通り木に繋がれたままだった馬を見つけたのである。
「ハニアスさん、馬には?」
「……乗れません」
「そうですか……」
馬に乗れない人を急に乗せるのはかなり危ない。
「……ハニアスさん、俺の後ろに乗ってください」
正直女性に密着されることにキリアンは大きな抵抗がある。
しかし今はそんな贅沢を言ってられない。
少しの葛藤はあったがテシアを早く追いかけねばならないと自分の中の抵抗感を振り切る。
キリアンはより体格の良い方の馬を選び、荷物を乗せる。
キリアンが前に乗って、その後ろにハニアスが乗って腰に手を回す。
「行きますよ! 落ちないようにしっかりと掴んでください!」
テシアのため。
キリアンは胸に湧き起こるざわりとした感情を抑え込み、まずは馬が繋がれていたところまで行く。
「あっちですね」
そこからどこに向かったのか探す。
月明かりのわずかな光しかなく、かなり視界は悪いがキリアンは地面に目を凝らした。
幸か不幸か、先日大雨が降って未だに地面はやや緩めであった。
馬が走って地面がえぐれた跡が残っている。
キリアンはその方向に向かって馬を走らせた。
荷物に人二人。
馬にも負担をかけて申し訳ないがひたすらに走ってもらう。
逃げた痕跡も誤魔化したりすることもなく真っ直ぐに続いていた。
「これは……」
「もしかしたらこのままゲレンネルに続いているのかもしれませんね」
走っていくと道に出た。
そして馬の跡は道沿いに進んでいる。
道の先にはゲレンネルがある。
キリアンは馬の速度を速めた。
「くそッ!」
ここまで道沿いに痕跡は続いていたのだが、それが途切れてしまった。
相手が何かをしたのではない。
ゲレンネルに近づいて道が舗装されてしまったので痕跡が残らなくなってしまったのである。
「とりあえずゲレンネルに向かいましょう」
「そうですね」
今のところゲレンネルに向かったというのが最も確率として高い。
キリアンとハニアスはそのままゲレンネルに向かった。
「止まれ!」
ゲレンネルが見えてきた。
しかし相手の姿は確認できないまま。
「こんな夜更けに馬を走らせて何をしている!」
ゲレンネルは大神殿もあり、かなり大きな都市である。
犯罪や野生動物を警戒するために衛兵が巡回をしていて、キリアンとハニアスを見つけた。
昼間であっても馬を爆走させていたら目立つのに夜遅くに馬を走らせているのはどう見ても不審者である。
「すまない、私たちの他に馬でここを駆け抜けた者はいないか!」
「なんだと? ……俺はここに回ってきたばかりだし何も……」
「ならば失礼する!」
「おいっ! ……若い男女駆け落ちか? いや、誰が追いかけているようだし何か盗まれたのか?」
どっちにしても馬で走り去られては衛兵もどうしようもない。
夜遅くに問題は勘弁願いたいところであるし、小さくため息をついて巡回に戻ることにした。
「ぐぅっ!」
「キリアン様!」
「待て! 逃げるな!」
ハニアスは悲鳴のような叫び声を上げたが、キリアンは痛みに顔を歪めながらも矢が放たれた方に向かおうとした。
しかし相手はそれ以上矢を放つこともなく踵を返して逃げ始めた。
キリアンが走って追いかけていくと馬のいななきが聞こえてきた。
同時に馬の足音が遠ざかっていく。
相手は近くに馬を待機させていた。
月明かりのうっすらと照らされる中でぐったりとしたテシアが馬に乗せられて連れ去られていく。
人の足では到底馬に追いつけるはずもない。
「ぐっ……!」
「キリアン様、いけません」
肩が痛んでキリアンは膝をついた。
走ったからではなく、痛みでひどく汗をかくキリアンにハニアスが駆け寄った。
「ハニアスさん、矢を抜いてください」
肩に矢が刺さったままにはしておけない。
キリアンは矢の羽根を剣で切り落とす。
幸い肩の後側に矢の先端は抜けているので後ろから引き抜いてしまえばいい。
矢の周りの服も裂いて、傷口をあらわにさせる。
そして裂いた服を丸めて口に咥えた。
「お願いします」
「分かりました」
普通の女性なら卒倒してしまいそうな状況だがハニアスは違う。
未だに積極的に現場に出るマリアベルに直接師事していたので多少は凄惨な傷も見たことがある。
少し顔は青くしながらもハニアスは背中側から血に濡れた矢を掴む。
「いきますよ」
こうした時は少しずつではなく一気に引き抜いてしまった方がいい。
「うっ!」
ハニアスはキリアンの肩から矢を引き抜く。
キリアンは咥えた服を強く噛んで痛みに耐える。
そしてそのまま傷の治療をする。
「ハニアスさんは荷物をまとめてください」
ひとまず傷を塞いだキリアンはテシアを追いかけるつもりだった。
「キリアン様は?」
「いいから早く」
「……分かりました」
何か考えがあるのだろうとハニアスは野営していた場所に戻る。
特に荷物は広げてもいないのでほとんどまとめるようなこともない。
急いでテントだけ畳み、死体の確認をしているとキリアンが戻ってきた。
「それは一体どこから……」
キリアンは両手にそれぞれ手綱を握り、2匹の馬を連れてきていた。
「奴らの馬です」
馬で逃げたということは馬で来ていたということ。
そしてキリアンは2人の男を倒した。
それならば男たちの馬が残されているはずであると考えていた。
こんな状況で倒された仲間の馬を連れていくことなんてまずない。
探してみたら予想通り木に繋がれたままだった馬を見つけたのである。
「ハニアスさん、馬には?」
「……乗れません」
「そうですか……」
馬に乗れない人を急に乗せるのはかなり危ない。
「……ハニアスさん、俺の後ろに乗ってください」
正直女性に密着されることにキリアンは大きな抵抗がある。
しかし今はそんな贅沢を言ってられない。
少しの葛藤はあったがテシアを早く追いかけねばならないと自分の中の抵抗感を振り切る。
キリアンはより体格の良い方の馬を選び、荷物を乗せる。
キリアンが前に乗って、その後ろにハニアスが乗って腰に手を回す。
「行きますよ! 落ちないようにしっかりと掴んでください!」
テシアのため。
キリアンは胸に湧き起こるざわりとした感情を抑え込み、まずは馬が繋がれていたところまで行く。
「あっちですね」
そこからどこに向かったのか探す。
月明かりのわずかな光しかなく、かなり視界は悪いがキリアンは地面に目を凝らした。
幸か不幸か、先日大雨が降って未だに地面はやや緩めであった。
馬が走って地面がえぐれた跡が残っている。
キリアンはその方向に向かって馬を走らせた。
荷物に人二人。
馬にも負担をかけて申し訳ないがひたすらに走ってもらう。
逃げた痕跡も誤魔化したりすることもなく真っ直ぐに続いていた。
「これは……」
「もしかしたらこのままゲレンネルに続いているのかもしれませんね」
走っていくと道に出た。
そして馬の跡は道沿いに進んでいる。
道の先にはゲレンネルがある。
キリアンは馬の速度を速めた。
「くそッ!」
ここまで道沿いに痕跡は続いていたのだが、それが途切れてしまった。
相手が何かをしたのではない。
ゲレンネルに近づいて道が舗装されてしまったので痕跡が残らなくなってしまったのである。
「とりあえずゲレンネルに向かいましょう」
「そうですね」
今のところゲレンネルに向かったというのが最も確率として高い。
キリアンとハニアスはそのままゲレンネルに向かった。
「止まれ!」
ゲレンネルが見えてきた。
しかし相手の姿は確認できないまま。
「こんな夜更けに馬を走らせて何をしている!」
ゲレンネルは大神殿もあり、かなり大きな都市である。
犯罪や野生動物を警戒するために衛兵が巡回をしていて、キリアンとハニアスを見つけた。
昼間であっても馬を爆走させていたら目立つのに夜遅くに馬を走らせているのはどう見ても不審者である。
「すまない、私たちの他に馬でここを駆け抜けた者はいないか!」
「なんだと? ……俺はここに回ってきたばかりだし何も……」
「ならば失礼する!」
「おいっ! ……若い男女駆け落ちか? いや、誰が追いかけているようだし何か盗まれたのか?」
どっちにしても馬で走り去られては衛兵もどうしようもない。
夜遅くに問題は勘弁願いたいところであるし、小さくため息をついて巡回に戻ることにした。