けれど殺害を計画するほどに仲が悪いとまでは聞いていない。
 もし知っていたのならシトラレンは事前に止めようと手を打っていた。

「私もそこまでとは思いませんでした」

 デゴロニアンはシトラレンがテシアのことを非常に可愛がっていたことを知っている。
 死刑はもちろん生かすためであっても国を追い出すという判断は苦渋の決断であったのだ。

「ですが……おかしなこともあります」

「おかしなことだと?」

「これまでテシアは完璧に皇女を務め上げてきました。この毒殺未遂までは一点の曇りもない経歴です」

「そうだな。……今でも自慢の娘だ」

「だからこそおかしいのです」

 デゴロニアンはメガネをクイっと上げる。
 生来視力が弱くてメガネが無くては生きられないぐらいなのだが、今ではそんなメガネも彼のトレードマークである。

 文官タイプで頭もいいデゴロニアンは最近体力の衰えてきたシトラレンの補助的に仕事をこなしている。
 皇族としてテシアもいくらか仕事を割り当てられていたのだけれどテシアがこなした仕事はどれも完璧だった。

 仕事どころではない。
 アフターフォローや仕事から逸脱するような細かなところまでテシアは気を配っていた。

「全てにおいて完璧だったと言ってもいいあの子ですが今回の毒殺未遂についてはお粗末です」

「私なら自分で毒を入れたカップを渡して毒を飲む様を見届けることはしません。そんなことをすれば自分が犯人だというようなものです。そうですね、誰かお金を払ってやらせましょうか」

「……何が言いたい?」

「自分で犯行に及んだ挙句毒も処分していない。人払いもしていなくて毒を飲ませてからすぐに見つかり、結局聖女様も助かってしまいました。
 少なくともテシアなら殺すことは確実にやり遂げたでしょう。殺せもせず明らかに自分が犯人だとバレるようなやり方をした。テシアらしくありません」

 デゴロニアンは事件の調査もしながら疑問に思っていた。
 完璧主義のテシアが起こした事件にしては簡単に証拠が揃った。

 もっと強力な毒もある。
 もっと自分とは関係なく遂行することもできる。

 なのにまるで隠すつもりもなくテシアを犯人にしてくれと言わんばかりであった。

「ならばテシアが犯人ではないとでも言うのか?」

「いえ、犯人はテシアでしょう」

「ううむ?」

 デゴロニアンの口ぶりではテシアが犯人だとは思えないような言い方であった。
 けれどデゴロニアンはテシアが犯人だと言う。

 シトラレンは眉をひそめる。

「テシアが自ら毒を盛ったと言いましたから」

 事件の証拠も集まっているが何よりテシアが自ら取り調べに対して自分がやったと自白したのである。
 やった罪をやっていないと言うことはあるだろうが、やってもない罪をやったと言うことなどあり得ない。

 けれどこれもまたあっさりと認めたことにデゴロニアンは疑問を感じていた。

「デゴロニアン。何を言いたいのか教えてくれないか?」

 回りくどい言い方をするのはデゴロニアンの悪いところだ。
 テシアにもそんなことを指摘されたなとデゴロニアンは思った。

「言うなれば……まるで最初から毒殺未遂をして捕まるつもりだった、みたいに感じられるのです」

「何を言って……そんなことをして何になる?」

「……分かりません。ですが最初から仕組まれていたことなのかもしれません」

「テシアを誰かが貶めたと言うのか?」

「いえ。テシアが自分でこうなるように仕組んだのです」

 そういえば教会にもアリアはよく行っていた。
 今回の事件に際して教会の動きは早く、皇族の体面も保ちながらテシアの命を救う絶妙なバランスの提案を持ってきた。

 教会の動きすらもテシアの手のひらの上であったなら。

「ですがこれでよかったのかもしれません」

「国を追い出されるがか?」

「きっとあの子はどこへ行っても生きていくことができます。皇女という立場は自由からは遠いものです。テシアは自由に生きるべきです。どこかで良い相手でも見つけて幸せにのびのびと暮らしてくれれば良いと私は思います」

「………………そうだな。あの子の母親も旅の踊り子だった。母親に似て、自由があの子には合っているのかもしれない」

 過程はどうあれテシアは皇族という立場から解放されて自由になったことにはなる。
 皇女は何でも好きに出来るような立場であるが自由には出来ない。

 もしかしたらテシアは自由な身分を手に入れるためにこんなことをしたのかもしれない。
 そうデゴロニアンは思った。

 シトラレンも少し納得した。
 やり方は褒められたものではない。

 しかしそれぐらいせねば皇女という身分からは解放されない。

「それに結果的にはテシアの行いでロナミアズと聖女様の仲も深まりました」

 ロナミアズとはデゴロニアンの兄である第一皇子のことである。
 毒殺未遂の事件のおかげでロナミアズは聖女の大切さに気づき、結果的には2人の仲はより深まった。

 他の貴族たちからの反対意見もこれで封じられてしまったような形になる。

「……確かに言われてみれば」

「まさか聖女とロナミアズのために……?」

「それは……分かりません」

「まあいい。あの子が幸せに生きるためにだったのなら……いくらでも冷酷な王として判決を下そう。そして後は教会に任せることにした」

 シトラレンは椅子に深く座り直すと大きくため息をついた。
 いつか王位でも退いたらテシアを探して会いに行こうと思う。

「だがデゴロニアン、一つ言っておく」

「何でしょうか?」

「良い相手でも見つければいいと言ったが私は絶対に認めんからな……」

 シトラレンが強く掴んで椅子の肘掛けがミシリと音を立てた。
 もしかしたらこの親バカがいるからテシアは皇族を離れたのかもしれない。

 今更ながらそんな風にも思えてきたデゴロニアンはシトラレンにバレないように小さくため息をついた。

「まあどこに行こうと、何をしようと、あの子はきっと幸せになるでしょうね」