テシアがどう思われているのかともかく、ハニアスは普通に女性として認識されている。
 正面切ってハニアスのことが苦手だと言ったようなものである。

「あ、いえ、それは……ハニアスさんのことが苦手なのではなくてですね! 言うなれば色目を使って寄ってくるような人や裏では何を考えているか分からないような女性が苦手で……」

「それは私が単純バカということでしょうか?」

「そんなことは!」

「冗談です」

 ハニアスも実はよく冗談を言う。
 しかし無表情でさらりと言うので本気なのか冗談なのか分かりにくいのである。

 ハニアスが物事を単純に考えがちであることは否定できないなとテシアは思う。
 深く考えることを苦手としているが、それは経験不足なことも大きな要因である。

 けれど頭は悪くない。
 マリアベルが教育は施してきたので基本的な算術などもできるし神学の歴史なども頭に入っている。

 聡明さを身につけた神官にもなれる素質はある。
 そのためにマリアベルはテシアにハニアスを預けたのだ。

「しかしながら……」

 ハニアスはチラリとテシアを見た。
 必死に言い訳をしているキリアンの慌て具合は面白くていいのだけど、言い訳をする対象はあくまでもハニアスに対してだ。

 つまりキリアンはテシアのことを女性として認識していない。
 薄々そんな気はしていた。

「それでいいんじゃないか?」

「な、何がですか?」

 テシアはハニアスの視線に答えたものだったが言い訳をしていたキリアンには訳が分からなかった。

「君がハニアスを苦手と思っていないのならそれでいい。色々言い訳を並べ立てなくともハニアスはそんなことを不快に思う女性でもない」

「そうですね。嫌われるのは残念ですが仕方ないことです。嫌っていないというのならそれを信じます」

 誰にでも好かれるなどというのは無理なこと。
 付き合ってみると気のいい女性であるが高い身長と感情が顔に出にくいことでハニアスを苦手という人もいる。

 苦手だったり嫌われているのなら適度に距離を取って付き合えばいい。
 無理に好きになってしまう必要はないとテシアもハニアスも思うのだ。

 キリアンが女性に対して苦手意識があることは確かなのだろうがハニアス個人の気質を苦手に思っていないことは明らか。
 ならばハニアスもこれまで通りキリアンに接するだけなのである。

「ここには教会がないようですね」

 少し規模の大きな町に来た。
 町の人に尋ねてみたのだがどうやらこの町には教会がないらしい。

 小さな村に教会があったりする一方で大きな町に教会がないということも普通にある。
 全ての町や村に境界を管理する神官を派遣するのだって大変である上に町の人の意見や教会を立てる場所などの問題もある。

 無いなら無いなりにみんな各自でお祈りしたりするので教会がなくても困りはしないのだ。
 教会はあれば便利ぐらいに思っておけばいい。

 教会がないということはテシアとハニアスも普通の宿に泊まるということである。
 宿はあるけれど田舎町ではそうそう部屋が埋まることもないので部屋は空いていた。

「ちょっと待ってください」

「なに?」

 無事部屋も確保できた。
 当然全員同じ部屋に泊まるなんてことはしないでテシアとハニアスで一部屋、キリアンで一部屋を取った。

 荷物を部屋に置いて困ったことでもないか聞いて回ろうとしていたら部屋の前でキリアンに呼び止められた。

「テシアさんは俺と寝るべきだと思う」

「…………なんて?」

「私の耳が腐ったわけではなさそうですね」

 あまりに予想外の言葉に理解が追いつかなかった。

「僕に添い寝でもしろって言うのか?」

「そういうことではありません!」

 言い回しがややこしかったとキリアンは耳を赤くして否定する。

「コホン……ハニアスさんは女性だ」

「そうですね」

「いくら共に旅をしていて、聖職者であっても同じ部屋に泊まるのはどうかと思います!」

 キリアンは完全にテシアを男であると思っている。
 だからキリアンから見ればテシアとハニアスは若い男女である。

 そのために同じ部屋に若い男女が泊まるのはハニアスとしても嫌だろうなんていう小さな正義感だった。
 ただ実際はテシアは女性であり、キリアンは女性に対して一緒に寝ようと言っているのだ。

 知らないとはいえかなり余計なお節介な発言。
 ハニアスはこいつマジか、という視線をキリアンに向けている。

「俺と寝るというのは同じ部屋で寝ようというのであって……同じベッドでなんて寝るわけないじゃないですか!」

「すまないがその提案は受け入れられないね」

「な、なんでですか?」

「僕の顔を盗み見たいと言っている人と同じ部屋では寝たくないからね」

「あれもちょっと少し興味があったという話で」

「それに、また母上に間違われたくはないからね」

 キリアンは顔を真っ赤にしている。
 時々お母さんだよ、なんて言って起こされるのだからたまったものではない。

 ただ正直な話ではテシアの穏やかな声で起こされると気分は悪くないのだ。

「僕とハニアスなら大丈夫。互いによく知った仲だからね」

 少なくとも互いに女性同士であるとは知っている。
 テシアはそのまま部屋に入っていき、ハニアスもキリアンに一度頭を下げてそれに続いた。

「……テシアさんには調子狂わされちゃうな」

 颯爽と助けてもらった。
 だから自分もカッコよく助け返したい。

 そんな風に思っているのにやればやろうとするほど空回りしてしまう。
 自分がもっとスマートにできる人だと思っていたのになぜなのかテシアの前では調子がおかしくなってしまうと耳を赤くしながらキリアンは一人で反省していた。