「浅はかだな」
 あきれるような声がした。

「誰? どこにいるの?」
「ここだ」
 声は下からした。そこにいるのはデンカだけなのに。

(われ)がしゃべるのが不思議か?」
 ククク、と笑うような声がした。

「あなたが!?」
「あやかしが口をきくのは珍しいことではないだろう」

「知ってはいたけど……」
 さきほどまでまるで話せないかのように黙っていたのに。

「お前、逃げてどうするつもりだ?」
「逃げている間は離婚できないでしょうから、その間に対策を考える。だからお願い、内緒にして!」

「さて、どうしたものかな」
 ククク、とデンカは笑う。

「お願い、デンカちゃん」
「ちゃんはやめよ」

「デンカくん? デンカさん?」
「……今はデンカで良しとしておいてやろう」

 なんか偉そうだが、かわいいから許せてしまう。むしろギャップでなおさらかわいいくらいだ。

「逃げを打つのは浅慮としか言いようがないが、おもしろそうだ。しばしつきあってやろう」
 なんでこんなにバカにされるんだろう。

 思うが、やはりかわいくて、文句を言う気はなくなってしまう。モフモフした姿を見ていると、先ほどのやわらかな毛並みをまたさわりたくなってしまった。

「歩くの大変じゃない? 抱っこしてあげるよ」
「やめよ。年頃の娘がはしたない」

 はしたない、なんて。
 意外な言葉に驚いていると、彼はため息をついた。

「さっさと歩け。行くぞ」
「どこへ?」

「我が国だ」
 静穂は目を丸くした。

 そんな彼女にかまわずデンカはひょこひょこ歩いて行く。

「待って」
 静穂は置いて行かれないように慌ててついて行った。